episode.14〜冷徹公子の不器用な恋情〜レオネル目線


私に抱き潰されスヤスヤと眠るリゼに清浄魔法をかけ、身を清めてやり、続けて回復魔法をかけようとして、いつものように躊躇する……。

彼女が自分で回復魔法を使える事は知っている。

だから、ここで私がかけなくても、結果は同じなのだが……。

どうしても、回復魔法をかけてやれない。


グッタリと疲れ切って眠る彼女に、胸が痛む。

また無理に抱いてしまった罪悪感に、いい加減反吐が出そうだった。

その上、彼女が逃げてしまう事が怖くて、回復魔法もかけてやれない………。


自分の矮小さに毎朝自己嫌悪に陥り、そのくせ夜になると彼女を求めずにいられない。

彼女の滑らかな肌が恋しくてたまらなかった。

恥辱に染まる表情、上気して桃色に染まる鎖骨、甘く溶けそうな喘ぎ声………。

その全てが私を狂わせる。

頭の中全てを占領され、通常の自分に戻れない。

いつもならそんな自分に苛立つ筈なのに、それを心地良いとさえ思う自分がいる……。


「……リゼ、君を、愛している……」


眠る彼女の髪を優しく掻き上げ、その額に口づけた。


〝俺〟は彼女に狂っている。

例え彼女がそれを望まなくとも、もう彼女を離す事など出来ない。

俺という名の牢獄に囚われ、もう二度と、何処にもいけないように、鎖に繋いでおこう。


それで彼女が、壊れてしまったとしても………俺は………。











彼女を最初に見かけたのは、いつだったか。

母方の従姉妹であるマリーベルに連れられて、彼女が妹に会いに来ていた頃には、何度か見かけていたと思う。

彼女からは年頃の令嬢から感じる、独特のかしましさを一切感じなかった。

清廉さを纏い、歳の割に落ち着いた雰囲気に感心した事を覚えている。


藍色の艶やかな髪に、澄んだ湖を思わせる水色の瞳。

滑らかな白い肌に、華奢な体躯。

背筋を伸ばし、無駄な動きを一切しないその佇まいに、一目見て息を呑んだ………。


……そうだ、あの時に感じた、胸を締め付けるようなあの感覚。

それにあの時に気付いてさえいれば、今頃こんな事にはなっていなかったかもしれない……。


なんとなしに使用人に彼女の名前を確認したのも、今となればそうとう意識していたのだと分かるが、当時の私は、何も気付いていなかった。


リゼ・スカイヴォード伯爵家令嬢。


スカイヴォード伯爵家………。

あのゴルタール家に与する家名だと知った時に、私は愚かにもその存在を頭から消し去った。

その頃、スカイヴォード家の置かれた立場も、内状さえも正しく把握していなかった私は、合理的な判断で、彼女の存在を自分の中から排除したのだった。

……本当に愚かしい事をしたものだ。

もう一歩踏み込んで調べれば、彼女の家がゴルタール家に不当に搾取されているだけの、ゴルタール家の属家門では無い事に気付けた筈なのに……。


その事を後からどれだけ後悔しようと、全ては遅過ぎた………。


妹のシシリアのように、家門ではなく人を見て付き合いを出来れば良いが、私にはそれは許されていなかった。


アロンテン公爵家、嫡男。

それが私の責務であり、当然の立ち位置だった。

アロンテン家の長男として生まれ、ゆくゆくはアロンテン公爵として家門を牽引し、国に仕える。

その生き方に不満や反発を持った事など一度も無い。

むしろ当然の責務と思って生きてきた。


原来の性分で合理的に物事が整っていないと落ち着かず、感情に左右される事柄は全て排除してきた私は、自分の婚姻についても、最もアロンテン家に相応しく合理的であれば良いとしか思っていなかった。

それについては全て母親に一任していた。

もちろん、我が家の婚姻は簡単には決まらない。

我がアロンテン家は現国王の縁戚に当たる。

前陛下を兄に持つ祖父が国から功績を認められて興した家門。

それがアロンテン公爵家だった。

実は父上でまだ二代目の歴史の浅い家門ではあるが、王子の興した家門である上に、祖父はこの国の英雄の1人。

かつて数々の戦いから参謀としてこの国を守り抜き、智だけでは無く、武をも誇った猛将であった。

その功績を認められて与えられた公爵という地位は、貴族のみならず国民からも支持され、王家に次ぐ位となっている。


更に、父上は現陛下と従兄弟であり、私やシシリアは王子達の又従兄弟となる。

つまり我が家は明確な王家のスペア。

王位継承順位も、父上が三位、私が四位、シシリアが五位、と、非常に高い。

王家に何事かがあれば、父上か私が即位する事になるだろう。


そんな我が家の婚姻問題は非常に複雑で、容易くは決まらない。

有事の際には相手の女性は公爵夫人では無く、王妃となる可能性さえあるのだ。

母上はその辺も優位して私の相手を探さねばならず、婚姻相手探しは難航していて、公爵家嫡男にも関わらずこの歳まで婚約者さえいない状態であった。


それを良い事に私は身軽に政務に没頭してきた訳なのだが、年齢的にもそろそろ限界が迫っていた。

当時18歳であった私に婚約者さえ居ない事について、度々家門会議で問題視されるようになってきたからだ。


私が、候補一位であるステファニー・ヴィ・クインタール侯爵令嬢からの求婚をにべも無く断り続けている事も原因の一つだった。

彼女だけでは無く、他の令嬢からの申し込みも断っていたのだが、ステファニー嬢は位も本人の資質も、公爵家に嫁ぐに足る器である為、それを勝手に断っている私に、家門の重鎮達は良い顔をしなかった。

もちろん、ステファニー嬢が現状、私の婚姻相手として1番理想的な事は、頭では分かっている………のだが。


彼女からの再三の申し込みを断り続ける私を責めもしない彼女は、かなりの人格者である事は間違いが無い。

曲がった事を嫌い、不正を嫌う為、常に自分の周りに取り巻きを置き、自分の発言の証人としている所も、また、取り巻き達の忠言を真摯に受け止める姿勢も、実は大変好感が持てると思っている。


現実的、合理的に考えて、私の婚姻相手はステファニー嬢だろうと、分かってはいた、が。


何故ステファニー嬢からの求婚を断り続けるのかと、母上に責められた時の私の言い訳は、自分でも笑い草だった。


『我が家は王家のスペアとして、その婚姻でさえ注視されている状態です。

婚姻相手の貴族位によって、王家転覆を図っているのでは無いかと飛躍する考えを持つ人間も現れるでしょう。

現状、第二王子のクラウスの婚約者が侯爵令嬢である以上、私の婚約者はそれ以下、伯爵家辺りから選ぶのが妥当だと考えての事です』


尤もらしくそう言う私に、母上は続いて、では伯爵家の令嬢の候補から選びなさい、とリストを目の前に置いた。

しかしそれを手に取るわけでも無く押し黙る私に、母上は深い溜息をついた。


『誰か、意中の令嬢でもいるの?』


その母上の言葉に、私は愚かにもキッパリと答えたのだ。


『いえ、政略的な婚姻に感情など持ち込む訳がありません。

ただ、伯爵家辺りの令嬢が妥当だと、そう考えているだけです』


リストをチラッと見ただけで、全ての名前を頭に入れ、そこにスカイヴォード家の名が無い事に落胆している自分にさえ気付かず、言い訳のような主張をする私に、母上は全てを見透かしたようにふふっと笑った。


『では、貴方の思う、妥当な伯爵家令嬢とやらを連れて来なさい』


そう言われても当ての無い私は、その時押し黙るばかりだった。



何故あの時、リゼの名を出さなかったのか……。

悔やんでも悔やみきれない愚行を自分が重ねている事に、この時も私は気付けずにいた。





時は経ち、リゼが社交界デビューを果たし、王立学園高等部に入学した事で、事態は動き出した。

優秀な成績で入学した者に与えられる最上位クラスの奨学金を得た彼女は、その実力ゆえ当然の如く、シシリアが会長を務める生徒会に入り、また、その能力を見込まれ、公爵令嬢であり、国政を担う議会員でもあるシシリアの側近となった。


既にシシリアの側近であった、エリク・ペリー、エリー・ペリー。

そしてゲオルグ・オルウェイ。

更に、リゼと共に側近となった、ユラン・アルケミストと共に、我々の魔法の師である赤髪の魔女の所で修行を始め、我々同様、フリーハンターとして帝国のギルドの討伐依頼を受け、魔法の研鑽に励み出した。


伯爵家令嬢である彼女に何をやらしているんだっ!とシシリアを責めた時、初めて彼女の家の内情を知った。

彼女の家は貴族家のしかも伯爵家とは思えぬ程に貧しく、フリーハンターとして得た報奨金が必要な事。

その全ての元凶が、ゴルタール家である事……。


それを知った時は、目の前が怒りに染まり、また自分の愚鈍さに腹が立った。

シシリアから金銭の援助を申し込んでも、高潔な彼女に断れてしまう事も知り、それでは尚更、私からの援助など受けてはくれないだろう、と歯痒い気持ちにも陥った。


これでまだ、自分の彼女への気持ちに気付いていなかったのだから、もう笑うしか無い。



クラウスの生誕パーティでリゼのエスコートをするようにシシリアに言われた時は、柄にも無く胸が弾み、いつもは煩わしいとしか思わない社交パーティが楽しみで仕方なかった。

早速シシリアに選んでもらった女性がパーティに必要な諸々をリゼに贈り、その日を指折り数えて待ち続けた。

エスコートする男性側が女性に贈り物をするのは当然の事、彼女に公然と貢げる事に気持ちが浮き立った。


パーティ当日に、私の送った品々で美しく装ってくれた彼女に目を奪われ、その時になってやっと私は気付いたのだ。


………自分が彼女に恋をしている事に。


気付くと同時にあり得ないくらいに動揺もした。

女性にそんな感情を抱いた経験の無い私には、この気持ちをどうすれば良いのか、全く分からなかったからだ。


この頃の私は、既に婚姻についての全てを機械的に済ませられないかと思い至り、契約的な婚姻を結んでくれそうな家を秘密裏に探していた所だった。

契約内容は、別邸で別居、無駄な接触は無し、夫人同伴のパーティのみ同行。

むろん、そんな契約を結んでくれる令嬢など存在せず、無駄な抵抗ではあったが。


しかし、リゼへの恋心を自覚した今では、そんな令嬢が現れなくて良かったとも思える。

彼女ならいくら貧しくとも伯爵令嬢。

位的には私の婚姻相手に申し分ない。

ゴルタールとの繋がりも、我がアロンテン家と婚姻により結び付けば断ち切る事が出来る。


錬金術の名門であるスカイヴォード家を我が家が保護できれば、後々王家の後ろ盾とて獲得するのは容易い。

そうなれば、ゴルタール家はもうおいそれとスカイヴォード家に手出し出来なくなるだろう。

私も想う相手と婚姻でき、非常に合理的だ。

そう思ったその時に、いち早く行動に移すべきだったのだ。


……だが私は愚かにも、また愚行を繰り返す。


私はその時、欲張ってしまった。

……リゼの気持ちまで、浅ましくも求めたのだった。


パーティ中に親しげに話すリゼとゲオルグの姿を見て、目の前が真っ赤になる程の嫉妬に駆られた。

が、現状、私はゲオルグ程彼女と親しくないのだと思い直し、まずは彼女とゲオルグ以上に親しくなりたいと思った。

女性と碌に接した事の無い私が、リゼとの距離をスマートに、尚且つ性急に縮められる訳も無く……。

案の定、パーティのパートナーを務めてくれた礼に贈り物と文を贈るのが精一杯だった……。


それに彼女から丁寧な返事を貰い、その彼女との細い糸が切れぬよう、またそれに文を返した。

彼女は律儀にも、それにもまた返事をくれたので、私はそれに乗じて、彼女の好みそうな実用的な品と文を贈る。

すると彼女から文と手製のハンカチが返ってきて、小躍りしながらまた彼女にちょっとした日用品と文を………。


気付けば文を送り合う仲にはなれたが、私の求めている関係とは違っていた。


だが、恋愛事に免疫の無い私には、それ以上どうすれば良いのか分からず、ただ悪戯に時が経つだけ。


気を遣ったシシリアが生徒会の親睦会などに生徒会OBの我々を誘い、リゼと会わせてくれたりもしたが、実際彼女を前にすると、胸が高鳴り、身体は強張り。

気の利いた言葉の一つも言えず……。

自分の不甲斐なさを再確認するだけで終わってしまった。


リゼとの文のやり取りが続き、気が付けば一年が立ったある日、慌てた様子のシシリアがクラウスの執務室に飛び込んで……いや、扉を蹴破り破壊して入ってきた……。


飛び散ってきた木片から咄嗟に保護結界を張ってクラウスと自分を守った私に、鬼のような表情で、正に咆哮を上げるシシリア。


「………レーオーネールー……アンタ……このっ!玉無し野郎っ!!!」


そのシシリアの勢いに、クラウスの執務室がビリビリと振動で揺れた。


「一体、何事だ。急に押しかけてきて、そんな言葉を……お前、頼むからアロンテン家の令嬢として淑女の慎ましさを身につけてくれ……」


もう何度、この類の話をしてきたか分からない。

公爵令嬢にも関わらず、男より男勝りな妹は私の悩みのタネの一つだった。

いつものように説教を始めようとする私を一蹴するかの如くシシリアがギヌロッと睨み付ける。

その異常な気迫に私は息を呑み、思わず口を噤んでしまった。


カッカッカッとヒールを響かせ、私に足早に近付くと、シシリアは私の胸倉を掴み、ギリギリと締め上げた。


「アンタ、知ってんの?

リゼが婚約したわよ?アンタ以外の男とねっ!」



シシリアの言葉が、一瞬理解出来なかった。

聞いた事もない異国の言葉を聞かされたように、呆然として、瞬時に反応出来なかった。


リゼが……彼女が………婚約、した?

私以外の、男と………。


その時、パッと頭を過ったのは、パーティの時に親しげにリゼと話していたゲオルグの顔だった。

砕けた様子の2人を思い出し、胸が重石を飲み込んだかのように押し潰される。


……だが、その後詳しく話を聞いて、相手はゲオルグでは無いと分かった。

冷静に考えれば、側近である2人の婚約にシシリアがこんなに激昂する筈が無かったのだ。

それ程、その時の私は正気を失っていた。

まぁ、それ以上に、余りの動揺に皆の前で失態を演じてしまったのだが……その話は、もう良いだろう。

人生でアレが最初で最後の失態だと、二度目は無いと心に固く誓っているのだから。


そして、詳しく話を聞いた私は、リゼの婚約はゴルタールの策略だったと知った。

王太子であるエリオット様を筆頭に、我々に資金源(どれも不法)を潰されてきたゴルタールは、困窮極まってこの国一の大商会、グェンナ商会の資金源を我が物にしようと、グエンナ商会の息子とリゼの婚姻を、スカイヴォード家を脅す形で強引に結んだのだ。

しかも、厳粛なる教会への宣誓書まで、既に提出させていた………。


これを聞いた時に、私とリゼの婚姻が、厚い扉で閉ざされた音が聞こえた。

教会への婚約宣誓書は神聖で厳粛で無くてはならない。

故に、これを撤回する事など出来ないのだ。

例え教会にリゼの婚約の不当性を認めさせ、婚約破棄出来たとしても、一度結んだ婚約を全くの白紙に戻す事は、出来ない。


彼女は教会に提出した婚約宣誓書を破棄した令嬢として、どんな理由があろうと、社交界では傷モノと呼ばれてしまうだろう。

そして、我がアロンテン公爵家から彼女に縁談を申し込む事は、出来なくなるのだ。


私も、アロンテン公爵家嫡男として、彼女に求婚する事は許されなくなった………。


ゴルタールめ、我が私利私欲のため、伯爵令嬢と平民などとの婚姻を目論むなど……。

この婚約は必ず破棄させるが、彼女の人生に大きな汚点として傷跡を残すだろう。

そして、私と彼女との婚姻への壁は容易く崩れない程高く、厚いものとなったのだ。


もう、奴を許す訳には、いかない。

必ず地獄に落とし、彼女の雪辱を晴らす。

私に出来る事は、せめてそれくらいなのだと、また私は自分を偽った。


シシリアは今後縁談に恵まれる事はないだろう彼女に、全てが片付いたらゲオルグ・オルウェイとの縁談を進めると言った。


ゲオルグ・オルウェイ伯爵令息は、オルウェイ伯爵家の嫡男では無いが、婚姻すればオルウェイ家の所有する何らかの爵位を譲り受ける事になる。

また、本人の能力も高く、シシリアの側近としてその私兵団を団長として束ねる卓越した統率力は高く評価されている。

個としての戦闘能力も高く、騎士団と共闘して魔獣討伐に出た際も討伐数は他の騎士さえ凌ぐ程だ。

オルウェイ家から爵位を譲られずとも、その内自らの能力で功績を上げ、それなりの爵位を賜ると考えるのが妥当だった。


そんな男なら、リゼを必ず幸せにしてくれるだろうと、私はそれを了承した。

……それに、リゼのゲオルグへのあの信頼を寄せた様子……。

リゼは、もしかしたら、彼の事を………。

今まで何度も頭に浮かんでは、必死で打ち消してきたその考えを、いよいよ私は認めない訳にはいかなくなった。

恐らく、リゼはゲオルグを慕っている。

私よりよっぽど似合いな2人に、邪魔者なのは、私の方だったのだろう……。


頭の隅にその思いがあったからこそ、私は彼女への想いに気付いても、直ぐにリゼに求婚出来ずにいた、今ならそう理解出来る。

彼女をゲオルグから自分に振り向かせ、その心を手に入れてから求婚したいと、浅はかな考えでいたから、こんな事になったのだ。

全ては自業自得。

せめて彼女が想う相手と結ばれてくれるなら………それがどれだけ私にとって地獄であろうと、笑って祝おうと心に決めた。


リゼの事があり、グエンナを調べ上げた結果、グエンナ商会の息子、リゼと婚約したエドワルドは真っ黒だった。

ゴルタールの資金源になるべく、大陸を超えて盗難美術品を買い漁り、不正に密輸入をしていた。

そればかりか、不法魔道具の売買に、大量の武器まで買い漁り、我が国を狙う北の大国に流していたのだ。

これは明らかな外患誘致罪。

内乱罪と並び、最も重い罰が下される。

つまり、極刑だ。


先に罪を認め、大人しく捕縛された父親であるグエンナ商会主と共に、極刑に処される事は既に内々に決まっている。


そんな大罪人とリゼをいつまでも婚約関係で居させる訳にはいかない。

教会へ婚約の不当性を訴え、無事にリゼの婚約も破棄出来た。


彼女が自由の身になって、改めて私は自分の気持ちを再確認してみた。

私はやはり、彼女以外は考えられなかった。

いくら険しい道であろうと両親と家門を説得して、彼女を妻に迎えたいと思っていた。

その気持ちをシシリアに吐露すると、意外にもシシリアは私を応援してくれると言った。


てっきり、ゲオルグを想うリゼの邪魔をするなと反対されるものと思っていたが、シシリアは一緒に彼女への贈り物まで選んでくれた。

贈り物をして、彼女をしっかり口説けと、アドバイスまでしてくれたのだ。


私達は公子夫人の部屋のクローゼットをリゼへの贈り物で一杯にして、彼女への対策を練った。


彼女は意外にも、ゲオルグとの縁談を断ったらしい。

そして、生涯独身を貫き、官吏として出世するのだとシシリアに語った。

傷モノとなった自分をゲオルグに背負わせたくないと、清廉な彼女はそう考えたに違いない。

卑劣かもしれないが、私はチャンスだと思った。

彼女がゲオルグを諦めるというなら、遠慮なく私が彼女を口説き、必ず婚姻にまで繋げてみせる。


そうして両親や家門相手に説得を始めようとしていた時、シシリアがエリオット様について王国の北の辺境伯領に出掛ける事になった。

ゴルタールと北の大国との密輸ルートを完全に潰す為だった。


王都でエドワルド捜索組に残った私は、あの日、エドワルドの目撃情報を掴み、王都中を駆け回っていた。

だが、奴を見つける事が出来ず、邸に帰ってきた所で、ボロボロになったリゼを見つけたのだ。


彼女は、卑劣極まりないエドワルドの魔道具の呪いにかかり、淫獣の呪いをかけられていた。

急ぎ師匠に解呪を頼んだが、呪いを解くには彼女と交わり、その腹に子種を注ぐ男が必要だと聞き、シシリアに着いて辺境に旅立ったゲオルグを呼び戻すべきか、ほんの一瞬、悩んだ。

が、そんな事、私には、出来なかった。

愛する彼女を、他の男に抱かせるなど………。


例え彼女に後でどれだけ恨まれようと、憎まれようと、私は私の力で彼女の呪いを解くと決めた。


……それに、獣のような姿に変わっていく彼女は、とてもでは無いが、他の誰かに見せられる状態では無かった………。



………愛らしすぎて……。


頭に生えた獣の耳、尻から生えたふわふわの尻尾、全身を覆う、柔らかい毛………。

私にそんな趣味はない筈なのだが、その姿に酷く興奮して、自分を抑える事など出来なかった。


このままでは彼女は命を落としてしまう。

早く彼女に子種を注がねば、と碌に愛撫も出来ず、彼女の純潔を奪った。


淫獣の呪いのせいで彼女が発情していてくれていた事が、せめてもの救いだったとはいえ、無事に呪いを解いた後も、私は彼女を離す気にはなれなかった。


愛する彼女をこの手で抱いた喜びに夢中になり、結局その日、朝まで彼女を抱き続けてしまった。


……案の定、彼女には悍ましく辛い経験だったと言われてしまったが……。


だが、彼女が私の子種を注がれた事は覆しようの無い事実。

彼女がなんと言おうと、私達は契りあったのだから、彼女も諦めて私との婚姻を受けてくれると、思っていたのだが……。


彼女は私との婚姻を拒否した。

きっとまだ、心はゲオルグにあるのだろう………。

身体は私に穢されようと、その心は、ゲオルグに操を立て続けるつもりなのだろうか。




「……そんな事は、許さない、リゼ。

君は俺の物だ。

例えその身体だけでも、私から離れられなくしてやる……。

………俺から逃げ出そうだなどと、二度と考えられないくらいに君を壊してあげよう。

リゼ、愛している……。

俺の、愛しい人………」


眠る彼女の頬に、ポタッと雫が落ちた。


彼女を狂おしいほどに求める、愚かで哀れな男の涙だと、気付いた瞬間に、自虐的な笑みを溢した……。



彼女は俺という名の檻に囚われた、憐れな獲物だ。

その身を食い尽くされ、貪られて、やがて俺の子を孕み、永遠にその檻から逃れられなくなる……。


愛しい女性をそんな風にしか愛せない自分が、俺はこの世のどんな人間より、憎い。

醜悪なこの想いが彼女を捕らえて苦しめているのだとしても、一度覚えた彼女の味に俺は狂ってしまったのだ。


彼女に憎まれ、恨まれながら、それでも側にさえ居てくれればいいのだと、眠る彼女の唇に、そっと自分の唇を重ねた………。



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