第22話 追放令嬢 1

 最近、シリウスに妙な客が来る。


 一人客なんだが、夏の昼日中でもすっぽりとフード付きマントを羽織って顔を隠している。


 おそらく女性のようなんだが、ほとんどしゃべらないのでどんな人物かもわからない。ただうちの料理は気に入ってくれたのか、いつも昼時にやってきてくれる。一人来ては静かにランチのミックスサンドセットを食べて静かに帰っていく。ここのところは毎日だ。時々、テイクアウトもする。


 俺は客を差別しないので、店内でトラブルを起こさない限りどんな客でも受け入れる。だがなんとも妙な客だった。

 ソラちゃんはすでに興味津々という感じだ。


 今日もその妙な客は、ミックスサンドを食べセットのコーヒーを飲み、注文以外ほとんどしゃべらず帰っていった。

 カランコロンというドアベルの音ともに客が去ると、さっそくソラちゃんがギュピィンと目を光らせて話しかけてくる。


「一体どういう方なんでしょうね、あのお客さん」


「最近よく来てくれるよな」


「怪しいです、怪しいですよ! 毎日毎日一人で静かにサンドイッチを食べるだけ。友達とも仕事仲間とも来ない。これは絶対なにか裏があります!」


「お客さんの詮索せんさくはよくないぞ、ソラちゃん」


 それに俺は日本ではぼっちだったから、ひとり飯に違和感はない。

 正直今でも、ひとり飯のほうが気楽なくらいだ。

 冷静にさとす俺に、ソラちゃんは不満げだ。


「むー、マスターは気にならないんですか。あのお客さんの正体が!」


「俺は、俺の作る飯を喜んで食べて、俺のれるコーヒーをおいしく飲んでくれる人なら何でもいいよ」


 いつわらざる本音だ。俺は客の素性に頓着とんちゃくしない。

 ソラちゃんが地団駄を踏む。


「もーーー、そんなのつまんない、つまんない、つまんないですー! もっとお客さんに興味を持ちましょうよ。なにか国家を揺るがす事件が隠れているかもしれませんよ!」


「それこそ、そんな事件に巻き込まれたくないね」


 ソラちゃん、さてはひまで退屈してるな?


「あのフードの下に、絶世の美少女が隠れているかもしれないじゃないですか!」


「興味がないね。美少女はソラちゃんで間に合っているよ」


「うわー、まさか口説いてます? 背中に鳥肌が立つのでやめてください」


 失礼な。


「ほらほら、おしゃべりもいいけど働かないと。あのお客さんのお皿下げてきてくれ」


「む〜〜、マスターに働けなんて言われるの、地味にショック」


「俺をなんだと思っているんだ」


 そんな他愛ない会話をしていたのだが。

 思いがけずその客の正体を知れたのは翌日のことだった。


 ◆


 翌日。

 俺は朝からちょっと機嫌が悪かった。シリウスが、不審人物たちによって監視されていたからだ。


「4……5……、5人だな」


「どうしたんです? マスター」


「いやこっちの話」


 店の周囲を探ってみて、気配があったのは5人だった。

 不審者たちはおそらく王都の冒険者だろう。まあまあの手練れだ。Bランク上位か、もしかするとAランク持ちもいるかも知れない。


 ちなみに冒険者ランクというのは冒険者の実力をみる指標の一つで、冒険者ギルドが定めている。依頼クエストをこなした実績と実力(主に戦闘能力)から冒険者ギルドが評価し、F〜Sまでのランクで評価される。


 大雑把にだが、Fが新人、Eが見習いで、Dでようやく一人前。C、Bの中堅と続き、Aランクなら一流の冒険者だ。Sランクとなると国家に何人もいない英雄扱いとなる。

 基本Sランクの上はないんだが、国家的偉業あるいは救国レベルの実績を上げると名誉称号としてSSランクが与えられる。日本で言うならノーベル賞を取るぐらいすごいことだ。


 とはいえ、Sランクの冒険者なんてめったにいない。百万人の冒険者がいると言われるロワール王国だが、Aランク冒険者でさえ500人ちょっとしかいないのだ。


 もし、俺の店を監視している連中の中にAランク冒険者がいたら、相当な実力者ということになる。


『まったく、誰かに恨まれる覚えはないんだけどね』


 冒険者として一定の知名度があった昔ならともかく、今の俺は過去を隠したただの喫茶店店主だ。シリウスを開いてからは地味~な商売をしている。誰かに狙われる心当たりはない。


 もちろん狙われているのは店そのもので、金目当ての強盗という線も捨てきれない。自慢にもならないがはきだめ横丁の治安は終わっている。

 しかし、いくらなんでもAランクの実力がある元冒険者の強盗もいないだろう。それだけの実力があれば普通にクエストしたほうがよほど稼げる。


 気にはなったが、一応まだなにか危害を加えられたり店に被害が出たわけじゃない。ひとまず様子見することにした。


 カランコロン。

 ドアベルが軽やかな音を立てる。本日一人目のお客様だ。


「いらっしゃいませー!」


 笑顔でソラちゃんが挨拶する。やってきたのはここ最近の常連、謎のフードさんだ。

 席に案内されると、フードさんはいつものように静かな声で注文した。


「……ミックスサンドとコーヒー、一つ」


「はい、かしこまりました」


 ソラちゃんがウキウキと注文を取ってくる。


「いつものです」


「はいよ」


 俺は何気ない風を装ってサンドイッチを作りながら、外の気配が変わったのを感じ取っていた。


『狙いは俺や店じゃなく、このフードさんだったかーー』


 一体何者なんだろう。なぜ外の冒険者たちから狙われているのだろう。俺の直感では、悪い人じゃなさそうなんだが……。

 店に被害を出さない限り、俺は客を差別しない。どんな事情があるか知らないが、今はうちの客だ。


 俺は普段と変わりなく接することにした。


「ソラちゃん、ミックスサンドとコーヒー、できたよ」


「はーい」


 ソラちゃんがミックスサンドのセットを運ぶ。店の外に流れる剣呑な気配は変わりない。

 仕掛けてくるとしたら、フードさんが店を出たときだろうか? 俺は基本的に、店の外で起こる騒ぎには不干渉としている。フードさんのことは心配だが、なにの事情を知らない俺が首を突っ込むのもな……と考えていると。


「おまたせしました、ミックスサンドのセットです」


「……ありがとう」


 ソラちゃんがサーブして、フードさんがまさにサンドイッチを食べようとしたその時だ。


 店の外から男たちが荒々しくドアを蹴破って飛び込んできた。

 ちっ、このタイミングかよ!


「「邪魔するぜっ!!!」」


「キャッ」


 突然のことにフードさんが驚いて顔を上げる。その拍子にフードが外れ顔が見えた。

 白銀ミスリルのように美しい銀髪を持つ女の子だった。年はソラちゃんと同じくらいで、おそらく17、8歳だろう。

 それを見た男たちが色めき立つ。


「やはり間違いない、ルチアーナだ! こんな国まで逃げやがって」


「もうお前は終わりだ。観念しやがれ!」


「…………」


 ルチアーナ、と呼ばれた女の子は顔面蒼白だった。

 突然の事態にソラちゃんもあたふたしている


「え!? なになに突然なんです!!?」


「ソラちゃん、危ないから奥に下がってろ」


 カウンターを出た俺はソラちゃんを背にかばい、下がらせる。ソラちゃんもすぐに従ってくれた。


 突然入ってきた男どもは全員武装した冒険者だった。俺が気配から予想したとおり、胸に下げているプレートはBランクが4人、Aランクが一人だった。Aランク冒険者がリーダーらしい。

 冒険者たちは、俺や店のことなど始めから無視してルチアーナに話しかける。


「さあ、俺達と一緒に来てもらうぞ。大人しくしてれば手荒な真似はしねえが、抵抗したら……へへ、どうなるかわかってるな」


「…………」


 ルチアーナは顔を青くしたまま動かない。冒険者たちは満足そうに頷いた。


「いい子だ、そんじゃあ俺達と……」


 Aランクのリーダーが、ルチアーナの方に腕を伸ばす。その腕を途中で俺が掴んだ。

 リーダーが目をギラつかせて振り返る。


「何だてめえは! 邪魔すんじゃねえ!」


 周りの冒険者たちも一斉に俺を睨みつける。


「おいオッサンよ、下手にくちばし突っ込むと怪我するぜ」


「そうそう、大人しく黙って見とけ。でないと、タダじゃすまねえぞ」


「……タダじゃ済まないのはお前達の方だ」


「「「ああん!?」」」


 冒険者たちがすごんでくるが、俺は先にリーダーの腕を捻り上げた。


「うぐああああああああ!」


 そのまま俺がリーダーを地面に押さえつけると、他の冒険者地は急に焦り始める。


「な、なんだコイツ! なんでこんなオッサンがAランクに力で勝てるんだ!?」


「どういうことだよ!? ここはただの喫茶店だろう」


「そうだ、ここはただの喫茶店だ。そしてお前たちはこの店のドアを壊し、店の中で暴れようとした」


 リーダーを押さえつけながら俺は静かに言葉を告げる。

 それだけで冒険者たちがさらに首をすくませた。


「「ひ、ひぃいい!」」


「……覚悟しろ」


 こいつらの失敗はただ一つ。

 俺の店で暴れやがったことだ。

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