第39話 決着、と、特製ケーキ

 鬼人化したヴィクターが、アイテムボックスから両手用の大剣を二本取り出し片手ずつで構えた。とんでもないデカさだ。あんなものを振り回されたらこの辺一体が更地になっちまう。

 仕方ない。

 俺もアイテムボックスからかつての愛剣を取り出した。炎と氷別々の属性をまとった二刀一対の双剣を構える。


「まさかまた、こいつを握る日が来るとはな……」


『炎刃氷剣グラハイム』。かつて魔王討伐でも使った俺のメインウエポンだ。

 もっと強い武器を手に入れたこともあったが……俺は一番手に馴染んだこいつを、最後まで使っていた。


「グオオオオオオ!!!」

「ふんっ!」


 ガキイイイイイン!

 互いの剣が合わされて、鉄板を引きちぎるような不協和音が辺りに響き渡る。

 通りの中央で俺はヴィクターと打ち合った。直前にパワーデバフの指輪を2つ外しておいたが、それでもヴィクターの力は互角だった。


 こいつ、素のステータスも冒険者時代より強くなっているんじゃないか? マフィアになっても鍛錬はし続けていたらしい。じゃなきゃ俺と打ち合うなんてできない。

 戦闘力だけなら、本当にSランクに到達していたかもしれなかった。

 二剣での押し合いを続けながら、ヴィクターが牙をむき出して笑う。


「グハハハハハ!!! オイボレタ、ナ、ギルバート! オレハカツゾ! オレハ、オレハテメエヲコエタアアアア!」


「――ネックレス装備解除」


 俺は詠唱だけで魔力デバフ中のネックレスをアイテムボックスにしまう。それだけで、俺の魔力は百倍の本来の力に戻った。

 竜の心臓が本来の鼓動を取り戻す。血液とともに莫大な魔力が俺の全身へ流れ込んでくる。

 あふれ出す魔力を身体強化に注ぎ込んで、俺は両剣を押し込んだ。


「バ、バカナ!!? オレハキジンカ、シテイルノニ!!?」


 ヴィクターの大剣が徐々に押し戻されていく。向こうもまた力を込めて押し返すが、もう俺の剣はびくともしない。


「グオオオオ!」

「はああああっ!」


 双剣を魔力で強化する。俺のグラハイムは少しずつヴィクターの大剣の刃へと食い込んでいき、


 ガキイイイイン!


 ついに二本の大剣を真ん中から切り裂いた。


「!!! バカナッ!」


「ソラちゃんの痛み……思い知れっ!」


「グハアアッ!」


 続けてヴィクターへと双剣を振るう。変身した巨体は炎傷と氷傷2つの傷をつけ、後ろへと吹き飛んだ。

 ヴィクターはがっくりと倒れ伏し、起き上がれない。周辺で部下たちが叫ぶ。


「ボス! ボス!!」


「ちくしょう、ボスがやられた!」


 それはマフィアたちの心を最後にくじいたらしい。にわかに警官隊が優勢になり、マフィアたちは次々と倒され捕まっていく。


 愛剣をアイテムボックスにしまい、やれやれと息をついた。


「……どうやら、終わったみたいだな」


 ◆


 翌朝。


 シリウスのキッチンでタルト生地をゆっくりめん棒で伸ばしていたら、ソラちゃんがあくびをしながら降りてきた。


「ふわ〜あ。おはようございまふ……」


「おはようソラちゃん。よく眠れたかい?」


「はい。おかげさまでぐっすり。なんか翼が戻ってから体調が良くて、しっかり眠れました」


「そりゃよかった。ニコは?」


「まだ寝てます〜」


 ソラちゃんがぴょこんとスキップするようにキッチンに入ってくる。


「何作ってるんですか?」


「これかい? これはほら、ソラちゃんの特製ケーキの……」


 するとソラちゃんが大きな声を出して手を振った。


「わああ! ストップストップ! なんでバラしちゃうんですか。楽しみにしているんですから出来上がるまで隠しててください!」


「理不尽な」


 ちょっと子供っぽいソラちゃんに俺は苦笑する。でも楽しみにしてもらえてるのは悪くない気分だ。


「それよりソラちゃん。手洗ったら椅子に座ってくれ。モーニング食べるだろ?」


「はい、いつものカフェオレと……ミックスサンドで!」


 ソラちゃんが元気に笑って言った。


 ◆


 その日の夜、シリウス店内。


 営業時間の終わった店の中で、ポン、ポン、と小さな魔法花火が鳴る。


「「「ソラちゃん(店員ちゃん)、翼復活おめでとう〜〜〜!」」」


 店の中はパーティのような飾り付けがされていた。ニコ、コハク、サイモン、カリンちゃんとそのお母さんといった常連客が揃って並んでいる。


「皆さんありがとうございます!」


 ソラちゃんが感動しながらお礼を言う。すでにちょっと涙ぐんでいた。


「私のためにわざわざ集まってくださって、とてもうれしいです!」


「俺が呼んでおいたんだ。どうせならちゃんとお祝いしたいからな」


「マスタ〜〜、もうびっくりするじゃないですか。ありがとうございます!」


 店の中央はテーブルが寄せられ、俺があらかじめ作っておいた料理が所狭しと並んでいた。

 カリンちゃんがいそいそと中央の椅子を引いてソラちゃんを促す。


「はいどうぞ、ソラお姉ちゃん! 座って座って」


「あ、え、えへへ。ありがとうね」


 まだ驚き混じりのソラちゃんが座る。みんなそれぞれに好きな飲物を配り、準備は整った。

 不肖ながら俺が音頭を取る。


「それじゃあみんな、今日はソラちゃんの翼復活祝いに来てくれてありがとう。ソラちゃんおめでとう。乾杯!」


「「「かんぱ〜〜い!」」」


 グラスが合わされる。

 ソラちゃんはすももソーダ。俺はビール、サイモンはウイスキーにコハクはクリームソーダ、カリンちゃんとお母さんはぶどうジュース。ニコはパフェ、とみんな飲み物も多彩だ。ニコのパフェが飲み物なのかは大いに疑問があるが……。


 すももソーダを一口飲んだソラちゃんが顔を輝かせる。


「う〜ん、これおいしいです! スッキリ爽やか!」


「そりゃよかった」


 すももソーダは作り置きしておいたすももジャムを炭酸水で割った飲み物だ。スッキリしていて食事にも合わせやすい。すももジャムは作る時皮ごと煮込んでいるので、色も鮮やかだ。


 テーブルに並んだナポリタン、ミックスサンド、カツサンド、サラダやフライドチキンにポテト、エビピラフといった料理にみんなが手を伸ばしていく。


「おいし〜」「あいかわらずシリウスの料理は絶品だね」

「マスター、おいしいよ」


「ありがとな。そう言ってもらえると俺もうれしいよ」


 みんなが俺の料理や飲み物を口にして笑顔になる。なんとも幸せな光景だ。久しぶりにガッツリ料理したんでいそがしかったが、たまにはこういうのも悪くない。

 シリウスの店内が常連客でいっぱいになるなんて、店を始めた当初は想像もしなかったな。


 ◆


 一時間ほどみんな飲み食いしたところで、いよいよ今日のメイン、ソラちゃんのための特製ケーキを出すことにした。


「ケーキ! ケーキ! 特製ケーキ! ふふーん、私もシリウスでたくさん美味しいケーキを食べさせてもらいましたからね。並のケーキじゃ満足しませんよ!」


 ソラちゃんが煽り立ててくる。

 俺は冷蔵庫から取り出したケーキをお盆に乗せて持ってきた。いやまさか、ソラちゃんにケーキを作ってあげるのがこんなにかかるとは思わなかったな……。


「ソラちゃん、まさかの翼復活祝いになっちまったが、特製ケーキだ。どうぞ召し上がれ」


「ふふ……さーてマスターはどんなケーキを……って、え?」


 俺がケーキを前に置くと、ソラちゃんは目を丸くした。

 それはそうだろう。ソラちゃんがおそらく今まで見たこと無い、青いケーキが置かれたからだ。

 それはふわふわのチーズクリームの上にサファイアベリーを混ぜたジャムソースを乗せた、チーズタルトケーキだった。


 前世日本では青い着色ができる食品も豊富にあったが、こっちの世界では再現するのが大変だった。サファイアベリーというこっちの世界にしか無い高級ブルーベリーを何個も摘んできて、色が濁らないよう丁寧に煮込んだジャムで作った青いソース。光の加減によって海のようにも宝石のようにも見える。我ながらいい色に仕上がって満足している。


「青いケーキなんて珍しいだろう? どうせならソラちゃんの髪の色と合わせようと思ってな……って、ソラちゃん?」


 ソラちゃんはケーキを前にしてぷるぷると震えていた。目には涙も溜まっている。


「マスター……こんなのずるいです……。私の色だなんて……。私もう、マスターに泣かされっぱなし……」


「す、すまん、青いケーキなんて嫌だったか?」


「うえええ〜ん! そんなわけないです感動しているんです! ばかばかにぶちんマスター! ありがとうございましたマスター! 翼戻って、よかったあぁ〜!」


 ついにソラちゃんは泣き出してしまった。柄にもなく俺がオロオロしていると、女性陣が集まってソラちゃんを抱きしめてあげた。(コハクだけは、呪いがあるので遠巻きに)


「よしよし、よかったね、ソラちゃん」

「ソラくん、君はよく頑張った」

「ソラお姉ちゃん、良かったね」

「うええええ〜〜〜ん!!!」


「…………」


 その後、ソラちゃんが泣き止むのを待ってから、みんなで特製ケーキを食べた。

 ソラちゃんを助けられて、本当に良かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る