episode.12

気怠い目覚めを経験するのは、これで何度目になるのだろう。

今日はいつもより一層身体が重い。


「……今、何時かしら………」


重い身体を起こした瞬間、身体の至る所に痛みが走った。


ボゥっとしながら自分の身体を確かめると、昨夜のレオネル様が残した噛み痕が………。

ツキンと痛む胸を押さえ、私は治癒魔法で治療をしようと魔法を発動させる。


「ヒールウォー…………」


だけど魔法は途中で掻き消えてしまった。

何故だか、治癒でこの痕をなくしてしまいたく無い、そんな気持ちが湧き起こってしまったから。


レオネル様が執拗に私に残した痕………。

あんな風に無理やりメチャクチャに抱かれて、恨んでも良い筈なのに、どうしてもそんな風に思えなかった。

残された傷さえ、愛おしい………。

そう思ってしまい、私はハッとした。


「ヒールウォーター」


気を取り直して治癒魔法で傷を消していく。

回復魔法もかけて重い身体も癒し、私はベッドから降りようとして、ズキンッと下腹部に痛みを感じた。

慌てて掛布を捲ると、そこには少量の血が……。


「……月のものが、来たのね」


目の前が暗くなる。

頭がクラクラとして、胸がズキズキと痛んで、初めて気付いた。

本当はどこかで期待していたみたい。

レオネル様と、私の子供を……。

どんな形であれ、あの方と繋がりを持っていたかったんだわ。

一生母とは名乗らないとか、権利など主張しないだとか、よくそんな事を言えたわ。

子供が出来ていない事にこんなに落胆しているくせに。

何て浅はかで欲が深いのかしら……。


ただ憧れの対象としてお慕いしていた私のままだったら、こんな自分の醜さを知らずにいられたのに。

身体を合わせてしまった今となっては、もうそれも無理な事なのね………。


私、レオネル様を愛している。

例えあの方が私に抱く感情がただの責任感だとしても。

初めて知った情欲の相手なだけだとしても。

それでも良いと思える程、レオネル様が好き。


「……だけど、こんなの健全では無いわ」


ポロポロと涙を流しながら、私は必死に自分を見失うまいと己に抗った。

レオネル様の言うままに、あの方の好意に漬け込み、責任を追求して婚姻して頂く事は可能に思える。

あの方は高潔で実直な方だもの。

だけど、私にはそんな事出来ない。


私は私の浅慮が招いた愚かな結果に、レオネル様をこれ以上巻き込みたくなかった。

だからこそ、婚姻も辞退したし、避妊も提案した。


………だけどそれが、レオネル様を激昂させる事になるだなんて。

一体私は何を間違えてしまったのかしら……。


きっと言い方がお気に召さなかったのだわ。

私は自分自身が情けなくて仕方なかった。

いつもこうなってしまう。

私の物言いには愛想や飾りが無く、聞いた人間を不快な思いにさせてしまうのだ。

学園でも、冷静に物事を淡々と進めてしまう為、鉄仮面女史と陰で呼ばれている事を知っている。

感情の機微が表に出ないのは、必要ない事だと自分自身で切り捨てているからなのだから、鉄仮面と呼ばれるのは仕方ない事だった。


だけど、あんなにお世話になった命の恩人であるレオネル様にまで、激昂させる程言い方に問題があるだなんて………。

流石に自分が情けない。


もっと他に、適切な言い方があった筈だわ。

でも私にはそれが出来ない。

自分にはどうしょうもない欠陥があるような気がして、目の前が暗く沈んでいく。


……良くないわね。

こんな風に沈んでいても建設的な考えは浮かばないわ。

湯を浴びてサッパリして、また今後についてじっくり考えよう。


そう思ってマーサを呼び、湯の用意をしてもらったけど、月のものが来たと告げた時のマーサの落胆ぶりは普通じゃなかった。

正式な妻では無い私にレオネル様との間に子供が出来ていない事に安堵してもらえると思っていたのだけど、マーサやメイド達は何であんなに残念がっていたのかしら?


湯を浴びたら支度をして、宮廷に証人保護の相談に行きたかったんだけど、それも何故かマーサ達に引き止められてしまった。

せめてレオネル様がお帰りになってから、ご指示を仰って下さい、と言われ、それもそうよね、と思い直し、邸に留まらせて頂いたけれど………。

本心は少しでも早くこの邸から出て行きたくて仕方なかった。


今は、レオネル様が、怖い。

昨夜酷い抱かれ方をしたからでは無く、ただ、レオネル様への自分の気持ちを再認識してしまったから。

私はあんな事をされて尚、あの方を愛しているのだと、自覚してしまった。

それが恐ろしかったのだ。

恥や外聞や常識まで捨て去って、浅ましくあの方を求めてしまいそうな自分が怖い。

執着心と独占欲であの方の未来を汚してしまうような言動をしないか、怖くて仕方なかった。


私は、あの方の隣に立てるような人間じゃないのに。

命を助けてもらっておいて、それを盾にあの方の未来まで求めてしまい、恩を仇で返すような行為はしたくはなかった。

そんな事、私が許さない。

私が私を許せなくなるような、そんな事態にだけはならないよう、今まで以上に気を引き締めなくては。









「マーサに聞いた、身体は大丈夫なのか?」


夜になり、レオネル様はいつも通りに私の部屋にやって来た。

今夜はもしかしたら来られないのではと思っていたので、少し驚きながら続き部屋の扉を開いた私に、レオネル様は開口一番、そう言って心配そうに顔を覗き込んでくる。


「はい、病気では無いので、大丈夫です」


私がそう答えると、レオネル様は尚も心配そうな顔で私をソファーに座らせた。

ご自分も私の隣に座り、そっと私のお腹に手を当てる。

触れられたところがじんわり暖かくなって、胸が一杯になった。


「病気では無くとも、辛いのは一緒だろう。

痛みは?寒くは無いか?冷やすのは良く無いとマーサが言っていたが」


気遣うようなレオネル様の様子に、私は申し訳なくなりながら、ポソリと口を開いた。


「……お腹の痛みが、あります。

あと、腰も……でも、毎月の事なので慣れていますから」


そう言う私の肩を優しく抱いて、レオネル様はお腹を優しく撫でて下さった。


「痛みに慣れなくてはいけないなど、女性にばかり苦労をかけているんだな。

病気や怪我では無いばかりに、治癒魔法も使えず辛いだろう。

こんな事しか出来ないが、今夜も側にいても良いだろうか?」


レオネル様の暖かい手の温もりが心地よく、私はつい素直に頷いてしまった。

レオネル様はそんな私をそっと抱き上げ、まるで壊れ物のように丁寧にそっとベッドに寝かせてくれる。

昨日の激しさが嘘のようなその態度に、頭が混乱しながらも、されるがままになって、そんなレオネル様の様子を伺っていた。


「安心しろ、今夜は何もしない。

ただ側で寝るだけだ」


何も言っていないのに、レオネル様はバツが悪そうにそう言うと、そっと私の隣に寝転んで、その広い胸の中に私を包み込んだ。


お風呂上がりの石鹸の匂いと、暖かい胸の感触、力強い腕に包まれて、私は直ぐにウトウトとしてしまう。


月のものが来ている間は私を抱けないのに、レオネル様は来て下さった。

その事が何だか嬉しくて、胸がじんわりと温もりを取り戻していくようだった。


ウトウトと眠りに落ちる私の髪を優しく撫でながら、レオネル様は独り言のように呟いた。


「……君を大事にしたいと、何より思っているのに….…私は君を傷付けてばかりだ……。

なのに、君を手放してやる事も、もう出来ない…….」


眠りに落ちながら、私は夢心地でその呟きを聞いていた。

人命救助の為のあの行為に、そこまで責任を感じさせてしまっている事に何か言うべきなのに、睡魔には抗えず、そのままスーーと眠りに落ちてしまった。


「………いしてる……リゼ…」


レオネル様の呟きが眠りの向こうで微かに聞こえたけれど、何て言われたのかまでは分からなかった………。




それから毎晩、やはりレオネル様は部屋に来て、何もせずにただ私を抱きしめて寝かしつけてくれた。

まるで小さな子供になったみたいで少し気恥ずかしかったけれど、その時間が何より嬉しかった。

まるで身体だけでは無く、私自身を求めて下さっているかのように錯覚してしまいそうな程に。


だけど、そんな私をレオネル様のあの言葉が現実に引き戻す。


『そんなものは、要らない』


……そう、レオネル様はハッキリと仰った。

レオネル様は私の心など求めていらっしゃらない。

必要なのは、この身体だけ。

その広い胸に抱かれながら、私は密かに涙を堪えた………。








「本当に、いい加減お暇しなければ」


月のものも終わり、私は部屋の扉の前でウロウロと途方に暮れていた。

レオネル様の子供がお腹にいないと判明した今、いつまでもこの邸にお世話になっている理由がない。

だけど、出て行きたくても扉にはレオネル様の魔法がかかっていて、私には開閉する事が出来なかった。

実は何度か解除を試みてみたのだけど、レオネル様より魔力量の少ない私ではどうする事も出来なかった。



「……どうしようかしら……」


無理とは分かりつつ、また解除を試みようとドアノブに手を伸ばそうとした時、勝手に扉が開いて私は目を丸くした。

一瞬、自分の魔法解除が上手くいったのかと思ってしまったけれど、まだ魔法を発動もしていないのに扉は開いたのだ。

もちろん、私の魔法解除では無く、扉が勝手に開いたのでも無く、部屋の扉は誰かによって開かれたのだった。

誰でもないレオネル様の手で。


「….…ここで何をしている?」


低く掠れたその声は、無理やりに組み敷かれたあの夜と同じもので、私はビクリと身体を揺らし、恐る恐るレオネル様を見上げた。


ユラリと瞳の奥で鋭い光が揺れている。

その瞳に怯えた顔の自分が写り込んでいた。


「……お邸から出ようと思いまして。

いつまでもお世話になる訳には行きませんから」


レオネル様はいつも寝室の続き部屋の扉から訪れるので、こちらからお越しになるとは思っていなかった。

それに今日はまだ昼間で、いつもなら宮廷に出仕されている時間だった。


「まだ、出ていこうだなどと思っていたのか……」


レオネル様は部屋に入ってくると、後ろ手にバタンと扉を閉めた。


「……君は本当に、何も分かっていない」


レオネル様の手が伸びて来て、私は思わず身を縮こませてしまった。

その私の反応を見て、レオネル様は一瞬その手を止めたけど、グッと眉間に皺を寄せ、再び私に手を伸ばし、あっという間に抱き抱えてしまった。

そのままスタスタと寝室に向かうと、私をベッドに寝かせ、ギシッと音を立て自分もベッドに上がってきた。


「君は……どうして私から逃げようとする?

私は君に、責任を追求した筈だが。

君にも私への責任がある、と」


低い声でそう言われて、私は必死で口を開く。


「もちろん、責任は感じています。

ですが、だからと言ってレオネル様と婚姻するなど出来ません、私は、んっ、んんっ」


噛み付くように唇を塞がれて、それ以上何も言えなくなってしまった。

口内に侵入してきたレオネル様の舌が、私の情欲を煽るように激しくそこを犯していく。

クチュクチュと水音を立てながら、舌が絡まり、私は気が付けば夢中でその行為に応えていた。

レオネル様に快楽を教え込まれた身体がウズウズと焦れるように微かに揺れて、脳髄が甘く痺れていく。


「ふぁっ、んっ、んっ、はぁっ、んんっ」


溢れでる甘い声に、レオネル様の身体がピクリと揺れた。


「リゼ……では、君の身体に教え込んでやろう。

君はもう、私から離れられないのだと」


レオネル様の手がドレスの上から胸を揉む。

服の上からの感触に、私はピクリと身体を揺らした。

物足りなさを感じた自分を否定したくて、必死に横を向いて目を瞑る。

その私の様子に、レオネル様が自虐的にハッと笑った。


そのままドレスの上から頂をスリスリと撫でられても、ただただ焦ったく、私は無意識に腿を擦り合わせた。


「どうした?どうして欲しい、リゼ?」


低く掠れた声で耳元で囁かれ、私はカッと顔を赤くした。

まるで自分が強請ってしまったようで、恥ずかしさで頭がどうにかなりそうだった。


「………な、なにも……」


それだけ答えるのが精一杯の私に、レオネル様はクックッと笑って、背中に手を回し、ドレスの留め紐を指で引っ張る。


「熱そうだな、リゼ。これを脱がして欲しいか?」


フッと笑うレオネル様の妖艶な美しさに、クラクラとしながら私は必死で頭を振った。


「いいえ、まだ昼間で、こんなに明るいのに……嫌です」


キッパリと言ったつもりなのに、その声は弱々しく、レオネル様はますますクックッと笑う。


「そうか、ではこのまま……」


レオネル様がドレスの胸元を掴み、それを一気に引き下ろされて、私は小さな悲鳴を上げた。


「なるほど、これはこれで唆るものがあるな」


ニヤリと笑うレオネル様に、私はカタカタと震えながら、イヤイヤと頭を振る。


「リゼ、君のしたいようにしてあげよう。

して欲しい事があれば、遠慮なくいつでも言いなさい」


そう言いながら、レオネル様は隠すものの無くなった私の胸を揉み上げて、頂にある先に軽く口づけた。

口づける小さな音にまで、ビクンと身体が震える。

既に期待しているように下腹部が反応を始めていた。


レオネル様の舌が頂の周りをゆっくりと舐めていく。

だけど決して肝心なところに触れないその動きに、私はモジモジと腰を揺らした。

レオネル様の舌が触れない場所が何だか寒く感じる。

早くその熱い舌で暖めて欲しくて、私はハッハッと短い息を繰り返した。


「興奮してきたようだな、私にどうして欲しい?」


ニヤリと愉悦の表情を浮かべるレオネル様に、私は目尻に涙を浮かべてフルフルと首を振った。


「……あ、ありません、何も……」


「そうか?」


私の答えに不満げなレオネル様が、キュッと先を指で挟んで押し潰した瞬間、私の身体がビクンッと跳ね上がる。


「……あっ」


甘い声を漏らす私に、レオネル様はクツクツと楽しげに笑った。


「なるほど、君は身体の方が正直なようだ」


そう言って、レオネル様が摘んだ場所を舌で軽く触れると、一瞬甘い痺れが背筋を駆け上り、私はまたビクンと身体を跳ね上がらせた。


「あっ、レオネル、様……」


モジモジと腿を擦り合わせ、目尻に涙を浮かべながらレオネル様を見上げる自分がどうしょうもなく恥ずかしく矮小に感じて、信じられない思いだった。

でも、身体も心もどうしょうもなくレオネル様を求めている。

毎日毎日、獣のように貪られ続けて、私はレオネル様に過敏に反応するよう、作り変えられてしまったのかもしれない。


ハァハァと熱い息を吐きながら、目の前で意地悪く笑うレオネル様が、欲しくて欲しくて仕方ががなかった………。



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