三頁ー楽園ー


いかないで。

さみしい。ひとりはかなしい。


呪いのような言葉だ。でもそれは、生是の莫大な寂しさから来ている。置いていってしまった、一緒に居られなかった。そんな罪悪感が宵月の心を蝕んだ。

でも、


「……生是」


宵月はそっと、生是から距離を取った。少女は、絶望した表情でふるふると首を横に振る。


「いや……いやだ……宵月……」

「行かな、ければ、いけないんだ……俺は探してる人がいる」

「わたしをまた置いていくの……?」


愛しい人の悲痛な表情が、声が、宵月に突き刺さる。それでも生是から距離を取り、宵月は彼女に背を向けた。


「俺は今を生きる。生是……俺の中で眠っていてくれ」


よる、よる。そう生是の声が聞こえる。重い足取りで、宵月は突き進んでいく。


「…………すまない」


宵月のぽつりと零した言葉と共に、白い空間は崩れ去った。

そうして彼は駆ける。



次の日になった。エデンはヘヴンと共に、ケーキ屋でショートケーキとチョコレートケーキを購入し、城に戻った所だった。

城内に長い銀髪の美しい女性が、ふらふらと歩いているのを見かける。


「……母上?」

「嗚呼……だがそっとしておいてくれ」


エデンが呟くとそっとヘヴンは忠告した。明らかに様子が可笑しい。青白い肌は痩せこけ、ぶつぶつと何かを呟きながら、自室に入っていく。

どうやらこの世界のエデンの母は、父を亡くしてから調子を崩してしまったらしい。嗚呼、とエデンは形容のしきれない虚しさに襲われた。人が亡くなるのは、悲しい。


借りている部屋に入ると、当然のようにヘヴンも着いてくる。机にケーキを並べると、彼女はてきぱきと紅茶を淹れた。ふたりで席に座り、ケーキを食べる。

「……お前がケーキを食うなんて、珍しいな」

チョコレートケーキにフォークを突き立てながらヘヴンは言う。「まあ"エデン"じゃねえからか」と皮肉にも聞こえる事を言われたが、エデンは苦笑して口を開く。

「本当は、渡したい人が居たんだ。もう二度と会えないと思うが……美味しいと喜んでくれた」

寂しそうに呟くと、ふーんとヘヴンは薄い反応をした。そんなものだよなと思って居ると、何故か左手の甲をフォークで刺される。

「い……っ!?」

「探しに行けば良いだろうが」

ヘヴンは苛ついた表情でそう言った。

「"お前"は望みを何でも叶えたがる男だ。誰も失わせない男だ。そんなしょぼくれた顔でケーキ食ってる"お前"を、俺は知らない」

「……」


霧が晴れたような感覚とはこういう事だろうか。

エデンははっとして、席を立つと駆け出した。くつくつと笑うヘヴンの声が小さく聞こえる。探しに行こう、ピースを。見つけ出そう、宵月を。また会う為に。またケーキを食べる為に。


その時だった。


ごうと大きな音がして、壁が切り崩れた。何事かと視線を寄越すと、砂埃と瓦礫で何も見えない。

徐々に視界が明るくなる。強い竜巻だろうか、強風が吹いているのが判る。


「……母上?」


その中心に立っているのは、生気を宿していない灰色の瞳をして立っている、エデンの母だった。









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る