episode.21

「では、お覚悟はよろしいですか?レオネル様」


鉄仮面女史然とした私の口調に、レオネル様は観念したように頷いた。


ここは、アロンテン公爵邸で私に与えられたあの部屋。

ソファーに並んで座り、お互い居住まいを正して、私達は顔を合わせている。


あの社交パーティの翌日、レオネル様は改めて我が家にお越しになり、お父様とお母様に私達の婚約宣誓書に署名して欲しいと頭を下げた。

もちろん、私もレオネル様の隣に座り、同じように頭を下げ、当主であるお父様に婚約宣誓書にサインを頂いた。


驚いた事に、アロンテン公爵の署名は既に記されていて、後は婚約式で私達が署名するだけ。

既にアロンテン公爵、レオネル様のお父様からお許しを頂いていた事に驚く私に、レオネル様は当然の事だ、としか話して下さらず、どうやってお許しを頂いたのかは依然謎のままだった。


婚約式までは自分の邸で過ごしたかったのだけど、レオネル様がどうしても、アロンテン家の邸に戻って欲しいと仰るし、私も婚約式までにレオネル様と話しておきたい事があったので、了承する事にした。


そして、何だか懐かしく感じるこの部屋に戻ってきて、やはりマーサに独特なあの寝着を着せられ………もちろん上からローブを着て、更に襟元をキッチリ締めているけど。

まるで時が戻ったように、レオネル様が続き部屋の扉をノックして……今に至る。


時が戻ったようだとはいえ、本当に戻った訳では無い。

私はレオネル様にされるがまま翻弄されていた頃の私じゃないし、レオネル様だって、私が他の殿方を慕っていると思い込み、荒れていた状態は脱した。


お互いの抱えていた悩みが無くなり、歪みが正された事で、健全に建設的な話を出来ると思うと、どんどんと頭がクリアになってゆくようだった。

……………私は。


何故かレオネル様は自信無さげに肩を丸めていらっしゃるけれど、何故かしら?


「まず、レオネル様はお言葉が足りないように感じます。

お忙しい中、毎日この部屋にお越しになってらっしゃいましたが、そのお心の内をお話になった事はついぞありませんでしたよね?」


淡々と話し始めると、レオネル様はビクッと身体を揺らし、咳払いをしながら口を開いた。


「ゴホン、君に理解しておいて欲しいのだが、君に出会うまで私は、女性と親しく話した事も、またそうしたいと思った事もなく、自分の気持ちを伝える術を知らなかった。

心の内を話す事も、生まれついた立場上、幼い頃から厳しく律してきたので、そうしなければならない場面でも上手く出来なかったのだ……。

それで君に要らぬ不安を与えてしまい、すまなかった」


そう説明しながら、レオネル様は窺うように私の顔を覗き込んできた。


「だがしかし、君への素直な気持ちが自然に口に出る事もあったと思うが?

可愛いや、美しいや、綺麗だと、伝えてきたつもりだが……」


そのレオネル様の言葉に、私はカッと顔を赤くした。


「全てお抱きになっている最中の、睦言ではございませんかっ!

わ、私はそういった事を言っているのではないのです」


恥ずかしさにプルプルと震える私に、レオネル様は困ったように首を捻り、少し考えた後口を開く。


「いやらしい、も駄目だったのか?」


「最もいけませんっ!」


私の剣幕にレオネル様はたじろぎ、困ったようにオロオロしている。


「可愛いや美しいと言われる事は、例え睦言でも嬉しいですが、い、いやらしい、と言われて喜んだ記憶はございません。

今後その言葉は禁止とさせて頂きます」


ツンっとそっぽを向く私に、レオネル様は少しショックを受けたように肩を落としている。


「……そうか、可愛くていやらしいリゼが堪らなく愛しいのだが……駄目か……」


残念そうにそう言うレオネル様に、私はますます顔を赤くした。


「言った側からその言葉をお使いにならないで下さいっ!」


涙目の私に、レオネル様はクスリと笑った。


「分かった……考慮しよう」


何だか含んだ言い方が気になったものの、私はとりあえず話を続ける事にした。


「それから、レオネル様はお一人でお考え過ぎです。

私の言葉を誤解なさったまま、確認もされないのは良くありません。

思ってもいない事を誤解されるのは、こちらも悲しいですし、確認頂けなければ誤解を解く事も出来ませんから。

例えば、私が最初に悍ましく辛い行為だったと言いましたのは、獣のような悍ましい姿の私と、呪いの解呪の為とはいえ、レオネル様が交わった事が辛かったのです」


やっと正しく伝えられた。

ずっと気になっていたから。

もしかしたら、誤解されたままになっているんじゃないかって。


だけど私の話を聞いたレオネル様は、サァッと顔色を青くして、信じられないとでもいうように小さく首を振った。


「あれはそういう意味だったのか……。

そんな意味だったとは、思いもしなかった。

てっきり、呪いの解呪とはいえ、愛してもいない男に、しかも碌に愛撫もなく純潔を散らされた事を言っているのだと思っていた……」


レオネル様の言葉に、私はやっぱり……と肩を落とした。

それって、私がとんでも無く殿方のプライドを傷付けたって事よね?

私は顔から火が出る思いで、おずおずと口を開いた。


「……あの、私の配慮が足りず……申し訳ありませんでした……。

もっと発言に責任を持って、慎重に口にするべきでした。

ですが、あの場合、悍ましいといえば呪いをかけられた私の姿しか該当するものは無いと思いますが……」


その私の言葉に、レオネル様はカッと両目を見開き、私の両肩を掴んだ。


「何を言うっ!君はどんな姿でも可愛らしいに決まっているだろうっ!

特に、あの動物の耳に、愛らしい尻尾、ふわふわの毛……あ、あんな姿の君を見て……我慢出来る男なんていないっ!

私も、初めての君をめちゃくちゃにしてしまいそうな衝動を抑えるのにどれほど苦労したかっ!

あの姿の君が悍ましいだなどと、断じてあり得ないっ!」


物凄く真面目な顔で、獣の姿の時の私を肯定されてしまい、私は頬をそめ、モジモジと身を捩らせた。


「……あ、あの、ありがとう、ございます………」


思わずお礼を言ってしまったけど、それで正しかったのかも分からない。

レオネル様も自分があまりに熱くなりすぎている事に気付いたのか、ハッとしたのち、気まずそうに咳払いをした。


「ゴホン、つまり、君は自分のあの呪いをかけられた姿の事を悍ましいと言ったつもりであり、私との行為について言ったわけでは無かった。

対して私は、君のあの姿を悍ましいだなどとは考え付きもせず、私との行為を指していると誤解した、という事だな?」


レオネル様に改めて説明されると、どれほど私達の言葉が足りないか、否応無しに実感してしまう。


「そうですね、私も思い込みで口にして、言葉足らずでした、申し訳ありません。

レオネル様が私のあの姿に嫌悪感を抱かなかった事は、理解致しました。

私も改めて言わせてもらいますが、呪いの解呪の為とはいえ、私の乙女をレオネル様に捧げた事に、嫌悪感などございません。

むしろ、私にとってはお慕いしている殿方に捧げる事が出来た夢のような出来事でした。

だからこそ、罪悪感を感じたのです。

レオネル様に獣と交わらせたくせに、一生の思い出を頂いたと、嬉しく思ってしまう自分に……」


情けなくて肩を落とす私を、レオネル様は壊れ物を扱うように、そっと抱きしめた。


「いや、君にそんな風に思わせた私が悪かった。

私がもっと早く、君に自分の想いを伝えていれば、こんな事にはならなかっただろう。

クラウスの生誕パーティで君をエスコートしたあの日、私は君への想いに気付いた。

シシリアを訪ねてたまに邸に訪れる君を、もうずっと好ましいと思っていたというのに、その気持ちが恋なのだと、私はあの日やっと気付いたのだ……。

だが、気付いところで、私には何も出来なかった。

どうすれば良いのか、分からなかったのだ。

女性にそんな気持ちを抱いた事などそれまで1度も無かったから、動揺していたのだと思う。

こんな事を言うのは何だが、私から君を求めれば、婚約など簡単に結べた。

もっと早くそうしていれば、君をこんなに苦しめる事もなかったのに……。

リゼ、すまなかった………」


包み込まれたその胸から、暖かさが染み込んでくるようで、私はそっと瞳を閉じた。


「……いいえ、いいのです。

私も、レオネル様に想いを伝える勇気がありませんでした。

そんなあの頃の私では、きっとレオネル様と本当の意味で通じ合うなど、叶わなかったでしょう。

これが、私達の形だったのだと、そう思います。

今は私、それで良かったと、心からそう思うんです」


心にある言葉が、スルリと溢れるように表に出せる。

私に足りなかった、大事な事。

こんな風に本音で話せる相手が、誰でもない、レオネル様である事が、心から嬉しい。


「……そうだな、君の言う通りかもしれない。

家の家格や社会的地位で君を手に入れなくて、本当に良かった。

君を想い、喜びや悲しみ、苦しみや嫉妬心や執着心、様々な自分を知った。

だからこそ、君をより欲し、そして幸せにしたいと思えるのだな。

1人のただの男として、君に受け入れてもらう事が、私の秘された願いだったのだろう。

リゼ、こんな私を受け入れてくれて、ありがとう。

私は今、これまでの人生で感じた事が無いほど満たされている。

こんな幸せを教えてくれて、ありがとう、リゼ……」


穏やかで優しい声色に、私はそっと顔を上げた。

私を見つめるレオネル様の瞳が、暖かく揺れている。

ただ気持ちが通じ合ったのではなく、お互いが成長する為に必要な時間を超えたのだと思うと、愛しさが込み上げてきて、泣きたくなった。


「私達、これからはもっと、胸の内を素直に話していきましょう。

良い事も悪い事も、頭だけで考えて判断して結論付けるのはやめましょう。

お互い、性格上そう癖付いてしまっていますが、夫婦になるんですから、何でも話し合うべきです」


レオネル様は真面目な顔で私の言葉を聞き、しっかりと頷いてくれた。

そして、気遣わしげに私の顔を覗き込む。


「他に、私に今言いたい事はないか?

注意する事や、要望、何でも良い。

私は不器用だから、君に言ってもらえないと気付けないんだ」


そう言われて、私はまだ一つだけ、気になっていた事を思い出した。


「あ、あの……では……。

その、私の前だけでは、〝俺〟を使って頂けませんか……その、通常の時も」


モジモジと上目遣いで頬を染める私に、レオネル様がゴクリと喉を鳴らした。


「俺……?私はそんな風に君の前で言っていたか?

申し訳無い、無自覚でそう言っていたようだ。

だが、君がそれが良いと言うなら、2人きりの時はそう言うようにしよう」


私はおねだりしてしまった事に胸をドキドキと鳴らした。

これからは素直になろうと決めたのに、恥ずかしくて顔から火を吹きそうだった。


その私を見つめるレオネル様の瞳の奥で、チリっと何かが燻って見えた。


「……リゼ、俺からも君にお願いしても良いか?」


耳元で囁かれた、甘さを含んだその声に、ゾクリと背中が震えて胸がキュウッと締め付けられる。


「は、はい、なんでしょう?」


真っ赤な顔で聞き返すと、レオネル様はその瞳を甘く揺らめかした。


「……そろそろ、マーサからの贈り物を見たいのだが」


そう言われて、私はカッと顔をますます赤くする。


レオネル様の手がローブの腰紐に伸びてくる……。


「……あのっ、き、今日はそのっ、私っ、マーサが、だってっ」


グルグルと目を回し、訳の分からない事を口にする私に、レオネル様はクスリと笑い、腰紐を解いた。

ハラリとはだけたローブの下は、マーサに着せられた薄い寝着が……。

今日の物は、これまでと違い、フリフリで透けているだけでなく……短い。

信じられない事に、丈がおヘソくらいまでしか無かった。

もう着る意味があるのかさえ、分からない。


「……なるほど、マーサも随分張り切ってくれたようだ。

溜息が出るほどに美しい、リゼ……」


そう言って、レオネル様はゆっくりと顔を傾け近付けると、唇を合わせた。

ヌルリと侵入してくる舌が、私の舌に絡み、チュッと音を立てて吸い付く。


「んっ、ふぁっ、んっ、んっ、はっ」


チュッチュッと角度を変えながら深く口付けられて、私は心地良さに目を閉じる。

水音を立てて舌を絡ませながら、レオネル様の手がやわやわと寝着の上から胸を揉み、頂を指の腹でスリスリと撫でる。


「んっ、んふぅっ、んっ、んんっ」


深く塞がれたまま、甘い声が漏れる。

それを楽しむように、レオネル様がそこを軽く指で引っ掻いた。


「んんーーーっ、んっ、んふっ、んっ」


優しく爪を立てられ、私はユラユラと腰を揺らした。

情欲を駆り立てるように、レオネル様が布越しに先を摘み指の腹で弄り始める。


繋がった唇から、お互いの熱い息が漏れ始めた。


まるで焦らすように、布の上から撫でたり指で摘んだりを繰り返すレオネル様に、私は焦れたように唇を離すと、少し拗ねた顔で軽く睨んだ。


「レオネル様、意地悪なさらないで……」


ついそう言ってしまって、頬を赤く染める私に、レオネル様は嬉しそうにフッと笑った。


「すまない、君の反応が可愛くて、つい。

リゼ、では俺はどうすればいい?」


わざとらしく小首を傾げるレオネル様を、甘く睨んだ。


「貴方の為だけの贈り物です。

ちゃんと解いて中身を見て下さい」


上目遣いで見上げると、レオネル様の首筋がゾクっと震えた。


「……君は、本当に俺を煽るのが上手い」


レオネル様の瞳の奥がギラリと獰猛に光る。

胸の上で結ばれたリボンの端を口に咥えると、レオネル様はスルスルと解いていった。


ハラッと前がはだけて露わになった胸を、レオネル様が強く掴んで、形が変わるくらいに揉みしだいた。


「んっ、んっ、あっ、んっ」


胸が痛いくらいに高鳴り、下腹部に期待に焦れたようにキュッと力が加わる。

既に硬く立ち上がった頂に、レオネル様が舌を伸ばし強く吸い付いた。


「んっ、あっ、んんっ」


ピクピクと身体を震わせると、まるでそれを待っていたかのようにレオネル様が更にキツく吸い上げた。


「やっ、んっ、んっ」


ビクゥッと背中を反らすと、レオネル様は舌を離し、両の頂を指の腹で扱きながら、ニヤリと笑った。


「リゼ、君が俺にもっと言いたい事を言えるように、ドロドロに甘やしてやろう。

………覚悟はいいか?」


獣のように鋭く光るその瞳に、ゾクゾクと身体の震えが止まらなかった………。


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