白き火魔女が死んだ

ゆめうめいろ

白き火魔女が死んだ

 【魔女】

 彼女たちは戦った。

 彼女たちは散っていった。

 彼女たちは救っていった。

 彼女たちは殺してきた。

 彼女たちは殺されてきた。

 自分たちの街を家族を友人を宝物を守るために。

 

 彼女たちが死んでも誰にも知らされない。

 そして人々の記憶からは抹消される。

 守りたかった対象からは忘れられ生きてきた痕跡すらどこにも残らない。

 いつどこで何のためにどのように生まれたのかもわからない異形の怪物と真夜中に戦い死んでいく。

 怪物の存在を認識し何かを『守りたい』そう思った瞬間与えられた能力一つと己の肉体で戦い死んでいく。

 何に変えても守りたいと思ったものが目の前で壊されて死んでいく。

 

 そんななかで同志である魔女にすら恐れられている【白き火魔女】呼ばれる少女がいた。

 真っ白な肌髪に端麗な顔立ちを持ち炎を自在に操るシンプルな能力で長年怪物を狩り続けている狂人。

 しかしそれだけで恐れられるわけもない。

 白き火魔女はだった。

 いくら一つ特殊な能力を使えるとはいえ一人でできることなど限られる。 

 暗い中では周りの状況を視認するのすら厳しく、いつ背後から別の怪物に首をかき切られるかもわからない状況でソロであり続けるなど狂っているとしか形容できない。

 しかし彼女は圧倒的な知識で力で判断でソロでその地位を確立させていた。




 そんな魔女が今

 

「いやーやっちゃった。いい加減ソロにも限界があることはわかっていたけど」

 彼女は真っ白な肌をおびただしい量の血で赤く染め上げ、大の字になりながら笑って言った。

 まるでそれがうれしいかのように。

「……何があったんだよ」

「何も特別なことは起きてない。ただの私の判断ミスだ。前方の大型二匹と後方の小型十数匹どちらを先に倒すべきか。その判断が一瞬遅れて上から来ていた奴に気づかず腹を裂かれただけ。あ、そいつらはもう倒しておいたからもうここは安全だよ。何も心配する―――」

「判断ミス……少なくとも君はそんなミスはしない。本当は何があった」

 彼女は少し考え言った。

「私さ、時々自分の本当に守りたいものって何なんだろうって考えてたんだよね。でさ、君を助けた時私こう言ったよね。『私の色一緒に探してくれない?』って」

「だから……ああ言った」

 

 質問に全く答えず全く関係ないことを言い始める彼女をみて少しいらだったが彼女の姿を見て言葉を押し殺し無理に相槌を打った。

 僕が魔女の存在を知りそしてあの日の深夜と思っていた僕を怪物から救ってくれたのは彼女だった。

 そして救われた僕は彼女の色探しを手伝わされることになった。

 色探しが何を示すのか。

 それが概念的なものなのか物理的なものかなんなのかすらわからない。

 しかし不登校で時間だけは有り余っていた僕は生きる理由をくれた恩人のために無我夢中で彼女から聞いた魔女や怪物についての情報、実地、ネットなど使えるものはすべて使い調べ続けた。

 そして今夜もいつも通り探し出した情報を彼女に教えて僕は一人彼女が帰ってくるのを待っていた。

 

「死のうとしてたのに私に助けてもらって涙を流してた黒い髪の少年を見てついそう言ってしまった。あの時は危うく笑いそうだったよ」

 彼女は心底愉快そうに言った。

「……」

「ふふ、まあそうかっかするんじゃないよ少年。ここからが大事なんだ」

 

 仰向けだった体を起こし苦痛に顔を歪めながら話をつづけた。

 

「今まで君に詳しく言及はしてこなかったけどもう話せる機会もないだろう。私のについて話そうか。私はね、もともとはこんな髪の色もこんな肌の色もしてなかったんだ。特に髪は自分で言うのもなんだが綺麗な栗色でね。色んな人に褒めてもらえてその髪が私の誇りだった。」

 そうはいうもののどこか彼女は悲しそうな目をしていた。

「ただあるとき色を怪物に取られてしまってね。その時私は魔女になった。それで私はついさっきまで私の守りたかったものは私の色なんだって思ってたんだ」

 

 【白き火魔女】

 だとしたらこの名前はどれだけ彼女にとって皮肉な二つ名だったのだろう。

 一番大切だと思っていたものを奪われたことによって生まれた特徴で呼ばれ勝手に恐れられるのは。

 

「なんでその話を今までしてくれなかったんだ?別に君にとって僕に教えて不都合なことないだろう?」

「それは……自分で白き火魔女とか名乗っておいて実際はそんな理由でできた特徴だなんて自分で言うの恥ずかしいじゃないか」


 ……別に皮肉だなんて思っていなかったのかもしれない。


「そのせいで僕がどれだけ苦労したか」

「ははっ、ごめんごめん」

 ごめんで済ましていいものか。

 僕がそれでどれだけ、どれだけ……

 

「まあ、ほかの魔女たちの大切なものと違って急を求められるようなものでもなかったし、君だって実際嫌々やっていたわけではないだろう?」

 

 ……ぐうの音も出ない。

  

「話を戻そう。それでね、今君の姿が見えて思ったんだよ。君との日常をもっと続けていきたかったなって。毎日君が調べてくれたところに飛んで行って結局それは関係ない怪物でそれを狩って帰ると君が出迎えてくれる。そして次の日の作戦会議が始まる。そんな日常を」


 彼女はさっきとは打って変わって真剣な顔でつづけた。


「私の何より大切なもの何より守りたいものは色でもなくはたまた髪でもなく―――命だった。いまさら気づいたけど結局私も君と同じだったんだ。あの時君を笑いそうになったって言ったけど笑われるのはどうやら私もだったようだ」


 そんなことない。

 その一言を彼女の言葉を聞いて発すことはできなかった。

 

「ここまでやってきて最期を嘲笑で終わらせていいのか?」

 それだけ言うと彼女はさっきまでと違う心からあきらめたような顔をした。

「うん……いいんだ。私の髪見てみてよ」

 彼女は自分の髪を持ち上げるとそれを炎で搔き切り僕によこした。

 その髪には少しだけ彼女が言っていたような栗色の髪が少し混ざっていた。

「これって……」

「うん。君の質問ほったらかしてたね。私がそんな初歩的も初歩的なミスを犯したのは私の色を奪った怪物が目の前の大型の片割れだったから。当然ながら実際に対面したのは初めてだったからね。いやーあせったあせった」

 

 それなら君が致命傷を受けるのも仕方ないから。

 白き火魔女でも緊張するんだな。

 そんな軽々しく言葉を発せるわけもない。

 その場には静寂が訪れた。

 

「こんな死ぬ間際になって本当に大切なものに気づいて尚且つそれが無くなるときにあんなに求めてたものが手に入るなんてね」

「…………」

「……何か話しなよ。私いつ死ぬかもわかんないんだからさ」


 その後数秒経ったもののようやく僕は口を開いた。

 

「結局僕と君の関係って何だったんだろうな。最後が嘲笑で終わる魔女とそれを忘れて生きる不登校の高校生なんて」

「ここまで引っ張って出た言葉がそれかい?うーん…………しいて言うならなんじゃないかな?」

「観測者……」

「そう、ずっと私は一人だった。別になりたかったわけじゃないんだけどいつのまにかね。少し前までは他の魔女とすら違って死ぬ直前ですら誰にも悲しんでもらえないんだって思ってた。そんな中死のうとしてたのに私に助けられて泣いてた君と出会った。君は死んだら記憶に残らない不安定な生き物である私をずっと観測しつづけてくれた」


 そんなこと誰にでもできるようなこと―――


「誰にでもできる。そんなことを君は思うのかもしれない。でも少なくとも今まで私の家族も学校の先生も近所の人もそれまで友達だった子もこの髪が白くなってから…私に誰も近づかなくなった。怖かったんだと……思うけどね。小学生の少女の髪が一晩のうちに真っ白になって怪物に色…を取られたって泣きじゃくって半ば狂乱気味になってたら……距離を置こうっていうのも……わかる」

 

 彼女の言葉はだんだんゆっくりになっている。

 だけど僕は彼女の言葉を遮らない。

 きっと彼女は話を止められたくないだろうから。


「君はどうせあと数分で忘れてしまうような……私の死を悲しんでくれている。なんで自殺しよう……としてたんだって不思議に思うくらい優しい……観測者だよ」

「………………忘れない」


 彼女は息も絶え絶えなはずなのにこころなしか目を見開いているように見える。

 

「……綺麗な君との関係の幕引きを作ったはずなのに……何を言っているんだい…………君は」

 

 彼女は言っていた自分の一番大切なものは命だと。

 

「死ってさ、二回あるんだよ。一度目の死は言わずもがな心臓が止まった時。二回目は―――すべての人の記憶から忘れ去られたとき。僕はお前にとって観測者なんだろ?少なくとも僕が死ぬまでお前の記憶を忘れないし語り継いでやる。二回もお前を殺させない」


 自己満足……そんな言葉がこの行動には一番合っているだろうし命があることが一番大切なのに二度目の死も何もないかもしれない。

 それにそもそも彼女が死んで記憶を保てる奇跡が起こる可能性も0に等しいだろう。

 

「なんだい…それは……ふかのうだ……ろう…………でも……ふふっ……二回……も死ぬの……は……いや…………だな―――」

 

 それでも僕は『観測者』として彼女の記憶を自分の中で観測し続ける。

 「白き火魔女は誰にも―――」




 あるところに同志である魔女からも恐れられる【黒き火魔人】という二つ名を持つ少年がいた。

 黒い髪に何かを決意したような顔をしている炎を自在に操るシンプルな能力で長年怪物を狩り続けている狂人。

 しかしそれだけで恐れられるわけもない。

 彼は怪物をで狩り続けていた。

 いくら一つ能力を使えるとはいえ一人でできることなど限られている。 

 暗い中では周りの状況を視認するのすら厳しく、いつ背後から別の怪物に首をかき切られるかもわからない状況でソロであり続けるなど狂っているとしか形容できない。

 しかし彼は圧倒的な精神力によってその地位を確立させていた。


 彼は生涯自分のことをこう表現した。

【観測者】と


 





 



 

 




 



 

 

 


 

  

 

 

 

 

 

 

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