第38話 ユルの過去(sideヒバリ)



 ユルが現実逃避をする度に、嫌な記憶を少しずつ消しているのだと知ったのは、ここ最近の事だった。

 ストーカー達への計画を練る度に、ユルは頻繁に現実逃避をし、計画の殆どを忘れる。

 それにより計画は進まなかったが、俺にとって得るものも多かった。



 ユハクが前世から隠し続けていたユルの記憶に関する事は、ユルがその時によって話す内容が違うという点も含め、あまりにも違和感があり、ユハクも最初は戸惑ったと言う。

 ユルから見れば、記憶がなくなれば全てがなかった事になる。

 単なる記憶喪失ならまだいいと思えるほどで、恐ろしいのは前世のユル達の両親が、世界から存在を消された事だ。



 ユルは前世の両親については、いっさい話す事がなく、こちらの親であるルーフェンに執着しながらも、前世の両親に何も思っていないように思えた。

 しかし、そもそもユルの中で両親の記憶がなく、世界から実際に存在が消えてしまったのなら、それは恐ろしいものだ。

 ユハクのみが、両親が存在していたという事を覚えているという点においても、おかしな話だが事実だった。



 そもそも、ユルが両親の記憶を失ったのは、ユハクと同じ業界にいた両親が、ファンとやらに殺された事が原因だったらしい。

 当時、ユルは十歳であり、両親とともにプライベートの時間を楽しんでいたという。

 だが、そんな楽しい時間を目の前で壊されたあげく、ユルはその場で闇の界隈の者に売られ、一年もの間監禁されていたらしい。

 その間にユルは両親の記憶を全て失い、ユルの両親殺害の証拠もなければ両親が生きていた事実も消え、ユルの失踪事件にすり替わったのだ。



 そんな状況でユルを見つけ出す事は難しく、祖父母も既に亡くなっていたため、ユハクは自分の立場を利用し、様々な手を使ってユルを捜し出した。

 だが、見つかったユルは美少年の恋人として過ごしており、執着の酷い恋人に監禁されても、自分は望んでここにいるのだと、震えながら言い張った。

 それによって、恋人は未成年という事もあって無罪となってしまい、恋人の親だけが捕まった。

 その恋人が、ユルが恐れる真緒という人物だったのだ。



 真緒はユルを大切に隠し、ユルを洗脳していた。

 だが、そんなユルがユハクの元に戻ると、ユルは徐々に洗脳が解けていき、真緒を避けるようになった。

 執着が異常だった真緒は、ユルが自分以外を見る事が許せなくなり、自分のファンにユルを殺すよう命じたらしく、本来なら、そこで真緒がユルを救うはずだった。

 しかし、ユルは闇の界隈の者であろう人物に救われ、家まで届けられた。

 これが、今のユルをつくっている。



 こうした情報をユハクが俺に話さざるを得なくなるほど、ユルは頻繁に現実逃避をしていたのだ。

 そしてそれは、ルーフェンには既に知らされており、俺はツガイとしてユルから本当に離れないのかと、見極めていたのだろう。

 何より、俺がユルを好きになった理由と、実は最初の恋人ではなかったという点で、ユハクは気をつかっていたようだが、俺はそもそも何もかもすっ飛ばしてユルとツガイになった。

 偽りの恋人に嫉妬するほど、俺は若くもなければ、そこにユルの愛がないのなら恋人とは言えない。

 ただただ、ユルの思考の自由は奪いたくないと思うだけで、ユルの記憶喪失の方が俺には問題だった――



「――ユル?また眠ってしまったのかい?」



 神殿に戻ってすぐに、ユルは安心した様子で寝息をたてる。

 俺から離れないよう、髪を掴んでくるのは相変わらずで、愛しいツガイの安心した姿は胸が締めつけられた。



「ユヅはまた……これは疲れて眠っただけかな」



 ユハクがルーフェンを連れて帰ってくると、ルーフェンはエルフ達や暗部隊に指示を出し、ユハクは俺の腕の中で眠るユルの表情を確かめるように触れる。



「ユハク、現実逃避をさせるついでに、両親について訊いてみるという事が、俺にはできなかった。ユルに忘れられる方が怖いというのは、ツガイ失格かな」



「いいや、寧ろ安心したよ。ユヅは記憶を刺激される事を嫌がる。俺がユヅの知らない事を知ってるという事を、ユヅは怖がってるんだよ。ヒバリさんがあの話を持ち出して、俺がそれを咎めるように言った。なのに、ユヅは俺だけにお願いしてきた。まるで、自分が変えた過去を覚えてる俺に対して、恐れてるみたいにね」



「ユルは、この世界でも変えようと思えば全てを変えられる。愛し子だからな。ただ、それをしない……いや、できないのは俺がユルのツガイだからだ。俺の決定権はユルにも対抗できるけど、そもそもユルは俺の決定を疑わない。あの計画だけをユルが覚えてたのは、そういう事だ」



「でも、ヒバリさんも怖いんでしょ?ユヅの記憶喪失」



 勿論、怖いに決まってる。

 ユルが俺を疑えば、俺の決定権もどうなるか分からないからな。

 それに、俺は全てをユルに預けた。

 ユルもこの世界においての決定権を持ってるという事になる。

 ユルが生神になれば、神さんですら対処できないんじゃないか?



「ひとまず、ユルには早いところ生神になってもらって、神さんから全てを聞き出す必要がある」



 それと、更に俺に夢中になってもらって、マオを旦那か……最悪群れにだけでも、早いところ入れないとな。

 真緒と同じ名前をつけられたのが、偶然か必然かは分からない。

 それでもマオはきっと、ユルに植え付けられた奴に対しての切り札になってくれるはずだ。




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