第6話 人気者には近寄るべからず
僕は、心の中で何度もヒバリくんの名前を繰り返し、慣れてきたところで「ヒバリくん」と、小さく呼んでみた。
すると、ヒバリくんは「なんだい?」と、どこか落ち着きのあるお爺ちゃんのように、優しい口調で返してくれた。
そこで、何度か口に出してヒバリくんを呼べば、その度に返事をしてくれる。
「ユル、そろそろ良いだろう。服の中から出てみたらどうだ?」
「父様、それはできない。僕は父様の服。僕は父様の一部。僕はここから眺めるだけでいい」
そう、ここから呼ぶだけでいいんだ。
眺めて、名前を呼んで……それで十分幸せ。
ノヴァみたいに近くなりすぎると、僕の自由がなくなる気がする。
ヒバリくんも、ワルワルの気配が凄いんだ。
「俺はユル様を眺めていたいな。精霊達ばかり、ユル様を眺めて視界に入って……羨ましい」
ほら、少し危険な香りがしてきた。
それもまた良い……ただ、僕には向けないでほしいけども。
「ならば、ユルは学園の見学に戻るとしよう。そのユルをヒバリ殿が抱えて――」
「無理だよ!父様、意地悪しないで。僕を抱っこして」
服の中から出た僕は、父様の前に立って手を広げ、必死にお願いした。
すると、父様は僕を抱えてくれる……が、その時になって漸く気づいた。
「ん?僕、別に抱っこしてもらわなくてもいいのでは?」
「息子よ、父はそんなユルが心配だ」
父様は無表情で冗談を言うよね。
面白いけど、無表情だから笑えない。
ただ、一つだけ言っておくと、僕は小さくても立派な大人だ!だから撫で撫でしないで。
頭も顔も撫でられると、気持ち良くなって眠ってしまうから!
目を瞑る僕に視線が集まっているような気がしたため、暫く目を開けずに父様の肩に顔を埋めた。
そうして再び学園内を歩き、ヒバリくんは精霊達を捕まえて、密かについて来る事になった。
僕としては逆の立場が良かったが、それでは意味がないため、チラチラとヒバリくんの様子を見る。
その度に、ヒバリくんは手を振ってくれるため、僕も小さく手を振り返した。
「――ユル、着いたぞ。ここがそれぞれの訓練場だ」
着いた場所は広すぎる訓練場であり、そこでは学生がそれぞれの訓練をしていた。
指導役も騎士団から来ているようで、もれなくイケメンパラダイスとなっている。
ほおぉ……この世界の人達は、みんな顔がいいよね。
可愛い子も、綺麗な子も、格好いい子もいるけど……僕の推しさんはいないかな。
ノヴァとヒバリくんに出会えたのは、奇跡なのかもしれない。
糸目イケメンが少なすぎる!
「ユル様、目に見えて落ち込むのはやめましょう」
「推しとやらがいなかったのか?だが、残念ながら恋愛をしに来ている者はここには――」
父様が『いない』と言おうとした瞬間、「キャァアア」という興奮した女性のような声が、複数聞こえてきた。
その声の方を見てみれば、アイドルのような顔立ちの男性が模擬戦で勝った瞬間であった。
本人は、歓声には興味なさげにその場から移動する。
「父様、ノヴァ、ここは肉食魔物の巣窟なの?」
「いや、そうではないが……」
「今の学園は仕方がありません。婚約者のいない第二王子と第三王子も含め、宰相の息子、防衛部隊隊長の息子、それから魔術部隊の若き天才と呼ばれる者がいます」
なるほど、豊作の年ってことかな?でも、それだけで人気っていうのも凄いね。
前世で言うところの、アイドルとかモデルさんとか、そういう有名人みたいな扱いなのかな。
僕のストーカーさん達と一緒とは思えないけど……懐かしいなあ。
あのストーカーさん達は元気にしてるのかな。
顔は良いのに残念で……頼んでもいないのに、僕の手助けをしてくれたけど、結局僕は死んだんだよね。
そういえば、あの時は誰もいなかったのかな。
珍しいこともあるものだ。
「ユル、覚えいないのか?あの者達の肖像画は渡していただろう」
「……覚えてるよ」
「ユル様、嘘はいけません」
僕が目を逸らして嘘をつけば、すぐにバレてしまったため、笑って誤魔化してみた。
すると、父様にデコピンをされてしまい、ノヴァには頬をムニムニといじられてしまった。
「父様、僕はあの人達に興味がありません。そもそも、人気者に関わるのは嫌です」
「敬語をわざわざ使うのなら、本当に嫌なんだな?」
「分かってくれて良かった!父様、僕はファンに殺されたくない。命を狙われるのは嫌だ」
前世でもそうだったが、あの時はその元凶であるストーカー達が僕を守ってくれていたのだ。
それでも、精神的にくるものはある。
現に、僕は何度か引きこもっていた時期もあったのだ。
そんな時は、歳の離れた兄さんが僕の面倒を見てくれたのだが、そんな兄さんもまた人気者であり、俳優として活躍していた。
兄さんが活動を休止する度に、ネットではファン達が騒ぎだし、家の特定までしてくる。
だが、なぜかそれもすぐに収まっていたのだから、不思議でならない。
兄さんは、僕のストーカーが守ってくれていると言っていたが、僕自身ストーカー全員を把握していたわけではなかったため、どんな人物がいるのか分からなかったのだ。
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