episode.7

その日、レオネル様は結局夕食の時間にも戻ってこなかった。

ゴルタール公爵とグェンナ商会の起こした不祥事の後始末に追われているのだと思う。

シシリア様も、王国の北にある、北の大国との国境であるローズ侯爵領からまだお戻りにならない。

こんな大変な時に、1人何もしないで公爵邸でただ時を過ごして良いのかしら……。

見えない焦りを感じながら、私は1日を過ごした。


メイドに手伝ってもらい、湯浴みを終え、寝巻きに着替えながら、私はボーッと何もせずに過ごした今日を振り返っていた。

思えばこんな日は初めての経験だったかもしれない。

幼い頃から、将来家を支える為に勉学に励んできた。

使用人など雇える状況では無かったので、お母様と2人で邸の事も全てやってきたし、淑女教育の家庭教師として働きに出ていたお母様の代わりに料理もしていた。

朝から晩までずっと何かをやっているのが当たり前で、何もせずただ1日を終える事などあり得なかった。


伯爵家令嬢なのに、湯浴みまでメイドに手伝ってもらうのも、初めての経験だったわ………。

私は気恥ずかしさに頬を染める。

いつも1人で入っているから、自分で出来ますと言ったのだけど、メイド達に許してもらえなかったわ……。

頭の先から爪の先まで、他人に洗わせるなんて……私には、無理。

この邸には短い間しかお世話にならないのだから、その間だけの辛抱だと自分に言い聞かせ、メイドに寝着を着せてもらう。

……これも、自分で出来るって言ったのだけど……うっ、うっ。

内心咽び泣きながら、メイドに着せられた寝着を見て、私は目を見開き、顔を真っ赤に染めた。


「あのっ!マーサ、これは……寝着、なの………?」


1番年配のメイド、元はレオネル様の乳母だったというマーサに、私は素っ頓狂な声で思わず聞いてしまった。


だって、これ………。

ヒラヒラで、しかも……透けているのだけど….…。


「ええ、間違いなく、リゼお嬢様の寝着にございます。

レオネル様は遅くなっても必ず帰ると仰っていましたので、それが今夜のリゼお嬢様の寝着でございますよ」


落ち着いた口調で返されて、私は訳が分からず目を白黒としてしまった。

レオネル様がお戻りになる事と、私のこの……は、恥ずかしい寝着(と本当に言えるのかしら)と、一体どういう関係が?


「あ、あの、私はその、こういった物では、その、落ち着いて寝られないかもしれないわ。

それにこれ、胸の所のリボンが解けたら、前が全てはだけてしまうんじゃないかしら?

朝まではだけさせずに寝るのが、アロンテン公爵家の淑女の嗜み、とかかしら?」


私の問いに、マーサはやはり落ち着いた様子で答えた。


「それは朝まで着ていなくても良いのですよ。

むしろ、はだけさせて頂くのが正解ですから」


マーサの言っている事がますます分からない。

一体これは何の為の寝着なのかしら?

アロンテン家では、裸になって寝るのが正解なの?


あまりの衝撃に口をパクパクさせている私に、マーサはサッサと私にシルクのロングローブを着せ、一礼すると他のメイド達と出ていってしまった。

私はすかさずローブの胸元をギュッと絞めて、腰紐をキツく結んだ。


とりあえず、これなら、何とか……。

淡い期待を込めて、他のちゃんとした寝着が無いか少し探してみたけれど、人様の邸の部屋に何がどこにあるのかなんてサッパリ分からない。

分かったのは、ウォークインクローゼットだけでもちょっとした部屋くらいの広さである事と、そこに大量の衣類が存在している、という事だけ。


一体、この沢山のドレスはどなたの物かしら?

シシリア様のドレスがお部屋に入りきらないから、こちらに置いてある、とか?

とにかく万が一にでも汚してしまってはいけないわ。

私は寝着捜索を早々に諦め、フゥッと溜息つきながらベッドの端に腰掛けた。


やはり王家に次ぐ公爵家では、私達とは常識が違うのね。

寝るスタイルまで違うなんて……。

う〜〜むと首を捻っていた時、寝室のレオネル様のお部屋と繋がっている扉が、コンコンと叩かれた。


「リゼ、話があるんだが、入ってもいいか?」


レオネル様の声に、いつの間にお戻りになったのだろうと驚きながら、直ぐに扉を開いた。


「お帰りなさいませ。

いつお戻りになってらっしゃったのですか?」


私の顔を見るなり、レオネル様は口元を綻ばせ、目の下を微かに染めた。

その反応に、何かおかしな所でもあるのかしら?と自分の身体をパッと確認する。

確かにロングローブの下はおかしな事になっているけど、しっかりローブで隠しているから大丈夫な筈……。


「んんっ、ゴホン。今しがた戻ったばかりで、直ぐにこちらに来たから、すまないが、湯に入ってくる。

私が湯から上がるまで起きていてもらえないだろうか?」


レオネル様の言葉に、私は咄嗟に頷いた。


「はい、もちろん。

起きて待っています」


その私の返事に、レオネル様はまた口元を綻ばせる。

……やっぱり、私に何かおかしなところが?

先程から、笑いたいのを我慢してらっしゃるのでは。

急に不安になった私は、モジモジしながらレオネル様を下から見上げた。

その私の態度に、レオネル様は頬を染めて、口元を片手で隠し、クルッと踵を返す。


「では、すまないが。

必ず直ぐに戻る」


そう言って自分の部屋に戻られたレオネル様の背中を見送り、パタンと扉が閉まった瞬間、私は急いで衣装部屋に移動し、大きな姿見の前に立った。


姿見に映る自分に、どこかおかしなところはないかと探してみるけれど、何も見当たらない。

試しにクルクル回ってみるけど、やはり何も無いように思える。

むしろ、メイド達に磨き上げられて、お肌はピカピカ、髪は艶々。

見たこともないような高級な化粧品をふんだんに使ってもらい、もの凄く良い香りまでする。

私史上、こんなに綺麗になった事ない程の仕上がりだ。


後は寝るだけなのに、あんなに時間をかけて隅々まで磨き上げる必要があったのかしら?と疑問には思うけれど。

公爵家のメイドは常にプロフェッショナルで仕事に全力なのだわ。

そんなプロに仕上げてもらったのだから、変なところなんてある訳が無いわよね?

ではレオネル様は、私のどこを見て笑いを我慢していたのかしら?


う〜んと首を捻り、私はハッとした。

まさか、下の変わった寝着が見えていた?

そんな事ないわよね?

襟をぴっちり絞めているし、腰紐も緩んでいないし………。

ハッ、むしろこれがおかしいの?

裸同然で就寝するのが公爵家の決まりなら、今の私の姿は随分不恰好に見えるのかしら……。


私は恐る恐る腰紐を緩め、ローブの前をはだけさせた。

下に着ている寝着は、ふくらはぎまでの長さで、それ自体は問題無いのだけど……。

お袖が無いのよね。

いわゆる、肩紐だけの状態。

それより1番の問題はやはり、透けている事………。

これでは、胸も下の下着も視覚的に隠せていないんだけど……。

上等な品だという事は分かるんだけど、布が薄いのよね……。

更に胸の上辺りでリボン結びで留めているだけだから、これが緩んだら、裸となんら変わらなくなってしまう。


色々と疑問の浮かぶ寝着だけど、やはりそこは公爵家。

素材やデザインは一級品で、そんな高価な寝着を着た事のない私は、何だかんだと言っても少し嬉しかったりもするんだけど。

これで透けてなくて、前がぴっちり留められたら最高なんだけど、などと思いながら気分よくくる〜りと回った瞬間、いつの間にか後ろに立っていたレオネル様と目が合った………。


「あっ、あの、あれ?レオネル、様?」


突然の事に呆然とする私と、瞬間カァァッと顔を真っ赤にするレオネル様。


「あ、いや、すまない。

湯から上がって、扉をノックしたのだが、返事が無かったので……勝手に入らせてもらった。

寝室に君がいなくて焦ったが、こちらから人の気配がしたもので……その……」


真っ赤な顔でレオネル様は口元を手で覆い、フイと横を見た。

そのレオネル様の髪から、水がポタポタと滴っている。


「あっ、レオネル様、まだ御髪が濡れてらっしゃいます」


慌ててレオネル様の側に近付き、濡れた髪に手を伸ばした瞬間、レオネル様にグイッとその腕を引っ張られて、胸の中に抱きしめられてしまった。


「リゼ、私の為に、それを着て待っていてくれたのか?」


耳元で熱く囁かれ、私は真っ赤になって頭をブンブンと振った。


「ち、違います、これは、マーサが……寝着だと言われまして、あの………公爵家ではこのような薄くてはだけやすい寝着で眠るのでしょうか?

寝る時は、裸同然で無くてはいけませんか?

私は、その、それだと落ち着かないのですが……」


しどろもどろに訴えると、レオネル様は私の耳元でクックッと笑った。


「……なるほど、マーサか………。

他にマーサに何か言われたか?」


何かを含んだようなレオネル様の口調に首を傾げながら、私はマーサに言われた事を思い出した。


「あの、朝まで着ていなくても良い、と。

それと、はだけさせて頂くのが正解だと……」


改めて考えても、マーサの言っていた事が分からず、私はますます首を捻りながら、レオネル様にそう答えた。


レオネル様はフッと笑うと、私の胸の上のリボンに手を伸ばし、端っこをスッと引っ張る真似をした。

ビクッと身体を強張らせる私に、ふふっと優しく笑う。


「なるほど……はだけさせるのが正解なのか………」


そう言って艶やかに笑う、その妖しい美しさに、私はポゥッと見惚れてしまった。


「今まで貰ったどんな贈り物より、これが一番開けるのが楽しみだな」


キラリとレオネル様の瞳の奥が獰猛に光って、私はビクリと身体を震わせた。


「……あの、私……ロ、ローブを、あの、着たいのですが……」


そう言って、床に落ちたローブをチラリと見ると、レオネル様は私を軽々抱きかかえ、ニヤリと笑った。


「アレはもう要らない」


そう言って私を抱えたまま寝室へと戻ってしまう。

ああ、ローブ………。

アレが無いと、私この頼りない寝着1枚のままなのですが……。


レオネル様はベッドの端に座ると、私を自分の膝の上に横向きに座らせた。

これは一体、どういった状況かしらとグルグル目を回す私を、真剣な顔で覗き込んでくる。


「実は、君に言われた事を一日中考えていたのだが」


レオネル様にそう言われて、私は首を傾げた。


「私の言った事、ですか?」


そう尋ねると、レオネル様は真剣な顔のまま頷く。


「ああ、君に言われた〝悍ましく〟〝辛い〟行為だったという事を……」


そう言われて、私はハッとして思い出した。

確かに、悍ましい獣の姿の私と、例え人命救助の為だったとはいえ、レオネル様に交わらせてしまって、辛かった、という意味で言ったけど……。

それを一日中考えていらっしゃっただなんて、何故………。


「確かにあの時は時間が無かったとはいえ、君には無理をさせたと思う………。

その、その後も、初めての行為に夢中になってしまって、つい……。

君が悍ましく辛い行為だったと言うのも、当たり前の事だ」


レオネル様の言葉に私はハッとして、慌てて口を挟んだ。


「あの、レオネル様、あれはそういった意味では……」


「だからこそ、私に挽回する機会を与えて欲しい。

君に女性の喜びを与えられるのは、私だけだ。

そうだろう?君は複数の異性と関係を持てるような女性では無いからな」


レオネル様の誤解を解きたくても、今は口を挟めそうに無かった。

私は黙って、とりあえずレオネル様の話を最後まで聞き、改めて訂正しようと、レオネル様の話に耳を傾ける。


「君に女性の喜びを与えられるのは、私だけ。

ならば君に、やり直しを要求したいと思う」


真剣なレオネル様に、私は訳が分からず、首を捻る。


「あの、それは一体、どういう意味……んっ」


レオネル様の唇が私の唇を塞ぎ、チュッチュッと音を立てて私の唇を啄む。


「はっ、ふぁっ……?レオネル……様?」


口づけの合間にどういう事か尋ねようにも、直ぐに舌がヌルリと口内に侵入してきて、私は言葉を発せられなくなってしまった。


「あっ、ふぁ……んっ、はぁっ、んっ、んっ」


舌で丹念に歯列をなぞられ、上顎を刺激されると、だんだんと漏れる吐息が甘くなってゆく。


舌に舌が絡まってきて、クチュッと水音を立てながら吸われると、ビクリと背中が震えた。


深い口づけに夢中で応えていると、いつの間にか胸を優しく揉まれていて、私はカァッと顔を赤くした。


「あっ、ふぁっ、レ、オ……あっ、んふぅっ」


唇を塞がれたまま音を立て激しく舌を絡ませて、レオネル様の指が胸の頂をスリスリと撫でた瞬間、我慢出来ない甘い声が漏れる。


その私の声に、レオネル様はピクリと身体を小さく震わせると、ますます舌を激しく絡ませた。


「んっ、ふぅっ、んっ、ふぁっ、んっ、んんっ」


胸の先を摘まれて、私はピクピクと反応しながらレオネル様の腕に縋り付いた。


レオネル様はゆっくりと唇を離すと、愉悦の表情を浮かべ、私をうっとりと眺めた。


「ああ、君のそんな顔を、もっと惹き出してやりたい、リゼ」


そう言いながら、私の身体を軽々と持ち上げ、ベッドの真ん中に横たえる。

先程の激しい口づけに息も絶え絶えの私は、されるがままに、私の上に被さってくるレオネル様をボーっと見ていた。


レオネル様は私の胸に頬を寄せると、薄い布の上からそこに舌を這わせた。


「んっ、あっ、んっ、んんっ」


舌で先転がされながら、反対を指で弄られ、ピクピクと身体が勝手に震える。

下腹部がジワリと熱くなってきて、私は無意識に腿を擦り合わせた。


「こんな風に、ゆっくりと君を可愛がりたいと、何度思った事か……」


そう言ってチュッチュッと音を立て、そこを吸われて、私は顔を赤くして、羞恥に首を振った。


「んっ、レオネル様……あっ、んんっ、そんな……んっ……」


ピクピクと身体を震わせる私を、レオネル様は悠然と見つめ、胸の上のリボンに手を伸ばすと、指で端を摘みニヤリと満足げに笑う。


「マーサからのプレゼントを、開けさせてもらうとしよう」


そういって、シュルシュルとリボンを解いていく。


「あっ、ダメ………」


薄くて頼りない布でも、有るのと無いのとでは大違いだった。

裸の素肌の上をレオネル様の視線が、まるで這うかのように動いていく。

羞恥に真っ赤になった私は、目尻に涙を浮かべて弱々しく口を開いた。


「やっ、見ないで、下さ……あっ」


懇願は最後まで言わせて貰えず、レオネル様は布の無くなった胸の頂に再び吸い付くと、舌で強く吸い付いた。


抑えたくても自然に漏れる喘ぎ声と共に、とうとう羞恥に耐えきれなかった涙が、ポロッと頬を伝った。



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