episode.17
王国の危機を事前に救ったシシリア様達を労う為、王宮でパーティが開かれる事になった。
立て続けに起きた不幸を払う、厄払いや、貴族達の結束を強める為という建前の元、社交界に属するパーティ好きの貴族達へのご機嫌伺いも兼ねて。
一平民であるグェンナ商会に王家は容易く足元を取られたのではないか、などと無責任な事を言う貴族達もいるので、王家の威光と頑健さを知らしめる意味も込められた、大切なパーティだった。
私達スカイヴォード伯爵家は、虐げられ続けた悲劇の家門として、出来るだけ出席するように言われている。
ゴルタール公爵家が我が功績のように扱っていたポーションは、実は属家門でも何でもない我が家を勝手に牛耳り、不当に搾取していただけのもの、という話は既に社交界に出回っているので、そこへ今最も注目を集める我が家が王家の招待を受け馳せ参じれば、スカイヴォード家はゴルタール家の束縛を断ち切り、王家の後ろ盾の元、完全に独り立ちしたのだと貴族達に印象付ける事が出来る。
皆、ゴルタール公爵のやった事を知っていても、公爵家を公に非難出来る人間なんていない。
だからこそ私達が動いて、自分達は王家の忠臣である事を示さなければいけなかった。
スカイヴォード家からは私達当主家族と、次期当主に決まっている従兄弟家族、それからポーション錬金のスペシャリスト3名がパーティに出席する。
皆、社交パーティなんて初めての事だから、ガチガチに固まっているけれど……。
学者家門だもの、仕方ないわよね。
「リゼ嬢、本当に今日のエスコート役は俺で良かったのか?」
首を捻るゲオルグ先輩に、私はふふっと笑った。
「シシリア様のご判断ですから、私達側近はそれに添うまでです」
私がそう言うと、ゲオルグ先輩は真面目な顔で頷いた。
「確かに、そうだな」
今日の私が着ているドレスは、全てレオネル様から送られてきた物。
薄い水色のドレスに、銀の見事な刺繍が施してある、マーメイドラインの華奢なドレス。
そのドレスに合わせた宝飾品や小物も一緒に送らせてきたけれど、宝飾品に関しては、今日全て身につけるのは無理な数が送られてきていて、その中から1番ドレスに合うものを選んで身に付けた。
「レオネル様はご趣味が良いな。
リゼ嬢に似合う物を知っているようだ。
本来ならエスコート役である俺が今日の衣装を贈るべきだが、シシリア様が必要無いと仰った意味が分かる」
ゲオルグ先輩の言葉に、私は驚いて目を見開いた。
「先輩、女性の衣装の良し悪しがお分かりになるのですか?」
率直な感想だったのに、ゲオルグ先輩におでこを指で弾かれてしまった。
「いたっ!」
おでこを押さえながらゲオルグ先輩を恨みがましく見上げると、ゲオルグ先輩はフンッとそっぽを向いている。
「俺にだって、似合っているか似合っていないかくらい、分かる」
つまり、レオネル様の贈って下さったドレスが私に似合っていると言ってくれているのだ。
私は単純にそれが嬉しかった。
「ありがとうございます。
ゲオルグ先輩でもエスコートする女性に気の利いた事を言ったり出来るんですね」
思わずまた率直な感想を口にしてしまった私を、ゲオルグ先輩がおでこを指で弾こうと狙ってくる。
私は必死におでこを守りながら、ペコっと頭を下げた。
「俺だってシシリア様を何度かエスコートした事があるんだ。
エリーもエスコートしたな、それから、マリーベル嬢も」
そう言って胸を逸らすゲオルグ先輩。
流石シシリア様の側近、良いように使われる事に喜びを感じるようになってからが本物ですわよね、分かります。
その点、ユランくんはまだまだだわ。
この前、シシリア様のご学友のフィリナ様をエスコートするように言われて逃げ出していたもの。
全く、忠誠心がまだまだ足りないわ。
ゲオルグ先輩をもっと見習えば良いのに。
「ちなみに、皆様にはどう気の利いた言葉を?」
私の問いに、ゲオルグ先輩は首を捻った。
「特に、何も。エリーはシシリア様がドレスを選ばれるから、どれも似合っていて当然だし。
マリーベル嬢は何やら人間観察に忙しい様子で会話は必要とされていないようだ。
だいたい邸にお迎えに上がると、私の方が何故か筋肉を褒められ、口を挟む余裕もないしな」
「………そうですか」
私は親友であるマリーベルの、淑女らしからぬ異常行動の犠牲になったゲオルグ先輩に申し訳ない気持ちで一杯になった。
……あの子ったら、素敵な男性は皆、自分の作品の贄だと思っているんだから……。
マリーはシシリア様と共同で、誰も思い付かなかったジャンルの書籍を生み出した天才なのだけど……その書籍の為なら見境が無くなるのよね。
個性的な絵に台詞やモノローグの字を添えて、まるでお芝居をみているような本を完成させるのだけど、男性の登場率が高くて、マリーは常に男性の、特に裸を観察したがるの……。
その対象を周りの方にまで広げてしまうから、度々このような迷惑行為をするのよね。
今度あったら、叱っておかなくちゃ。
……ちなみに、レオネル様がモデルの登場人物が出てくる書籍もあって………。
私は出世払いでってお願いしているのに、マリーはあげるわって、言ってくれるの。
もちろん、自分で稼いだお金で、いつかちゃんと買い取るつもりよ。
でも、そんな事もあって、あんまりマリーにキツく言えない自分もいたり……情けない話……。
「あのっ、ではシシリア様には?」
つい話題を変えてしまう私は、マリーに甘いかしら?やっぱり。
私の質問にゲオルグ先輩は少し口の端を緩めて、照れたように頷いた。
「シシリア様は何でもお似合いになるが、パーティなどで着飾ると、より一層研ぎ澄まされた美しさが際立つ。
俺は素直に、夜叉姫の如き気迫を放ってらっしゃいます、とそのままをお伝えしている」
んっ?
それは……気の利いた言葉、になるのかしら?
「そ、それでシシリア様は何と?」
どうしても気になって続けて聞くと、ゲオルグ先輩は照れたように鼻の頭を掻いた。
「……満面の笑顔で親指を立てて下さるな」
あっ、シシリア様が本当に喜んでいらっしゃる時の反応だわ……。
ゲオルグ先輩、シシリア様の正解をちゃんと引いてるのね……凄いわ。
私はむむぅっと唇を引き結び、顎に力を込めた。
私もゲオルグ先輩を見習って、もっとシシリア様をよく知らなきゃ。
別に争っているわけでは無いけど、やっぱり私達側近は、なんだかんだ言ってシシリア様に笑顔で親指を立てて頂きたいと思っている。
色々ゴタゴタしたけれど、ここからは私も気を引き締めてシシリア様にお仕えしなきゃ。
ゲオルグ先輩に負けていられないわ。
「さぁ、そろそろ行こうか」
「はい」
ゲオルグ先輩の差し出してくれた手を取り、私達は王家の用意してくれた馬車に乗り込む。
自分の社交界デビュー以来、パーティに出席した事の無いお母様は顔を真っ白にして小さく震えているし、そのお母様の様子にお父様はオロオロしているし、ちょっと前途多難だけど、今日のパーティ、スカイヴォード伯爵家門を背負い、精一杯頑張らなきゃ。
王宮に着くと、王家の家紋の入った馬車に皆の注目が集まった。
この馬車は、王家が特に大事にしている人間しか乗せない。
そんな馬車でパーティに向かうのは畏れ多かったのだけど、王太子殿下であられるエリオット様のお名前を出されては、私達に拒否権など無かった。
馬車からまず、お父様とお母様が降り、続いて私とゲオルグ先輩が。
降りる時も手を差し出され、私は慣れないながらも精一杯普通の顔をしてその手を取った。
後ろの馬車2台からは、従兄弟とその家族。
それからポーション錬金のスペシャリスト3名が降りてくる。
ちなみに、従兄弟はスカイヴォード伯爵家次期当主として参加するというのに、パートナーなどの同伴は無し……。
そういう人なのよね。
うちのお父様に輪をかけたような、錬金オタクで、それ以外には全く興味が無いような人なのよ……。
うちが世襲制じゃなくて、本当に良かった。
あの従兄弟じゃ後継ぎはおろか、婚姻も望めないもの。
………一生独身を貫くと言っていた私が、どの口で言うのかと言われそうだけど。
私達がパーティ会場に着くと、王家の従僕が大きな声で名前を読み上げた。
「スカイヴォード伯爵、並びに伯爵夫人。
オルウェイ卿並びにスカイヴォード伯爵令嬢のご入場です」
その声に会場にいた貴族達が一斉にこちらを見た。
……針の筵とは、この事だわ。
でも、仕方ない事なのよ。
我が家は今1番社交界で注目されているのだから。
「リゼ嬢、待ちくたびれたわ」
その時、シシリア様が場の空気を和ごますような華やかな声を上げて、私に近づいて来た。
「リゼ様、お待ちしていましたわ」
その後ろをキティ様もチョコチョコと着いてくる。
ん゛ん゛っ、やっぱりお可愛いらしいわ。
2人が私を囲んだ事で、貴族達のヒソヒソ話が一斉に止んだ。
このお二人は今や、王妃様に次ぐ尊い女性。
その2人が私に砕けた雰囲気で接する事で、貴族達が口を噤むのは当然の事だった。
「ゲオルグはちゃんとエスコート出来たみたいね」
密かにニヤニヤ笑うシシリア様は、何かお考えのあるような、含みのある言い方をした。
「ねぇ、リゼちゃん、後であちらのスイーツを一緒に頂きにいかない?」
こちらは全く含みの無いキティ様。
コソッと小声でそう言うと、私を見上げるその可憐な表情が我慢出来ないくらいにお可愛いらしい。
「はい、喜んでお供致します」
甘い物の大好きなキティ様は小さくガッツポーズをとって、私を見上げながら可愛く笑った。
ああ、至福です……キティ様………。
「あっ、ファーストダンスも必ずゲオルグと踊りなさいよ。
社交界の慣例なんだから」
シシリア様にコソッと耳元でそう念を押され、私とゲオルグ先輩は同時に頷いた。
社交界慣れしていない私達だとは言え、それくらいなら理解している。
まぁ、ダンスに自信はないのだけど……。
「国王陛下並びに王妃陛下、並びに王太子殿下の御成でございます」
その時、従僕の声が響き、王家の方にしか許されていない階段から、陛下と王妃様、それにエリオット様がゆっくりと降りて来た。
一斉に頭を下げる貴族達。
陛下は会場をぐるりと見渡したのち、階段を降り切ると軽く手を挙げた。
「よい、皆顔を上げよ。
今日は堅苦しいのは無しじゃ。
皆、パーティを存分に楽しむが良い」
陛下のお心遣いに、貴族達は顔を上げ、ワァッと歓声を上げて陛下に向かって拍手で返した。
陛下はゆっくりと会場を進み、なんとあろう事か、私達家族の目の前に立った。
慌てて頭を下げるお父様と、カーテシーで礼をとる私とお母様。
会場中が注目する中、陛下は威厳ある暖かい声で私達にお声をかけた。
「良い、顔を上げよ、スカイヴォード伯爵。
夫人と令嬢も顔を上げてくれ」
そう言われて恐る恐る顔を上げると、陛下が優しいお顔で微笑まれている。
「長く苦労をかけたな……。
悲惨な環境の中、よく忠義を貫いてくれた。
スカイヴォード家門のポーションが無ければ、命を落としたろう人間はごまんといる。
間違いなく、スカイヴォード家門は代々に渡ってこの国を支え続けた功労者である。
我が権限により、スカイヴォード伯爵家に新たな領地を与え、報奨金も授与すると宣言しようっ!」
陛下のお言葉に、一瞬会場がシーンと静まり返り、だけど直ぐに、ワアァァァァァッ!!と割れんばかりの拍手と歓声が巻き起こった。
「よくやってくれた、スカイヴォード」
改めてお言葉を下さり、お父様の肩にポンと手を置いた陛下に、お父様は涙をボロボロと流し、男泣きをしながら頭を下げた。
「勿体無いお言葉にございます……。
ですが、これで、我が先祖達の苦労も報われました。
ありがとうございます、陛下」
お父様がそう言うと、陛下はお父様を労るようにポンポンと肩を叩き、優しく撫でて下さった………。
ああ、本当に、長く虐げられてきた我が家門の歴史が終わった………。
これからは、もう苦労する事もなく、お父様も皆も錬金に専念出来るのね………。
いえ、実際は……苦労してきたのは女性ばかりで、錬金オタク達は変わらず錬金に没頭していたのだけど……。
あら?何だか納得いかないわね。
労うならお母様を労って頂きたいわ。
などとはもちろん陛下に進言など出来ない。
私も黙って、お母様同様陛下に頭を下げた………。
「そういえば、クラウス様はどちらに?
王家の方ともご一緒ではありませんでしたけど」
第二王子であらせられるクラウス様は、キティ様の婚約者で、キティ様をそれはそれはご寵愛されていて、片時も離れない程。
なのに、今日はお側に居られない事に私は首を捻った。
「ふらうふひゃまは、れおねりゅひゃまのおもりなほ」
ケーキを頬張って、頬袋を作っているキティ様の不思議な呪文に、私はますます首を捻った。
「これは、『クラウス様はレオネル様のお守りなの』って言ってるのよ」
クスクス笑うシシリア様が、事もなげに翻訳されて、私はお二人の友情の深さに感服した。
………それにしても、レオネル様のお守りって、どういう事かしら?
「リゼを取り上げたら、バーサクモードになっちゃってね。
暴走気味で危険だから、クラウスにお守りを頼んでんのよ」
楽しそうに笑いながら、会場の隅を親指で指差すシシリア様。
その指先を目で追って、私はクラウス様とご一緒にいるレオネル様を見つけた。
そのレオネル様のお召しになっているタキシードを見て、私はハッとして口元を押さえる。
薄い水色の生地に、銀の上品な刺繍……。
それは、レオネル様から贈られた、今私が来ているドレスと対になっているものだった……。
顔を赤くして頬を両手て押さえながら、私はそのレオネル様をウットリと見つめた。
淡いお色も、とてもお似合いになるわ。
なんでも着こなしてしまうのね。
何だか勝手に惚気てしまい、私はますますカァッと頬を染めた。
その時、レオネル様に近付く1人の女性の姿が………。
あの方は……。
ステファニー・ヴィ・クインタール侯爵令嬢………。
親しげにレオネル様の腕に触れるステファニー様。
そのステファニー様に穏やかに微笑まれるレオネル様……。
胸が飛び跳ねて、ドキドキと脈打つ。
華やかな巻き髪を揺らし、楽しげにレオネル様と笑い合うステファニー様に、息が苦しくなった。
や、やめてっ!
その方は、私の………。
………私の、大切な方なんです。
その方を、愛しているんです。
どうか、レオネル様を奪わないで。
勝手な懇願を胸の中で呟いていた時、ナイショ話をするようなステファニー様がレオネル様の耳元で何かを囁いた。
レオネル様はそれに頷くと、一瞬私の方をチラリと見る。
その時、確かに目が合ったのに、レオネル様は何も無かったようにステファニー様の耳元で何かを囁いた。
2人の親しげな様子に、胃がムカムカして吐きそうになる。
胸が痛くて、痛みで涙が滲んできた。
ステファニー様は私の方に振り向くと、にこやかに笑って、ゆっくりとこちらに向かってきた。
悠然としたその微笑みが、シャンデリアの下でひどく美しく揺れた……。
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