第14話 屋台飯 後編 「フルーツジュースと串焼き」

 次に向かったのは果物屋だ。と言っても目的は果物じゃない。

 この店が出してる、新鮮な果物を絞って作るフルーツジュースがうまいのだ。


「ソラちゃん何にする?」


「私ピーチジュースがいいです!」


「いいね、旬だ。――ピーチジュース一つと、リンゴジュースのソーダ割りで」


「あいよ!」


 果物屋の店主がすぐにくるくると果物の皮を剥き、圧搾機にかける。何度見ても惚れ惚れする手さばきだ。

 少し待ってジュースが出てくる。


「はい、ピーチジュースとリンゴソーダ! 合わせて400リルね」


「どうも。ほら、こっちがソラちゃんの分」


「ありがとうございます! わー、桃の香りがすごいですね」


「生搾りならではだな」


 ソラちゃんがさっそくストローを咥えて飲み始める。


「甘い! すっごい甘い! おいしい!」


 俺も自分のリンゴソーダを飲む。果汁100%だとちょっと俺には甘すぎるので、ソーダで割ったのだ。


「うん、うまいっ」


 爽やかな甘味と酸味、そしてリンゴの香りと喉を刺激する炭酸が相まって実にうまい。

 この世界にポカ◯は無いが、それに匹敵するくらい爽快なジュースだ。


 ◆


 二人してジュースを飲みながら市場を歩く。


「おいしー。ちょっと果肉が混じっているのもいいですね」


「気に入ってくれて良かった。……お、次はこの店だ」


 次に覗いたのは串焼き屋だ。肉屋が出している屋台で、鳥、豚、牛に加えて、他の野生動物から魔物までいろんな肉を扱っている。

 まずはこの店の鉄板、牛串を一本ずつ買った。


 ひとくち食べてソラちゃんの顔がほころぶ。


「おいしー! お肉がやわらかくて、噛んだ瞬間が肉汁がじゅわってあふれて、おいしいです!」


「塩と胡椒だけの味付けなのにめちゃくちゃうまい。焼き加減がいいんだよな」


 この世界では魔法道具のお陰で手軽に外でも火力が手に入るのだが、ここの串焼き屋はあえて炭火で焼いていた。

 夏真っ盛りであり、店主はかなり暑そうだ。しかしこだわりなのだろう。


 続いて鶏の串焼きを頼む。鶏肉はソースの種類が豊かで、トマトやチーズ、バジルなんてのもある。


 ソラちゃんはそのバジルソースを選んだ。


「これもおいしい! バジルが濃厚なのにさっぱりです」


「うまいな。新鮮なバジルを使ってる。……これ自家製だよな。うちでも使いたいなあ。売ってくれないかなあ。ムリだろうなあ」


 つい店主として悩んでしまう。一応ダメ元で聞いてみたが、やはり自家消費用で売ってはくれないそうだ。残念。


 他にも豚串、珍しいワイバーン串なんてのも食べた。口の中が肉の味になったところで、ちょうど隣にベイクドポテト屋を発見する。

 ベイクドポテト……ようするに焼きじゃがいもだ。


 ベイクドポテト屋はロワール王国定番の屋台で、多分一番数が多い。じゃがいもと火を扱う魔道具さえあれば誰でもすぐ始められるからだろう。

 だからこそ、良し悪しが露骨に出る。屋台の匂いを嗅いで、俺はこの店に決めた。


「おっちゃん、ベイクドポテト2つ」


「はいよ。2つで100リルだ」


「安っ!」


 ソラちゃんが驚いている。確かに100リルは100円くらいだから、こっちの世界でもかなり安い。

 屋台の主人が湯気のたつじゃがいもにバターを乗せ軽く塩をふりかけて渡してくれる。


「さ、ここのベイクドポテトはたぶんうまいぞ」


「ええ〜、じゃがいもですよね。今までに比べるとちょっとシンプルすぎるというか……」


 と、言いかけていたソラちゃんだが最初の一口目で表情が変わる。


「〜〜〜〜〜〜〜っっ! なにこれすっごいおいしい!」


 俺も一口かじって思わずつぶやく。


「うまい、この店は当たりだな」


 まずバターをケチっていない。良いバターをたっぷり乗せてくれる。この量が多すぎても少なすぎてもダメだがこの店は完璧だ。

 そして芋も実にうまい。ホクホクしてほのかに甘くて、何よりしっかりとじゃがいもの味がする。


 夢中で芋に食いつきながらソラちゃんが言う。


「なんでこんなに美味しいんだろう。バター? 塩? とにかくすごいおいしい!」


「ああ。素材選びと火加減で、シンプルな料理もこんなにうまくなるんだな」


「今日、衝撃度では一番かもしれないです」


 二人して絶賛しながらベイクドポテトを頬張った。


 ◆


「さて、次はどこに行くか……」


「結構おなかいっぱいになりましたね~」


 次の店をどうするか考えていた時だ。市場の奥で悲鳴が聞こえた。


「なんだ?」


「行ってみましょう」


 俺とソラちゃんが悲鳴のしたほうへ向かうと、やがて小さな人だかりにぶつかった。

 人だかりの中心では、一軒の屋台を背にした十歳くらいの少女と、それを囲むガラの悪そうな三人組の男たちがいた。

 男たちは小さな少女を見下ろして、声を上げる。


「だからぁ、さっさとショバ代払えって。そしたらここの営業を認めてやるからよ」


「おいガキィ、俺たちに逆らわないほうが身のためだぞ」


 少女は声を震わせながらも、気丈に言い返す。


「で、でも、商業ギルドではここで店を出すのに追加の場所代はいらないって言われました」


「ああ? おいなめてんのか」


「ひぃっ」


 男たちの一人がにらみつけると、少女は身を縮ませる。その様子に男たちはますます居丈高になった。


「そんなのは建前だよタテマエ! ここら一帯は俺たちコーネリアス一家が顔役なんだ。筋通してもらわんと」


「ガキだからって甘えるなよ。容赦しねえぞ」


「あのな嬢ちゃん。あんまり四の五の言ってるともっと怖い目にあうぞ」


「うう~」


 少女は目に涙をためて後ずさりする。その姿は後ろの屋台をかばっているようにも見えた。


「ひどい……」


 ソラちゃんがつぶやく。同感だった。ここで何度か買い物をしているが、こんな光景を見るのは初めてだ。コーネリアス一家とやらも、聞いたこともない。


 どうするか。少女の方は明らかに因縁をつけられているようだし何とか助けてやりたいが、ひとまず警察を呼ぶべきか……?


 なんて俺がちょっと考えてしまったときだ。

 少女が屋台をかばっているのに気付いたらしい男の一人が、おもむろに歩み寄ると屋台を蹴飛ばした。


「けっ、こんなちんけな屋台引いてるガキが偉そうに!」


 蹴とばされて屋台が大きく揺らぐ。少女が悲鳴を上げた。


「やめて!」


「うるせえっ」


 男が今度は屋台の鍋を蹴り飛ばす。中に入っていたベーコンが、地面に散らばった。

 少女はもう泣きだしそうだった。


「やめて、やめてください!」


「ヒャハハ! てめえがさっさと金を払わねえから悪いんだぞ! これは俺らからのお仕置きだ」


 大口を開けて笑うチンピラ。もう我慢ならない。


「……おい、その辺にしとけよクズども」


 思わず体が動いてしまった。

 男の肩をつかんで、グイっと引っ張り上げる。急に現れた俺に動転したのか、男は慌てふためいた。


「な、なんだてめえは!?」


「通りすがりのマスターだ」



(※続きます)

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