第8話 枷のない暴走



 僕はユハ兄さんから離れ、首を横に振った。



「ユハ兄さんは王子様でしょ?それに、兄としては好きだけど、ユハ兄さんは格好良すぎる。僕はファンが怖いから、ユハ兄さんには近づかない。僕は遠くから見守ってるよ」



 僕は後退りをしながら、慎重に扉に近づく。

 ユハ兄さんが僕をどう思っていたのか分かっているからこそ、僕はユハ兄さんに対して慎重に接する。

 それでも、ハッキリと言わなければ、ユハ兄さんは納得しない人だからこそ、僕は自分の意思を伝えたのだ。



「ユヅ……僕はユヅとずっと一緒だ。約束したよね?」



「それは前世の約束だ。ユハ兄さんには助けてもらったし、僕もユハ兄さんが好きだよ。でも、僕はユハ兄さんを恋愛対象として見れない。それに、今世のユハ兄さんも僕に縛られないで、自由になってほしいんだ」



「ユヅは、いつからそんな酷い事を言うようになったの?この世界がユヅをそうさせたのかな?それとも、シュッツ家かな……僕の知っているユヅは、恩を返す優しい子だったはずだけど」



 確かに恩は返すし、ユハ兄さんの言う事は聞き続けてた。

 それが恩返しだと思ったから。

 でも、僕は父様に命を救われて、父様に育ててもらった。

 まだ何も返せてないんだ。



「ユハ兄さん、僕からの恩返しはユハ兄さんの自由だ。僕に縛られないで。もう、王子様のユハ兄さんには迷惑をかけない。ちゃんと、ユハク殿下って呼ぶよ。だから――」



「やめろ!ユヅ、それ以上言ったら、僕は何をするか分からないよ。僕はユヅを望んでいる。漸く血の繋がりがなくなって、ユヅと結婚もできるようになった。僕の望みをユヅは理解してるよね?」


 

 そう言って、ハイライトの消えた瞳を向けながら、ユハ兄さんは僕に近づいてきた。

 そこで、僕は扉を開けようとするが、なぜか扉は開かず、何度も叩いてノヴァや父様を呼んでも、誰も来てくれない。



「無駄だよ。僕が結界を張っているからね。ユヅは僕と結ばれる為に、ここに呼んでくれたんだよね。だから、ユヅの声が漏れないように……邪魔が入らないようにしてあげた」



 ユハ兄さんは、抵抗する僕を軽々と抱え、ベッドに押し倒してくる。



「可愛いね、ユヅ。僕の天使。大丈夫、ユヅは何もしなくていいからね」



 僕の首に口づけをしてくるユハ兄さんは、もはや僕の知っている優しい兄ではなくなっており、血の繋がりという枷がなくなった事で、ユハ兄さんを暴走させてしまったのだ。

 僕は何もできず、半分諦めた状態でユハ兄さんを見つめると、突然僕の心臓が高鳴った。



「ユル様、困っているかい?」



「ひッ……ヒバリくん!」



 顔だけで僕の心臓を止めようとする人物は、先ほど会ったヒバリくんであり、僕の顔を覗き込んでくるのだ。



「ユル様はどんな状態であっても美しいな。黒い翼と尾羽は、ユル様の肌を更に美しく魅せる」



「ヒバリくん……あの、どうして……こ、こここ……ここに?」



 うぅ、緊張する。

 ヒバリくんが格好良すぎる。

 三つ編み、すごく似合ってるよ。

 エルフだから何歳なのか分からないけど、その年齢不詳な感じもたまらない。



「ユル様を見守っていたからな。当然、俺はどんな手を使ってもユル様を守り、ユル様に選択の自由を与える」



「か、格好いい」



「ありがとう。それはそうと、ユル様がこの状況を望み、第二王子に嫁ぐのであれば、俺はここでこの王子を解放しようと思うが、ユル様はどうしたい?」



 そう言ってヒバリくんが目を向ける先には、精霊達に囲まれて固まっているユハ兄さんの姿があった。

 どうやら、ユハ兄さんは動けないようで、ヒバリくんを睨みつけている。

 この事から、こちらの言葉は聞こえていて、僕がヒバリくんに顔を赤くしている姿が、見えてしまっているのだろう。



「僕は……ユハ兄さんを兄としか見れない。王子様のユハ兄さんは、尚更……近寄り難くて、遠い存在になった気がする」



「前世の兄君は、今世では他人という事かい?」



「ッ……知ってるの?」



「これでも、神殿で神に仕えている身だからな。神さんは俺達に、ユル様のことを教えたくなかったようだけど、俺達は自力で調べて、ユル様が神獣である事を知った。それで漸く、ユル様について教えてくれた」



 神さん……友達かなにかかな。

 ヒバリくんが特殊なのかもしれないけど、神様一筋と言っても、堅苦しいわけではないみたい。

 というか、神様ってそんなに身近な存在なの?



「さて、どうする?ユル様の選択で、俺はこの王子を生かす事も殺す事もできる」



「待って!僕は別に死を望んでるわけじゃないんだ!むしろ、ユハ兄さんには幸せになってほしい」



「それはユル様と結ばれる事じゃないのかい?」



「僕は駄目だよ。ユハ兄さんを幸せにできない」



 僕達はずっと兄弟だったんだ。

 恋愛対象として見れない僕が結婚したとしても、ユハ兄さんは幸せじゃないと思う。



「分かった。なら、このまま追い返すか、俺が立会人になって話し合うか……ユル様はどうしたい?」



「ひ、ひ……ヒバリくんがいてくれるなら、話し合いたい」



「ユル様は本当に可愛いな。まだ照れるのかい?俺を見て照れるのはユル様くらいだ。新鮮で可愛い。愛でたくなるな」



 そう言ってヒバリくんが僕の頭を撫でてくるため、僕は自分の顔を隠して大人しくしている事しかできなかった。




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