第20話 マスターの過去

 25歳のときに過労死した俺は異世界に転生した。


 残念ながら女神様との対話とかはなく、気づけばギルバート・ライブラと言う人間に生まれ変わっていた。年齢は同じ25歳。茶髪に茶褐色の瞳、欧米人らしいがっしりした体格と西洋風の顔という以外に特徴のないファンタジーゲームのモブみたいな人物だ。


 転生した場所はロワール王国。本来は豊かで魔法技術も発展した強国だったが、近くに突如魔王が現れ魔物の侵攻を受けたことですっかり荒廃していた。


 知ったときはとんでもない場所に来ちまったと思ったが、自分のステータスを見ると『竜の心臓』というチートを授かっていた。

 文字通り俺の心臓がドラゴンと同じものになっているという特殊能力だ。

 俺はすぐに冒険者を始めた。『竜の心臓』で得た身体能力によって大活躍。困難な依頼クエストも次々と成功させていった。


 そして30歳になった時、俺はSランク冒険者になっていた。5年でSランクというのは、俺本来の実力からすると少し遅い。これも俺が命を大事に、無理しないよう依頼をこなしていったからだ。過労死は二度とごめんだからな。それでも暮らしにまったく困らないだけの金を稼ぐことができた。


 とはいえSランク冒険者ってのは高い地位だ。国に何人もいない、本物の英雄だ。

 だからだろう。ロワール王国は俺の存在を放っておかなかった。国が魔王討伐のため結成する勇者パーティーに俺も招集されたのだ。


 俺は魔王討伐を引き受けた。王命で逆らえなかったのもあるが、何より報酬が魅力的だったからだ。成功すれば、一生働かないですむ額が手に入る。冒険者を引退して悠々自適に暮らすことができる。そう思った。


 当然だが、魔王討伐は大変だった。次々と現れる魔王軍の強力な魔物たち。罠だらけの魔王城への道。そして何より世界最強と名高い魔王。勇者や他のパーティーメンバーがいなければ、とても成功できなかっただろう。


 苦難の旅路だったが楽しくもあった。勇者は超のつくお人好しだったし、他の仲間も気の良い奴らばかりだった。報酬に釣られて参加した魔王討伐だが、最後まで逃げ出さなかったのは仲間に恵まれたからだ。

 それに魔王がいる限りこの世界は荒れ続ける。俺の願いであるスローライフに取って障害だ。魔王討伐は俺の人生にとっても必須だった。


 そして5年後、俺も含む勇者パーティーはついに魔王を打ち倒した。

 異世界に来てから10年が経っていた。長かったようであっという間だった気もする。俺は35歳になっていた。


 冒険者稼業も魔王討伐も楽しかったが、もう働きたくない。心からそう思っていた。


 ◆


 転生のことは隠しつつ(言っても信じてもらえないだろう)、大まかに自分の半生をコハクに語る。

 事情を説明し終えると、コハクは目を輝かせてこちらを見た。


「すごーーーい!!! マスターってあの勇者パーティの一員だったんだね! ただ者じゃないだろうなとは思ってたけど、予想外すぎるよー!」


「そんな大したもんじゃないよ。俺は裏方さ。がんばったのは若い連中だ」

 

「またまた謙遜しちゃってー。でも、引退してやるのが喫茶店っていうのがマスターのおもしろいところだね。魔王を倒したマスターなら、『英傑レジェンド』称号ももらえたんじゃないの?」


 英傑レジェンドというのは、簡単に言うと国内最高の戦士であることを示す栄誉称号だ。

 軍隊の指揮権こそ無いものの、王国軍最高の地位が与えられる。人間核兵器みたいなものだ。今は勇者がロワール王国の英傑をやっている。

 莫大な富と名声が手に入るが、国の英雄として縛られることになる。

 俺は肩をすくめた。


「あいにくそういうのには興味が持てなくてね。さっきも言ったろ、俺は働きたくないのさ」


「アハハ、ダメ大人〜。でも気持ちはわかるかな。私もこの横丁でのんびり呪具店やってる今が一番幸せだし」


 コハクがやわらかく微笑する。彼女も彼女で過去に色々ありそうだ。

 俺は話題を変えることにした。


「それよりさ、そろそろデバフに良さそうな呪具を見せてもらえるか。この店には66分間しかいれないんだろ?」


「あ、そうだそうだ。呪具を選ぶんだったね」


 ハッとしたようにコハクが言う。忘れていたらしい。

 ぽん、と手を合わせてコハクが笑顔になる。


「任せて私がマスターに合う呪具を見立ててあげる」


「ああ、頼む」


 ◆


 しばらくしてコハクはいく種類かの呪具を持ってきてくれた。


「魔力をネックレスが吸ってくれるなら、魔力関係はいらないよね。このピアスはどうかな? 発動する魔法出力を10分の一にする代わりに、基礎魔力量を増加してくれるの。二つつけると効果が加算されて20分の1になるよ」


 まず、シンプルなシルバーピアスを出してくれる。

 呪具と言うともっとおどろおどろしい物を想像していたが、これなら普段つけてても違和感なさそうだ。


「いいな。ただ俺はデバフが欲しいだけで、副効果はいらないんだが」


「ダメだよー。これでも呪いだからね。願いを叶える代わりに代償がある。逆に言えばデバフだけってのもないんだよ」


「そういうものか」


 まあ良い効果がつくなら別にいいか。俺の場合デバフがデメリットにならないからな。


「あとは〜。ステータス下げる系の腕輪バングルとか。これは防御力を下げる代わりに呪い返しがついてるね。つけているだけで呪術から守ってくれるよ。魔法も中級くらいまでなら打ち消してくれる」


「ほう、いいな」


「このアンクレットもいいよ。火除けの呪石がついてて、スピードが下がる代わりに身体に炎耐性がつくから」


「ほうほう」


 次々といい感じのデバフアイテムが出てくる。副効果も便利なものばかりだし、やはりコハクに相談して正解だったな。


「あとあと、この指輪もおすすめ。パワーが下がるよ」


「いいな。どんな副効果があるんだ?」


「居場所が常に私にバレる」


「絶対ダメだ!」


 コハクはケラケラ笑っている。


「アハハ、冗談だよ〜」


「コハクが言うと冗談に聞こえないんだよな……」


 コハクって、ちょっとヤンデレっぽいところがある気がするのだ。ただのイメージだが。


 ◆


 結局、5点ほど新たな呪具アイテムを買った。どれも、見た目はほとんど普通のアクセサリーだ。


「えへへ、似合ってる。かっこいいよマスター」


「そうか? 自分じゃよくわからんな。鏡とかあるか?」


「あ、うち鏡禁止だから。呪い上の都合で」


「ほんと不便だなこの店……まあいい。コハクの見立てを信じるよ」


 コハクが頬をおさえながら恍惚とした表情でつぶやく。


「えへへ……、うちの店の呪具をマスターがつけてる……。なんか背徳感……」


「どういう興奮の仕方してるんだ」


 コハクの様子が変なのはさておき、いい買い物ができた。


「今日は助かったよ。さすがカンタレラのオーナーだな」


「ううん、私こそ。マスターがお客さんとして来てくれるなんて思わなかったから、楽しかった」


「俺もさ。またシリウスにもよってくれ。おいしい飲み物と料理を用意しておくから」


「うん、たのしみ。また近々寄らせてもらうね」


 コハクに礼を言って俺は自宅へと帰った。

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