四頁
地震は長く、大きかった。
「宵月! 此方へ!」
宵月の手を引きながらエデンは楽園を走る。逃げ惑う人々、それを守る兵士達。瓦礫が落ち、地面に罅が入り、噴水は壊れ水浸しになる。
護、フレッド、ブラウン、ハーロックの顔が浮かぶ。どうか無事でいてくれ、と願いながら。
階段が崩れ落ちており、城に戻れずじまいでいると、何処からかくすくすと笑い声が聞こえてきた。妙に耳に障る声だ。この場に、相応しくない。
「お困りのようですね、楽園の王よ」
「これからどうします? 王に選ばれし者よ」
そのふたりは、エデンと宵月の眼前で宙に浮遊していた。顔が瓜二つの双子のようだった。足元まである三つ編みの髪を流し、何処までも昏い瞳は真っ黒で。黒を基調とした、まるで魔法使いのようなローブ。唯一違ったのは、髪の色だ。片方は青緑色で、片方は深い青色をしている。
こんな二人組、楽園で見た事はない。じっくり観察していると、また笑い声が鳴る。
「私達は魔法使いです。名をグリと」
「フェニと申します」
ふたりはやうやうしく一礼をし、地面に降りてきた。思ったより小柄な体躯に見える。その張り付けた笑顔から、年齢は読み取れない。魔法使いとは、なんなのか。
「俺に何か用なのか」
宵月を庇いながら剣の柄に手をかけると、自称魔法使いはまた笑う。訝しげに顔を顰めるが、ふたりは動じない。
「王よ、私は未来が見えるのです」
「未来?」
青緑色の髪の魔法使い……グリが突然そう言い出した。すると深い青色の髪の魔法使い……フェニが割り込む。
「ふたりで同時に見ないと見えないんですけどね……この国、楽園は」
「崩壊するのです、近い未来」
フェニがグリを睨む。仲は宜しくないようだ。しかし、聞き逃せない事を言われた。
「楽園が、崩壊する……?」
エデンは呆然と呟く。ええそうですよとふたりの魔法使いは笑う。
「王よ。悲観はしないで下さい」
「解決策がないとは言っておりません」
ふたり揃って、嘲笑うように微笑む。不快感を顕にしていると、グリが懐から何かを取りだした。丸い水晶があしらわれたネックレスに見える。
「楽園の"土地神様"が、かなり弱ってしまっているのです。土地神様の力を補強する為に、この水晶と"ピース"が必要です」
「……ピース?」
頭の中で考えながら、エデンは問う。信用していい話なのか、惑わされてないか。しかし突然の大地震、民を守らなければ。急がなければ。
「ピースとは、言葉の通り土地神様の力の欠片の事です。それが全て揃えば、楽園を救えます」
「何処にあるんだ、そのピースは」
エデン、と声を掛けられた。今まで黙っていた宵月の声だ。エデンがはと彼の方を見やると、宵月はどこからか、黒曜石で出来たナイフを取り出していた。なんだろうかとエデンが見ていると、そのナイフは突然宙に浮き、グリが持っている水晶玉に吸い込まれるように消えていった。
「な……」
「これがピースです、王よ」
グリが言いながらエデンに歩み寄り、その水晶玉のペンダントをエデンの首にかけた。胸元で無色透明な水晶玉が光る。
「ピースとは、様々な形をしております。それらを全て集め、今こそ楽園を救うのです」
フェニがくすくす笑う。おそらく宵月は、この事を少なからず知っている。黒曜石のナイフが証拠だ。なら、信用に値するか。それしか方法はない。
「判った、ピースを集めにい」
そこでエデンの声は大きな音と共に途切れた。突然の事だった。大きな鉄骨が落ちてきて、それにエデンが下敷きに潰されたからだ。
「……エデン?」
呆然と、宵月が呟く。頬に着いた返り血。地面に広がる血の海。エデンの光を失った緑の瞳は、彼の死を物語っていた。
くすくすと、魔法使いは笑う。宵月はしゃがみこみ、どうにかエデンを引っばり出せないか試みる。だが、どうにもならない。
これでは、楽園を救うも何も、
「王に選ばれし者よ、力をお貸ししましょうか?」
グリが宵月に歩み寄り、そう問いかけた。無表情の宵月がグリを見上げる。
「私と"契約"を致しませんか?」
それは、まるで悪魔の問い掛けのようだった。
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