第2話 鳥籠
僕がユル・シュッツとなってから数年が経った。
白い髪をなびかせながら、僕は元気に屋敷を抜け出した。
ふふん、今日はどんな魔物に会えるかな。
「ユル様、また抜け出したのですか?」
「ヒッ……ノ、ノヴァ」
ノヴァは深緑の髪に緑の瞳を持つ、僕の側近だ。
そして、僕が唯一側近として許した人物でもある。
その理由は勿論……
「今日も格好いいね、ノヴァ!開眼してほしいけど、その怖い笑顔も素敵だ」
そう、ノヴァは僕の推しとなった糸目男性である。
「ふふ、本当にユル様は嬉しい事を……しかし、それとこれとは話が別です。話を逸らしても無駄ですよ」
うっ……やっぱり側近は必要なかったんだ。
推しと側近は別物って事は、よく分かった。
推しは深く関わらず、見守るのが一番なんだ。
僕は落ち込みながら、父であるルーフェンに側近について話をしようかと考え、重い足取りで屋敷へ帰ろうとした。
だが、ノヴァは僕の手を握り、屋敷とは逆方向へ向かおうとする。
「ユル様、一人で行こうとしないでください。私はあなたの側近ですよ。勉強を嫌がるわりになんでもできてしまう……そんなユル様が、私から離れてしまうのではないかと、毎日毎日夜も眠れません」
ノヴァは僕に目線を合わせ、不安そうに表情を歪める。
あ……ノヴァの開眼、格好いい。
「ユル様、聞いてますか?」
「聞いてるよ。僕は父様の邪魔にならない限り、どこにも行かない」
ノヴァっていう推しもいるしね。
でも、目線を合わせるのはやめてほしい。
推しすぎて緊張するし、圧が凄い。
やっと慣れてきたのに……そもそも勉強から逃げるのは、ノヴァと一緒にいると心臓がもたないからだって事を理解してほしいね!屋敷を抜け出すのは……まあ、それは違うけどさ。
「ユル様、本当に聞いてますか?また目を逸らしましたね」
僕は、決してノヴァの話を聞いていないわけではない。
ただ、目を逸らすのは緊張の他にも理由がある。
僕にとってノヴァは、信用してはならない最推しであり、ノヴァも僕に警戒心を持つよう教えてきたのだ。
そもそも、シュッツ家では常に使用人達の訓練が行われており、それに巻き込まれる僕は人質役であった。
そんな僕に与えられる訓練は、護身術や警戒心を覚える事であり、それによって僕は冒険者として活動できていた。
僕は成人済みとされる年齢まで成長しているものの、通常であればまだ学校に通っている頃だ。
前世で言うところの、大学のようなものだが、この世界では貴族であれば通うべきとされている。
だが、実の息子ではないということもあって、僕自身が学校に通う事を拒み、冒険者として少しでも父様の助けになろうとしていた。
「ユル様、この言葉は信用してください。ルーフェン様は、ユル様にシュッツ家を継がせようとしています。今は自由ですが、いずれ騎士となり、我々暗部隊を率いる立場となります」
「それが本当なら、父様の口から、僕が直接聞いてるはずでしょ。でも、僕は聞いてない。それに、僕が騎士になれるとは思えないよ。僕は……」
僕の背には翼がある。
白い翼……それに腰には鳥みたいな尾羽まで……こんな鳥獣人みたいな存在が、この国の表の顔になったら駄目だよ。
僕には翼と尾羽があり、ゆとりのある服で誤魔化しているのだ。
だが、それを隠そうと言ったのは他でもない父様であり、屋敷内でのみ僕は羽を広げる事を許されていた。
そんな鳥獣人のような存在は、この世界では魔族以外に考えられないのだ。
獣人がいてもそれは魔族であり、魔物とともに生きる魔族は人間の敵である。
獣人とは違い、成長とともに翼や尾羽が生えてきたとは言え、僕が未知の生物である事には変わりなく、本来であれば僕は屋敷から出て行った方がいいと考えていた。
だが、そんな事を許さない父様を含めたシュッツ家は、僕を手放さぬよう、常にあらゆる場所から僕を監視しているのだ。
「……ユル様、迎えが来たようです。おそらく、ルーフェン様はユル様を連れて行こうとするでしょう」
そう言ったノヴァの言葉通り、父様がやって来た。
その手には、僕の推しであるノヴァの肖像画があり、僕は迷いなく父様の元へ走って行く。
「父様!その肖像画をください。お願いします」
「ユルが私の願いを聞いてくれるのならな」
うっ……それはまずい。
でも、その絵は欲しい。
最推しのグッズ……前世よりも増えてるグッズは、僕の宝物だ。
どうしても欲しいけど、父様のお願いは嫌な予感がする。
しかも、こんなタイミングでのお願いは、ノヴァの言った事が現実になるかもしれない。
「今回はこんな物もある」
僕が迷っていると、ノヴァの肖像画の下から、複数の肖像画が出てきた。
そこで、一番最後に見た肖像画に僕は飛びつき、翼をバサッと広げて興奮してしまう。
そんな僕の翼は、ノヴァによって隠されるが、興奮した僕は肖像画に夢中になってしまい、餌に食いついたまま離れられなかった。
その結果、小柄な僕はあっさりと父様に捕まり、安定した腕に抱えられ、屋敷という名の鳥籠へと連れ戻されてしまった。
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