第37話 コーネリアスファミリー

(※今回敵マフィア側視点です)



「なにぃっ! 翼人の小娘を見つけただとっ!?」


 コーネリアス一家ファミリーのボス、ヴィクターは驚きの声を上げた。

 報告に来た子分が嬉しそうに返事する。


「へいボス、間違いありません。ボスの持ってる羽と魔力が同じでした。『鑑定』持ちに確認させてますから間違いありません。何よりあの独特の魔力オーラ、そう見間違えるものじゃありませんよ」

 

 ヴィクターは満面の笑みを浮かべると、部下に向かって小金貨をほうった。


「よくやった! こいつは褒美だ。それとすぐ手の空いてるものを戦闘準備させて向かわせろ。逃がすなよ」


「へへ、お任せください」


 嬉しそうに子分は返事して、小金貨を受け取るが早いか駆け出す。


 コーネリアスファミリーこそ、ソラの翼を奪った犯人である。

 ファミリーにとって昨年手に入れた翼人の翼は、破格の金額を手に入れることができた品だった。そのためボスのヴィクターは数枚の羽を手元に残して部下にその魔力を覚えさせ、翼人を探させていた。そもそもソラを襲うことができたのはただの偶然だったが。一度濡れ手に粟の金もうけを覚えてしまうと人間何とかもう一度という気持ちが働いてしまう。


 ◆


 コーネリアス一家ファミリー

 最近壁外から王都に進出してきた新興のマフィアである。


 ボスはヴィクター・スカルズ。コーネリアスは素性を隠すための偽名だ。

 身長2メートル近い巨漢で、顔に大きな傷がある。元はCランク冒険者だったが、その戦闘力は非常に高い。Sランクも狙える冒険者として将来を期待された男だったが、素行が悪く頻繁に暴力沙汰を起こしたために何度も厳重処分を受けて出世できなかったのだ。度重なる問題行動に、ついに冒険者ギルドも彼の冒険者証を剥奪。永久追放とした。その後は坂を転げ落ちるように転落し、ついには王都の平和を脅かすマフィアにまで成り下がったのだった。


 しかし元はSランクさえも狙えた冒険者のため、実力は高かった。組織内のチンピラも競合組織の戦闘員も、すべて彼の腕っぷしに物を言わせて黙らせている。


 とはいえ、ただ戦闘力が高いだけの新興マフィアでは王都に食い込むの事はできない。賭博、他組織との抗争、汚職、売春……ありがちな裏稼業はすべて王都の4大ファミリーが牛耳っていて、新興組織の入る余地はないのだった。

 ヴィクターが目をつけたのは……元冒険者らしいとも言える、闇依頼クエストの受注だった。

 

 世の中には、自分の手を汚さず違法な目的を達成したいと思う金持ち、権力者はいくらでもいる。ヴィクターはそれに目をつけ、冒険者ギルドを通せない違法な依頼……闇依頼クエストを受注するマフィア組織を立ち上げたのである。いわば闇冒険者ギルドと言える。


 ヴィクターの目論見は当たった。世界が平和になってからというもの、職にあぶれた冒険者も後ろ暗い欲望を満たしたい権力者もいくらでもいたのだ。脅迫に暗殺、強盗に人身売買と、金になるなら何でもやった。

 特に一年前、翼人の翼を手に入れたときはすごかった。一度に十何億リルという莫大な金が手に入り、ヴィクターはその資金を使って元冒険者たちを大量に集めた。

 今やヴィクターの組織は構成員数300人を超える強力な組織となっている。

 立ち上げてたった2年で信じられない成長だった。


 子分を行かせた後、ヴィクターもまた冒険者時代の装備を引っ張り出して準備を始める。


「またあの羽が手に入る……。そうすりゃ、信じられねえ大金が手に入る。へへ、まだまだ俺はのし上がってやるぞ。この世は金と力だ! 金と力さえあれば何でもできる」


 ヴィクターにとって翼人は、金を稼ぐ商品でしかない。


「そしてゆくゆくは今の4大ファミリーも倒し、俺が王都闇の帝王になってやるぞ! フハ、フハハハハハハ!」


 ◆


 深夜のはきだめ横丁。


 明かりの消え寝静まった様子の喫茶店『シリウス』を、マフィアたちがひそかに取り囲んでいた。

 数は50人にも上る。皆元冒険者や名うてのギャング上がりの戦闘に自信のある者たちばかりだ。

 リーダーを務めるのは当然ヴィクター・スカルズである。


 ヴィクターは子分に確かめた。


「確かにこの店なんだな?」


「へい。翼人の娘はこの店に入ったっきり、出てきません。この店のオーナーらしい男もいましたが、なぁに中年のくたびれたおっさんです。畳んじまうのは簡単ですよ」


「ふふ、そいつはいい。だがしくじるなよ。前に下っ端のケイジたちが市場で中年男にいいようにあしらわれて逃げ帰ってきたことがあっただろ。あんな真似はもうごめんだぜ」


「ボス、お言葉ですが俺たちをあのケイジたちと一緒にしないでください。あいつらは下っ端も下っ端。対して俺たちは戦闘が本職の正構成員です。負けるはずありませんよ。それに相手はたった1人、こっちは50人ですよ」


「それもそうだな」


 周りのマフィア連中も、戦いへの気負いはない。むしろこの後受け取れる大金のことで頭がいっぱいだった。


「へへっ、こんなチンケな店、俺たちならぺしゃんこにできるぜ」


「早くツッコミやしょうよ、ボス」


 お宝を前にウズウズしている部下たちへ、ヴィクターは号令をかけた。


「よーし野郎ども、行け! 店を潰して翼人かっさらってこい!」

「おうっ!」


 マフィアたちは声は潜めたまま、シリウスへと殺到する。早くも先頭がその武器で扉に襲いかかろうとしたときだった。


 ドカンッ!

 大きな音とともに先頭の3人ほどが吹き飛んだ。予想外の事態に後続のマフィアたちは目を丸くする。


「は……! あ?」

「なんだ、何が起こった!?」


 シリウスの入り口には隠密スキルを解いた店主……ギルバート・ライブラの姿があった。

 店の周囲を武装したならず者に囲まれているというのに、まったく慌てる様子なく出迎える。


「うちみたいな寂れた喫茶店に団体客とは嬉しいね。しかし悪いがもう閉店時間だ。時間外のお客さんにはお引き取り願おうか」


「な、なんだてめえは!」


 ヴィクターが叫ぶと、子分が先に目を見開いた。


「こいつ、例の翼人のそばにいたやつです! くたびれた中年ってのはこいつですよ!」


「なにっ! こいつがか!?」


 今自分の部下たちを3人まとめてふき飛ばしたのが、ただの中年男と聞いてヴィクターは驚く。

 彼がその正体をよく確かめようと鋭く見つめた時だ。陰っていた夜空の月がにわかに顔を出し、あたりを明るく照らし出した。

 月光に照らされた店主の顔を見て、ヴィクターは愕然とする。


「て、てめえは……ギルバート・ライブラ!!!」


 ボスの剣幕に驚いた子分が訊ねる。


「ギルバート? 誰です?」


 するとヴィクターは子分を怒鳴りつける。


「バカ野郎!! 7年前まで王国で活躍していた伝説の冒険者だ。ランクは最強のSS! Sランク冒険者パーティー『蒼天のプレアデス』のリーダーで、王国英雄ランキングで1位を取ったこともある凄腕だぞ!!」


「なっ……!?」


 なんでもない中年だと思っていた相手のあまりに意外な経歴に、子分が絶句する。

 周囲のマフィアの中でも、ギルバートを知る元ベテラン冒険者たちがざわつき始める。


「マジかよ、ギルバート・ライブラ!?」


「伝説の冒険者じゃねえか……」


 中には、これから襲う相手だというのに尊敬交じりでつぶやく者もいた。


「奴が冒険者をやっていたとき、達成できなかったクエストは無いって話だぜ」


「プロだよ。あの人こそ本物だ」


「冒険者の中の冒険者だ」


「俺の憧れだった……」


「7年前いきなり蒼天のプレアデスを解散して忽然と姿を消したんだ。てっきり死んだものだと思っていたが……」


「生きていたのか」


 すでに気圧されつつある部下たちに、焦るヴィクターが顔を真っ赤にして怒鳴る。


「どうしてこんな大事な情報を黙っていた!」


「し、知らなかったんです。あんなオッサンが実はすごい冒険者だなんて……」


 ヴィクターは子分の胸ぐらをつかむと、噛み殺しそうな表情で言った。


「いいか、今すぐ本部に連絡して援軍を要請しろ! 戦える構成員は手当たり次第にかき集めろ。武器もだ、重装備じゃないと話にならん!」


「え、でもこっちは50人ですよ」


「バカ野郎! この程度で足りるわけねえだろ。とにかく王都にいる連中は全員集合かけろ! 今すぐだ!」


 怒り狂うヴィクターへ、ギルバートがのんびりした調子で口をはさんだ。


「ああー待て待てマフィアども、よく考えてみろ。俺はもう冒険者は引退している民間人だぞ。……たった一人で待ち構えるわけないだろう」


「なに?」


 瞬間、あたりから次々に隠密スキルが解かれる。

 シリウスを囲んでいるマフィアたちのさらに外側を、いつの間にか警官隊がさらに包囲していた。

 中央で立っているのはヘンリー・キングだ。普段以上の冷徹な面持ちで一歩進み出る。


「コーネリアスファミリーボスのヴィクター・スカルズだな? 王都警察だ。お前を暴行、脅迫、強盗、その他7種の犯罪容疑で逮捕する」


「「「なっ、なにいいいいいいいい!!?」」」


 突然自分たちの方が囲まれていたと知って、ヴィクターとマフィア達は悲痛な叫び声を上げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る