二頁


それからエデンは、責務に熱中するようになった。ライオネル達を忘れる為なのか、楽園の更なる発展の為なのか、正直判らなかった。

護やハーロック達もエデンを案じていた。それに気付かない程、エデンは何かに追い込まれていた。


ある日のあの広場での出来事だった。騒ぎを聞きつけ、エデンがそこに来た時には、複数人の兵士がひとりの人物を取り囲んでいた。楽園では見慣れない黒いフードを被った人。黒い前髪が顔から覗いている。

「何者だ?」

傍らにいた兵士に訊くと「武器を隠し持った不審者です」と手短な説明が返ってきた。エデンは腰にさしていた剣に手をかけて、不審者に向けて言った。

「抵抗の意思がないなら手荒な真似はしない。顔を見せて両手を挙げてくれ」

その人物は徐にフードを払い除け、両手を軽く挙げた。夜中の様な黒い長髪が舞う。エデンはそのままその人物を城へ連行するよう指示し、自分も城へと戻る準備をする。その時、人物と一瞬視線があった。

整った顔出ちに綺麗な赤色の瞳をしていた。



あの嵐の日。現れた夜中色の髪をした人影。赤い瞳。

そんな昔の記憶を遡りながら執務をしていると、扉がノックされた。入ってきたのはブラウンだった。

「あの不審者の件だけど……」

「何か判ったのか?」

「いや、それがさっぱり。尋問してもなにも喋らないんだよ。だから取り敢えず牢に入れといたけど……これからどうする?」

「……」

エデンは暫く沈黙した後、「あとは俺に任せてくれないか」とブラウンに伝えた。心配そうにした彼だが、しぶしぶ承知してくれたらしい。エデンは一息吐くと、机を簡易的に片付けて出掛ける準備をし始める。

何一つ変わらない、夜中色の髪。綺麗に澄んだ、赤い瞳。



城にある牢は地下にある。

余り手入れも行き届いていない、薄暗く薄寒い場所だ。そこの廊下をひとりで歩きながら、エデンは冷静を努めた。やがてひとつの牢に辿り着き、足を止める。牢の中には、無抵抗に手錠で繋がれた、あの人がいる。長い夜中色の髪をそのままに、顔を俯かせたまま、ぴくりともしない。

「……顔を上げてくれないか」

エデンは静かな声で言った。すると、その人はゆっくりと顔を上げ、視線を合わせる。赤い瞳。あの瞳だ。嵐の中で見た、あの。

エデンは確信した。見た目が変わっていないのは不思議だが、幼い頃、森で骨折した時に助けてくれたあの人だと。

「俺の名はエデンという。また会えて嬉しい」

「……また…………?」

ぽつりと、その人が呟いた。性別が判断出来なかったが、声質からして男性だろうか。無表情で此方を見たまま動じない彼に、エデンは続ける。

「小さかった時の俺を助けてくれただろう? お前なんだろう?」

何処か縋る気持ちで、牢の柵に触れて話しかける。対する彼は、よく判らないのか首を傾げているが。それに気付いたエデンは気を取り直すように咳払いをして、改めて彼を見つめた。

「お前の名前はなんていうんだ……?」

「……宵月よる

よる。と唇だけを動かして反芻する。

「宵月。お前は俺の命の恩人だ。だから釈放する。……結局手荒な真似をしてすまなかった」

宵月は不思議そうな顔でエデンを見つめていた。エデンは鍵を開けるから待ってくれと言い残しその場を後にする。宵月は、そんなエデンの背中を見えなくなるまで見つめていた。



「観光旅行お!?」

「宵月としたいんだ……駄目か?」

「いや駄目でしょ。不審者だよ?」

「俺の命の恩人だ」

「証拠ないじゃん……」

エデン対護、ブラウン、フレッドの不毛な言い争いは数十分続いた。しかしハーロックの「エデンは人を見る目があるから大丈夫だよ」の一言がとどめとなり、護、ブラウンとフレッドは折れる事となった。


宵月は開放されたものの、土地勘がないらしい。そこでエデンが楽園を紹介がてら観光旅行に連れていく事にしたのだ。

護達はまだ不安そうだが、ぽやんとしている宵月と張り切ってるエデンを見て、なんとも言えなくなるのだった。




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