五頁


目を覚ました。大きな草原で大の字で眠っていた。

「おい、そろそろ起きろよ」

声が鳴る。女性の声だ。そのぶっきらぼうな声に対し、自分は不審そうに視線をやる。そこには、黒髪を短くきった切れ長の瞳の、一見男性に見間違えるような女性が見下ろしていた。

「そろそろ帰るぞ、エデン」

その女性はそう言って、手を伸ばしてきた。



「これを持って楽園に行ってきて。水晶玉のネックレスを探してきて」


そう"お願い"された。「このナイフ」が、楽園を救うピースなどと知らずに。なら、"彼奴"は、何処でそれを知って、


「如何致しましょう? 契約なさいますか?」


目の前の青緑髪を三つ編みにした魔法使い、グリは微笑みながら問う。宵月は一度自分の思考を遮断して、グリの方を見つめた。


「……契約とは?」

「まずその前に、王はこの通り亡くなられました。でも、"死んでおりません"」

「どういう意味だ」


理解不能という顔でグリを睨む。グリはそれが可笑しいのか、くすくすと笑っている。もうひとりの魔法使い、フェニの姿はいつの間にか消えていた。どうしたのか考える余裕はなかった。

「あの水晶玉の着いたネックレスには、"死ぬ度に別世界にトリップする"という魔法が施されております。そうしないと、パーツを全て集められないからです」

「別世界?」

「もしもの世界……"if世界"とでも呼びましょうか。土地神様の欠片は、そんな所にまで飛散してしまっているのです」

どうやら世界にひとつづつ、そのピースとやらがあるらしい。つまりこの世界のピースは、宵月が"彼奴"に渡されたあのナイフだったと言う。暫く考え込んで、宵月はグリに問うた。


「ひとつ質問がある。答えなくてもいい」

「なんでしょう?」

彼岸ひがんという男を知らないか。探している」

「……さあ。聞いた事のない名前ですね」

嘘を織り交ぜて質問したが、無駄だったかもしれない。宵月は一息吐くと、ぼうっとエデンの死体を眺めた。買ってくれたわたあめ。ケーキ。どれも美味しかった。

「それで、契約とはなんだ」

「私と契約を結んでいただけたら、現在王がトリップした世界まで連れて行ってさしあげます。勿論、王は生きており、ピースを全て回収すれば、この世界にもご生還なられるのです」


都合のいい話だ。

「……代償は?」

「おや、話が早くて助かります。ならば代償は……貴方の"味覚"にいたしましょう。如何です?」

「構わない。連れて行ってくれ」

「承りました。では、契約完了ですね……宵月様」

グリは妖しく笑う。そしたらふと、唇にグリの唇が触れた。なんだと睨むが、グリは笑みを止めない。

「……契約の証というものです」

「下らん。早くしてくれ」

「かしこまりました」

グリは一礼して、とんと足元をブーツで叩いた。すると突然、魔法陣らしきものが展開される。


「さあ、王を救い、楽園を救って下さい……。宵月様のご活躍、拝見させて頂きますね」

宵月はもう一度エデンに視線をやる。動かない。当たり前だ。死んでいるのだから。でも。もう一度会えるなら、また会えるなら、何度だって会いに行く。そう決めたのだから。


宵月の思考もお構い無しに、視界が白くなり、そして何も見えなくなった。







序章.完.

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