三頁ー楽園ー
いかないで。
さみしい。ひとりはかなしい。
呪いのような言葉だ。でもそれは、生是の莫大な寂しさから来ている。置いていってしまった、一緒に居られなかった。そんな罪悪感が宵月の心を蝕んだ。
でも、
「……生是」
宵月はそっと、生是から距離を取った。少女は、絶望した表情でふるふると首を横に振る。
「いや……いやだ……宵月……」
「行かな、ければ、いけないんだ……俺は探してる人がいる」
「わたしをまた置いていくの……?」
愛しい人の悲痛な表情が、声が、宵月に突き刺さる。それでも生是から距離を取り、宵月は彼女に背を向けた。
「俺は今を生きる。生是……俺の中で眠っていてくれ」
よる、よる。そう生是の声が聞こえる。重い足取りで、宵月は突き進んでいく。
「…………すまない」
宵月のぽつりと零した言葉と共に、白い空間は崩れ去った。
そうして彼は駆ける。
*
次の日になった。エデンはヘヴンと共に、ケーキ屋でショートケーキとチョコレートケーキを購入し、城に戻った所だった。
城内に長い銀髪の美しい女性が、ふらふらと歩いているのを見かける。
「……母上?」
「嗚呼……だがそっとしておいてくれ」
エデンが呟くとそっとヘヴンは忠告した。明らかに様子が可笑しい。青白い肌は痩せこけ、ぶつぶつと何かを呟きながら、自室に入っていく。
どうやらこの世界のエデンの母は、父を亡くしてから調子を崩してしまったらしい。嗚呼、とエデンは形容のしきれない虚しさに襲われた。人が亡くなるのは、悲しい。
借りている部屋に入ると、当然のようにヘヴンも着いてくる。机にケーキを並べると、彼女はてきぱきと紅茶を淹れた。ふたりで席に座り、ケーキを食べる。
「……お前がケーキを食うなんて、珍しいな」
チョコレートケーキにフォークを突き立てながらヘヴンは言う。「まあ"エデン"じゃねえからか」と皮肉にも聞こえる事を言われたが、エデンは苦笑して口を開く。
「本当は、渡したい人が居たんだ。もう二度と会えないと思うが……美味しいと喜んでくれた」
寂しそうに呟くと、ふーんとヘヴンは薄い反応をした。そんなものだよなと思って居ると、何故か左手の甲をフォークで刺される。
「い……っ!?」
「探しに行けば良いだろうが」
ヘヴンは苛ついた表情でそう言った。
「"お前"は望みを何でも叶えたがる男だ。誰も失わせない男だ。そんなしょぼくれた顔でケーキ食ってる"お前"を、俺は知らない」
「……」
霧が晴れたような感覚とはこういう事だろうか。
エデンははっとして、席を立つと駆け出した。くつくつと笑うヘヴンの声が小さく聞こえる。探しに行こう、ピースを。見つけ出そう、宵月を。また会う為に。またケーキを食べる為に。
その時だった。
ごうと大きな音がして、壁が切り崩れた。何事かと視線を寄越すと、砂埃と瓦礫で何も見えない。
徐々に視界が明るくなる。強い竜巻だろうか、強風が吹いているのが判る。
「……母上?」
その中心に立っているのは、生気を宿していない灰色の瞳をして立っている、エデンの母だった。
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