第21話 フルーツ・パフェ
コハクの店「カンタレラ」で買った呪いのデバフアイテムはいい感じに機能してくれた。力加減をそれほど気にしなくても、無理なく生活できるレベルに抑えてくれている。
見た目には普通のアクセサリーと変わらないのもいいところだ。何も知らないソラちゃんからは『うわ、なんかマスターがおしゃれしてる! こわい!』と好評なんだか不評なんだかわからない評価をもらった。
そんなこんなで数日後。
「さて、と……」
午後7時。シリウス本来の閉店時間。
俺はソラちゃんに声を掛ける。
「おつかれソラちゃん。今日はもう上がっていいぞ」
「あれ、閉店作業はいいんですか?」
不思議そうに尋ねるソラちゃんに、俺は微苦笑しつつ答える。
「実は今日これから、俺の知り合いが一人客としてくるんだ。注文も決まっていてさ。相手は一人だけだし、あとは俺が対応するからソラちゃんは先に帰っていいよ」
俺の個人的な客相手にソラちゃんを時間外で働かせるのは申し訳ない……そんなつもりで話したのだが、彼女はなぜか目を細めた。
「あやしい……」
「うん?」
「匂いますよ、美味しい食べ物の気配が! マスターそのお客さんとなにかおいしいもの作って食べるつもりでしょう! ずるいです。私も食べたいです。というわけで居残らせてください」
「いや、でも本当に一人客が来るだけだし、待ってたら結構遅くなるぞ。ソラちゃんだって夜の予定とかあるんじゃないか?」
「大丈夫ですどうせ私暇ですから。帰ってもすることありません」
「いい若者がそれでいいのか」
「うるさいです私の勝手ですよ。さあさあたべたい。た〜べ〜た〜い〜で〜す」
ソラちゃんの食い意地は大したもんだ。俺は折れた。
「わかったわかった……しかし残るからには覚悟しとけよ」
「え?」
ニヤリと笑って言う。
「これから作るのは……罪の味だ」
◆
キッチンの食器棚から、大きいパフェグラスを取る。
普段なかなか出番のないこいつは、手に取るだけで妙にワクワクする。
「おっきいグラスですね〜」
手伝いに来てくれたソラちゃんが感嘆して言った。俺はふふんと笑う。
「ああ。だが今日はこれへさらにあふれるくらい食材を乗っけるぞ」
「これがあふれるほど!? 何作るんです?」
「フルーツパフェだ」
「フルーツパフェ?」
「なーに、作っていけばわかるさ」
まずは材料の準備だ。いちごジャム、生クリーム、アイスクリーム、少し古くなったクッキーを用意する。
「ソラちゃん、クッキーを砕いておいてくれ。
「はい」
砕いたクッキーはコーンフレークの代わりだ。
まずはパフェグラスの底にジャムを敷く。春先に摘んだいちごで作ったジャムを、アイテムボックスに保存しておいたものだ。
続いて生クリーム、砕いたクッキー、アイスの順に層をなすように入れていく。
「わ、わ、わ、きれい〜」
「これは基礎部分だ。これからもっと楽しくなる」
先日の市場で手に入れた旬の果物を、どんどん切っていく。一部は飾り切りもする。まとめてボウルに盛ってから、ソラちゃんに言った。
「さ、ソラちゃん。こっからは自分用に好きにフルーツを盛っていいぞ。これも飾り付けの勉強だ。なるべく見栄えが良くなるよう、かわいくなるよう好きに盛ってみてくれ」
「私がやっていいんですか?」
「ああ」
さらにテンションが上がったらしいソラちゃんがウキウキと自分のパフェグラスを手に取る。
「ええ〜どうしよっかな。桃もメロンもバナナもいいし、パイナップルもいいよね」
楽しそうに飾り付けを始めるソラちゃんに微笑みながら、俺もパフェを作っていく。
角切りした桃を生クリームと一緒に詰めて、縁にメロンやパイナップルを飾る。中心にたっぷりと生クリームを絞り、さくらんぼやクッキーを飾り付けて……。
「よし、『シリウス特製旬のフルーツパフェ』完成だ!」
どーんと大きなフルーツパフェが完成した。うん、なかなか美しく仕上がったと思う。
このフルーツパフェはその時に手に入った旬の果物を使うので、いつも一期一会なのだ。
「私もできました!」
ソラちゃんが嬉しそうに宣言する。そこにはソラちゃんの好きなフルーツをこれでもかと持った強欲的な一品が鎮座していた。
己の欲望に忠実になる。それもまた良し。
冷蔵庫で一旦冷やそうかと考えていると、タイミングよくドアベルが鳴った。
「ギルバートくん、来たよーー! さあ約束のパフェを食べさせたまえ!」
「いいところで来たな、ニコ」
約束の一人客というのはニコ。先日のお礼にパフェを食べに来たのだ。大錬金術師である彼女は研究に忙しく、主に夜シリウスにやってくる。
◆
途中、ニコの格好にソラちゃんが混乱するという一幕があったものの(『マスター、裸です裸! 裸白衣の変態が来ました!』)、簡単にお互いの紹介をして店は落ち着きを取り戻した。
さっそくソラちゃんとニコにパフェを提供する。
ソラちゃんがうっとりした目つきでパフェを見た。
「はあ……パフェ、なんて素晴らしいんでしょう。こんなに贅沢な甘みがあるなんて……」
「全くだ。黄金錬成にも劣らない、人類の至った食の極致だね」
ニコの大げさなな表現に苦笑しつつ俺は二人に促す。
「さ、アイスやクリームが溶けないうちに食べてみてくれ」
「「いただきます」」
二人が柄の長いパフェ用スプーンを手に取り、そのフルーツの城へと突き立てる。
「う〜〜〜ん!」
クリームといちごを同時にすくって口に入れたソラちゃんが幸せそうに声を上げた。
「おい、し〜〜!」
「それは良かった。自分で飾り付けすると味もまた格別だろ」
「はい! 作るのも食べるのもおいしいなんて最高です」
今度はメロンを取りつつソラちゃんが笑う。
ニコは、ソラちゃんよりは落ち着いた仕草でパフェを食べていく。
「さすがだギルバートくん。ますます腕を上げたねえ」
「はは、そんなに褒められるとなんだかこそばゆいな」
「正直な感想さ」
表情こそ落ち着いているものの、スプーンを動かす手は止まらないニコ。
「うんうん、生クリームは甘すぎず、フルーツの甘みを引き立てている。中に詰まっているのはアイスと……砕いたクッキーか? 食感が変わっていいね。こんなに大きいのにまるで飽きが来ない。手が止まらないよ」
「はっはっは。うれしいね」
「うーん、夜に食べるパフェは最高だね。身体への背徳感もあいまって最高の味だ」
「え?」
「あ」
ニコの何気ない一言を聞いてソラちゃんが固まる。
ゆっくりと壊れた人形のように首を動かして、俺を見た。
「マスター、これもしかしてめちゃくちゃ太るんじゃ……。しかもこんな時間に食べたら大変なことに……」
「あちゃー」
気づいてしまったか。
「ソラちゃん、よく聞け」
「は、はい」
「夜パフェを食べるとき、太ることを考えちゃいけない。ただただおいしく食べるのがコツだ」
「何の解決にもなってないじゃないですか!」
「だから言っただろ。罪の味だって」
「うわーーーーん!」
ソラちゃんが涙目になる。 ハッとしてニコの方を見た。
「で、でもほら、同じパフェを食べているニコさんもあんなにスタイルがいいわけですし……」
ふるふると俺は首を横にふる。
「言ったろ。ニコは錬金術師なんだ。体内に埋め込んだ賢者の石で、脂肪はすぐ分解しちまうのさ」
「うわーーーーーーーーん!」
「いや本当にこのパフェおいしいね。おかわり!」
ソラちゃんの嘆きなど聞こえないように、ニコは笑顔で二杯目を所望した。
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