第10話 嫌な奴



 ユハ兄さんの件から数日後、父様の言う通りこちらに罰は下されなかった。

 むしろ、僕が欲するのならユハ兄さんを王族から外し、僕の兄としてシュッツ家の養子にと、勝手に進めてしまったのだ。

 これには、さすがの父様も怒っていたが、目の見えないユハ兄さんを守る……というより鍛えるには、暗部隊が適していた。

 そのため、シュッツ家は正式にユハ兄さんを迎え入れ、ユハク・シュッツとして今世でも僕の兄となった。



 それにしても、どうしてユハ兄さんは僕の居場所が分かるんだろう。

 目が見えないユハ兄さんに守られる僕って……よく分からない。



 現在、シュッツ家恒例の暗部隊の訓練中である。

 僕はいつも通り人質役だったが、ユハ兄さんもそこに加わっている。

 そして僕はというと、ユハ兄さんを安全な場所へ連れて行き、僕は一人で屋敷を飛び出していた。

 最近は冒険者としての活動もできていなかったため、訓練から逃げるついでに森へと向かったのだ。

 しかし、なぜか僕のそばにはユハ兄さんがいる……なぜだ。



「ユハ兄さん……どうやってここに?それに、僕よりも魔物を狩ってる」



「知らないの?僕はユヅのことならなんでも分かるよ。逆に、ユヅがいないと、僕は何もできない。ユヅ、僕から離れたら駄目だよね?」



 ユハ兄さんにはそんな特技があったのか。

 凄いというか、少し怖いくらいだけど、僕がいないと困るなら仕方ない。

 今度からはユハ兄さんも連れ出して――



「ユル様、人質が無事に脱出してまうのは、どうかと思います」



「ひッ……の、ノヴァ」



「ユハク様もです。ユル様について行かないでください。あなたは目が見えないでしょう」



「キハか。キミも随分と暗部隊に馴染んだようだね。また訓練を良い事に、ユヅの命を狙って捕まったのかな?」



 キハと呼ばれる人物は、ユハ兄さんの側近だ。

 ユハ兄さんが子どもの頃から、ずっとそばにいた人物であり、僕のことを敵視するユハ兄さんのファンでもある。

 では、なぜそんな人物が僕の近くにいるのかと言うと、キハは自ら処分されにやって来た、狂ったファンであるからだ。



「ノヴァ、今日も格好いいね!開眼してほしいな」



「ありがとうございます。ですが、話を逸らしても無駄ですよ」



「そうです。ユル様のせいでユハク様が――」



「キハ、ユヅをいじめたら許さないって言ってるよね?それに、ユヅの命を狙う奴を、これ以上生かしておくわけにはいかない」



 ユハ兄さんの言葉に、キハは黙って僕を睨みつけるが、僕に関してのみ敏感に察してしまうユハ兄さんは、キハを容赦なく突き放す。



「キハ、キミはもう要らないよ。僕のユヅをいじめて何が楽しいの?意味が分からない。ユヅは僕の天使なんだ。そんなユヅを傷つけるなら、キミに呪いをかけて魔物の餌にしてやる」



「ッ……申し訳ございません」



 このやりとりも何回目なんだろうね。

 そもそも、キハがユハ兄さんの行動を縛る権利はないと思う。

 僕はキハが嫌いだけど、キハを好きな人だっていると思うんだ。

 だから、寿命を縮めようとするのは辞めてほしいけど……でも、早くいなくなってほしいとも思うから、ユハ兄さんには是非、キハに対しての怒りをため続けてほしいものだ。

 だって、キハはシュッツ家に乗り込んできて、父様に迷惑をかけた。

 暗部隊のみんなにも迷惑をかけてる。

 そんな人……ここには要らないよ。



「ユル様、帰りましょう。ユハク様、キハを処分するのであれば、今ここでお願いします。その為に彼を捕まえて連れて来たので、どうぞお好きになさってください。それと、一部ではありますが、ユル様の翼が黒くなってしまったので、抜けそうな羽根をいただきます。それで魔物を誘き寄せてください」



 どうやら、ノヴァもお怒りの様子だ。

 僕の羽根を使ってまで処分したいという事は、父様もキハの態度が気に入らないのだろう。

 良くも悪くも暗部隊……こうして何人が処分されたかは分からないが、ユハ兄さんが来てからは、ユハ兄さんのファンが処分されにやって来るのだ。



「ノヴァ、痛くしないでね」



「大丈夫です。私の顔を見ていれば、すぐに済みますから」



 そう言って開眼してくれるノヴァに見惚れていると、黒い羽根を取られた。

 本当に抜けそうな部分を取ってくれたのだろう。

 痛みはなく、その黒い羽根を目にした魔物達が、既にこちらへ寄ってきている。

 それからはキハが動けないよう、ユハ兄さんが呪いをかけて、黒い羽根をキハの体の上に置くと、そこに群がっていく魔物達は、どこか怒った様子で唸りながらキハを襲った。



「ユヅ、ごめんね。僕のせいでユヅや、ユヅの大切な者達に迷惑をかけている」



 屋敷に連れ戻されると、ユハ兄さんは視力のない目を開き、僕の顔を触ってくる。



「大丈夫だよ。僕、暗部隊のみんなが仕事をしてる時のワルワルが好きなんだ。それに、僕は人間の時と違うみたいで……なんだろう?僕にとっての嫌な人に対しては、あんまり何も思わないんだ」



 前世の時よりも、考え方は単純になった気がする。

 嫌な人は嫌で、もう何も思わなくなったんだ。

 あんなに引きこもったりしてたのに、もう何も思わなくて……それよりも、父様や暗部隊のみんなに迷惑をかける方が嫌だ。




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