第29話 魔王



 魔族の国は想像より普通の場所であり、渓谷が目立つ大自然となっている。

 しかし、人間側ではまず見ない、ドラゴンやらグリフォンが飛んでおり、魔物の数が人間側の比ではない。

 そんな場所に魔族の姿はなく、国がある様子もないのだが、ヒバリくんが空中に手をかざすと、急に夜となり、大きな月とともに魔王城と呼ぶに相応しい建物が現れたのだ。



「んなっ!ヒバリくん、何したの?」



「幻術を解いただけだ。ユルが怖がらないよう、ユルの好きそうな明るい自然を見せたかったんだろうな」



「それだけで、こんな大掛かりな魔術を使ってたの?」



「俺には負けるけど、魔王もユルが好きすぎるからな……ただ、残念なことに城まで隠してしまってたから、俺が解除したわけだ」



 うん……本当に残念かも。

 城が見えなかったら、会いに行けないよ。

 魔王って、ちょっとおバカさんだったりする?



 残念な魔王を想像しながら、僕はヒバリくんの背後にへばりついて歩き出した。

 城に着くまでの間に、僕の後ろには密かについて来る魔物達が増えたが、ノヴァとエルフ達の気配はやはり感じられなかった。



「お待ちしておりました、神獣様、ツガイ様」



「早速だけど、魔王をここに連れて来てくれるかい?魔物がユルに群がってるからな」



「……中へ案内しますが」



「いいや、ここでいい。外の方が、ユルを守りやすいからな」



 僕達が歩みを止めれば、魔物達は僕に群がってくる。

 みんな可愛く、僕の群れになりたいと言ってきたり、僕と話したいと言う子が多かったため、僕からヒバリくんにお願いしておいたのだ。

 しかし、魔族の案内人は魔王を呼び出す事はしたくないようだ。



 魔王は王様だし、当然だろうけど……僕は来なくても良かったんだよ。

 魔王が来ないなら僕はこのまま帰る。

 ここまで来ただけ良いと思うんだ。



「……それは、神獣様の希望でしょうか。それとも、ツガイ様の希望でしょうか。神獣様のツガイは、本来なら魔王様でした。それを――」



「僕はヒバリくんをツガイに選んだ。魔王を選んだ覚えはないよ。ヒバリくんを悪く言うなら、僕は魔王に会わない」



「ッそんな」



 どうやら、魔族にとっては僕ではなくヒバリくんが敵になるらしい。

 精霊が魔王を敵視するのと同じなのだろう。



 僕のことは僕が決める。

 ちゃんと、僕が自分の立ち位置を決めるんだ。

 だから僕は今、魔王のツガイ候補じゃなくて、ヒバリくんのツガイとしてここにいるんだって分かってもらわないと。



「ヒバリくん、帰ろう。群れのことは群れの長の責任だ。この人の言葉は魔王の言葉になるんだから、僕達は帰る」

 


「そうだな。ユルの言う通りだ。こんな話をしても来ない魔王に、ユルのツガイになる資格はない」



 魔物達が悲しそうにするなか、突然目の前に現れた人物によって、僕の動きは止まる。

 黒髪に金色の瞳を持ち、狼獣人のようだが、なぜか尻尾は二つある。

 そしてなにより、僕が避ける部類の美形だ。

 そのため、僕は自然と目を逸らし、いないものとして避けて帰ろうとする。

 だが、その人物はオドオドしながらもついて来て、ヒバリくんはニヤニヤと笑い、案内役だった魔族は慌てた様子で「魔王様!」と呼んだ。



「魔王様、なぜここに……あなたは城から出れば喋れないのですよ!魔物に戻ってしまう可能性もありますし、暴れて神獣様を傷つけるかもしれません!それだけは駄目です」



 なんか、ごめんなさい。

 まさか、そんな理由があって城の中に案内しようとしてるとは思わなかったよ。

 群れの主の弱点は言いたくはなかったよね……けど、魔王本人の前で丁寧に説明してくれてありがとう。



「ヒバリくん、お城の中に行こうか」

 


「仕方ないな。まさか、そんな理由があるなんて俺も知らなかった。魔王、魔物達は城に入ってもいいのかい?」



 それに対して、魔王はコクリと頷き、尻尾を揺らしながら城内へ案内してくれる。

 案内役だった魔族は深くため息を吐き、僕達に謝ってくるものの、ヒバリくんの存在を良く思っていないのは本心だったようで、僕に対しての態度とは明らかに違った。

 だが、そんな事を気にしないヒバリくんは、見せつけるように僕を抱きあげる。



 ヒバリくんが楽しそうだから、僕はあんまり口を挟まない方がいいかな。

 余計な事をして、ヒバリくんの計画を崩すのも良くないからね。



 そうして僕達は魔王の部屋であろう場所に案内され、魔族がいなくなったところで、魔王は慎重に口を開く。



「俺は、一応魔王だけど……名前はないし、喋るのが苦手。ユルとツガイになりたいけど、ユルといれるならなんでもいい。ユルが好き。大好き。可愛い」



 魔王は尻尾をブンブン振りながら僕に近づいてくるが、どこかオドオドしていて、迷いながらも僕に触れようとしてくる。

 そんな魔王の手をヒバリくんが引っ張り、僕の頭を撫でるように手を置かれた。



「ユルに触れられないなら、ユルのツガイは無理だ」



「ユ、ユルに触れ――……無理!可愛い」



 魔王は見た目のままワンコ系かな?でも、イケメンなのに残念な感じが凄い。

 うん……僕のストーカーと魔王は全然違う。



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