第38話 マスター、マフィアと対決する。

 怪しい連中がソラちゃんを狙ってシリウスまでけてきたことはわかっていた。そこで俺は密かにヘンリーへ連絡を取って、マフィアの襲撃を待ち構えることにした。

 ヘンリーが配した警官によってソラちゃんを狙う連中がコーネリアスファミリーの構成員であることも確かめられ、拠点も暴くことができた。コーネリアスファミリーの連中は俺達の作った罠にまんまと飛び込んできたわけだ。


 ちなみにソラちゃんは、念の為宿には帰らずシリウスの空き部屋に泊まってもらっている。ニコが一緒にいて、部屋には守護結界と静音魔法もかけている。ソラちゃんが何も知らず寝ているうちに……朝までには、全部片付けたいもんだ。


 ◆


 敵のヴィクターとかいうボスは、顔を真っ赤にして叫んだ。


「ちくしょおおお! てめえら! 囲みを突き破れ!」

「「「おおーーーうっ!」」」


 どうやら抵抗するつもりらしい。仕方ないだろうが、愚策だな。

 ヘンリーが自身のアイテムボックスから、冒険者時代の大盾と長剣を取り出して両手に構えた。ヘンリーが持つとちょっと機動隊員っぽく見える。


「よろしい、公務執行妨害も追加だ。――総員、制圧しろ」

「「「はっ!」」」


 ヘンリーの命令一下、警官隊が動き出した。駆け出したマフィアたちと警官隊はすぐに中央でぶつかり、壮絶な乱戦が始まる。


「うおおおおーっ! 死ねーッ!」

「一人も逃がすな!!」

 

 俺も戦いを開始した。

 マフィアたちはなかなか強かった。そういえばあのボスのヴィクターという男、どっかで見た覚えがあったが昔冒険者時代何度も問題を起こすので、ギルドに依頼されて俺が捕まえたやつだった。冒険者を辞めさせられたのは知っていたが、まさかマフィアの頭目になってるなんてな。

 俺は大抵の冒険者が好きだし落ちぶれたやつには同情もするが……ソラちゃんの翼を奪ったことは、絶対に許さない。


「ぐはっ」「がはっ!」「ぐああああ!」

「このおっさん強すぎる。止まらねえ!」


 ヴィクターの元へと、押し寄せるマフィアたちをなぎ倒し迫っていく。

 俺が狙っていることに気づいたのか、ヴィクターが青い顔でこっちを見た。


「ギルバート!? くそ、これじゃ正面は無理だ! お前ら、西だ、西側の包囲を崩せっ!」


 ついに音を上げたヴィクターが、逃走を指示する。部下たちもすぐその命令に従い通りの右手へと逃げ出した。

 比較的警官隊の包囲が薄かった箇所に向かって殺到し、囲みを突き破ろうとする。


 しかし、


「待ってたぜぇ、獲物お前たちが来るのをよ!」


 ジャラララララ!

 声とともに巨大な鎖付き鉄球が飛び出し、マフィアたちを次々と打ち据える。

 鎖付き鉄球をブンブン振り回して構えているのは、サイモンだ。


「こいつらか、あのかわいい嬢ちゃんをひどい目に合わせた奴らってのは。お前らちょいとオイタが過ぎたみたいだな。俺はあの嬢ちゃんのことを気に入ってるんだ……。久しぶりに容赦しねえぜ!」


 ブオン!


 鎖付き鉄球が出すとは思えない風切り音を立てて、サイモンの攻撃が乱れ飛ぶ。月明かりしかない闇夜だと言うのに、サイモンの鉄球は正確にマフィアだけを捉えて打倒していた。


「ぐはぁっ!」

「がはっ!」

「なんなんだ!? こっちにも馬鹿みたいに強ぇオヤジがいるぞ!」

「どうなってるんだよいったいいい!!?」


 西へと逃げたマフィアたちは、サイモンによってあっという間に叩き潰された。それを見たボスが瞠目する。


「嘘だろ!? 『海割うみわりドレイク』がなんでこんなところに!!? 元Sランク冒険者じゃねえか!」

「ぼ、ボス! どうするんです!?」

「西はダメだ。東だ、東へ迎え!」


 慌ててボスは左手へ逃走先の変更を指示する。しかしそちらにも待ち受けるものがいた。


 左側の警官隊の包囲に、一部、不自然に空いている箇所がある。正確にはのだが、マフィアたちは気づかない。奇貨とばかりに殺到したマフィアたちは、そこでおぞましいものに出会った。


「こん、ばん、は〜♥」


 ぞぶ、ぞぶ、ぞぶ。

 闇の中に白い幽鬼のような姿が立ち上がる。

 呪具屋カンタレラのオーナー、コハクがその呪いの恐怖を隠すことなくさらして待ち構えていた。

 マフィアたちは、コハクの姿をひと目見ただけで恐怖にとらわれる。


「ひぃっ!」

「なんだあれ……人間なのか?」

「『白羅はくらのコハク』だ……。もうダメだ。おしまいだ……」


 コハクが、ぐりんと首を異常な角度に傾けて笑う。


「あは、逃さないよ〜。呪怨結界『縊孤天獄くくりこてんごく』」


 ぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶぞぶ。


 コハクの足元から黒い何かがあふれ出し、あっという間に球体の黒い結界を作り上げる。そこへマフィアたちが吸い込まれるように捕まえられていった。


「ひっ! たす、助けてくれえ……!」

「いやだ、いやだ!」

「息が……」


 怨嗟も悲鳴も何もかも包みこんで、コハクの黒い結界は完成する。近くの警官隊ですらその姿にビビりまくっていた。


『中でどうなっているのか想像したくないな……南無三』


 あればかりはさすがの俺もマフィアに同情する。まあ事前にコハクとは話し合って命は奪わないように言っているから、大丈夫だとは思うが……。

 マフィたちは次々と倒されていく。中央にいるヴィクターは、血走った目であたりを見回しながら叫んだ。


「ちくしょう、ちくしょおおお! まだだ! こんなところで、こんなところで終わってたまるか!」


 突然叫んだヴィクターはアイテムボックスから何かを取り出す。爆弾か何かか? と警戒すると、それはこの世界では珍しい注射器だった。

 ヴィクターはそれを自分の首筋へと突き立てた。明らかにヤバそうな色をした中身が、頸動脈から注入されていく。


 子分らしい男が驚きの声を上げる。


「ボス! そいつは『鬼人化薬EX』! そんなの使ったら死んじまいますぜ!!?」


「俺は、オレは……アイツニ、マケルワケニハ、イカナインダ……」


 ヴィクターの身体が倍ほどに膨れ上がり、全身が筋肉ではち切れそうになった。額からは短いながら二本の角が伸びてきて、口も鋭い牙が伸びてくる。

 もはや変身といっていい異常な変化。通常の鬼人化薬より遥かに強力な薬のようだ。

 あれほど身体が変わってしまうとたとえ効果が切れても元に戻るかわからない。子分の言う通り、命を捨てての決戦だろう。鑑定すると、全ステータスが15倍ほどに跳ね上がっていた。


「ギルバアアトオオオ! オレノジンセイヲ、ツブシヤガッタウラミ! ココデハラス!!!」

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