第13話 屋台飯 前編 「ホットドッグ」
「もー、お店を休んでまで買い出しって、どういうことですか」
「まあまあ」
よく晴れたある日のこと、俺は朝からソラちゃんとともに外出した。
本日喫茶店シリウスは休みだ。目的は食材の買い出しである。
やってきたのはカイナル広場。ここは王都西区一番の広場で、十日に一度大きな市場が開かれる。様々な露店が立ち並び、市民が物を売り買いするさまは祭りと勘違いするほどの賑いだ。
「ほー、今回も店がたくさん並んでるな」
「すごーい、大混雑ですね」
「ソラちゃんは市場に来たことはあるのかい?」
「恥ずかしながら初めてです……ちょっと人混みは苦手でして。私小さな村から出てきたので、こんなにたくさんの人見るのも王都が初めてです」
「そうか。初めてこの混雑見たらびっくりするよな」
「はい。私の村じゃお祭りでもこんなに人いませんよ」
おっかなびっくり市場を眺めるソラちゃんは、ちょっと幼く見える。
俺の視線に気づいたのか、ハッとしてソラちゃんが振り返る。
「なんですかマスター、人混みにびっくりしてちゃ悪いですか。田舎娘って思ってますか」
「思ってない、思ってないよ。ただ新鮮な反応だなと」
「むー、子供扱いしてますね」
ソラちゃんは片頬をふくらませる。
「今日は買い出しに来たんですよね。実はのんびり買い物に来たとかだったら帰りますよ私」
「いや、そこはちゃんと真面目だよ」
大真面目だ。
「この露天市場、意外といい食材が揃っているんだ」
「ほんとですか〜?」
「この露天市場はさ、一応商業ギルドが管理しているんだが出店のハードルがとても低いんだ。それで王都近くの農家や店を持っていない小さな商人がやってくるんだよ。十日に一度だからみんなこれぞという品を持って集まってくる。だから物によっては王都の店で日常的に買うものより質の高いものが並んだりする」
「へ〜」
ソラちゃんは感心したように相槌を打つ。
「ちゃんと考えてるんですね。見直しました。いつものマスター的にお店サボる言い訳かと」
「俺は仕事のやる気はないけど、店で出すコーヒーと料理には手を抜かないよ」
「そこは仕事のやる気も出してください」
ソラちゃんから軽快に突っ込まれつつ、俺たちは露天へと繰り出した。
まずは
「どうもオヤジさん。今日も来てたんだね」
「よおギルバートさんじゃないか! 今日もうちで作ったいい野菜たくさん持ってきたから、買ってくれよ!」
「もちろんだとも」
野菜店の主人に挨拶してから、ソラちゃんへ振り返った。
「さーてソラちゃん、目利きの勉強だ。俺が野菜を選ぶから、良い品物の特徴を覚えるんだ」
「はい!」
ちゃんとした仕事と知ってやる気が出てきたのか、ソラちゃんが力強く頷く。
「よし、まずはこの王様トマトだ。普通のトマトは固くしまったのを選ぶが、王様トマトは少し柔らかめがいい。普通のトマトの倍の大きさがあるから中までしっかり熟しているのを選ぶんだ。このくらいのがいいな。丸みもあるしツヤもいい。このヘタの緑が鮮やかだろ? 新鮮な証拠だ」
ソラちゃんに王様トマトを一つ渡して確かめさせながら、オヤジさんに言う。
「王様トマト20個くれ」
「はいよ。相変わらず買い方が豪快だね」
「なあに、俺はアイテムボックスがあるからな」
「容量がでかいんだな。うらやましいよ」
チートの定番、アイテムボックスは転生して早々に手に入れたスキルだ。この世界では魔法が使えれば少しの修行で手に入る汎用的なスキルだが、大きさが魔力量に比例する。俺のアイテムボックスは王国でもトップクラスの量が入る。内部は時間が止まっているので入れたものは劣化しない。
というわけで、遠慮なく大量に買い物ができる。
「見ろ、このロワールキャベツ、外側の葉が濃くて切り口が新しい。巻きも固くてしっかりしているな。こいつにしよう」
ソラちゃんに野菜を見せながら次々と買っていく。
しばらくすると、ソラちゃんもこれと思う野菜を持ってきてくれるようになった。
「マスター、このにんじんはどうですか?」
「うん、太さは合格だが、ちょっと表面がざらついてるな。もっとなめらかなやつはないか?」
「マスター、このアスパラ良くないですか!」
「いいね。太さもいいし真っすぐでピンとしてるな。穂先もきれいだ。こいつにしよう」
ソラちゃんとともに次々と野菜を見ては買っていった。店主も嬉しそうにしている。
「ギルバートさん、そこのお嬢ちゃんなかなか目利きだねえ。立派なもんだ」
「いいだろ? 俺と違って真面目ないい子なんだ」
「はっはっは、大事にしなよ!」
「もちろんさ」
一通り野菜を買い終えると、礼を言って俺達は野菜店をあとにした。店主は「またよろしくな〜」と手を降って見送ってくれる。
「よしっ、まだまだ行くぞ。ソラちゃんついてこられるか?」
「はいっ!」
俺とソラちゃんは市場の中を色々と移動して食材を買っていった。
◆
パン屋。俺も店で手作りパンを焼くことはあるが、本職はやはり数段上だ。
「ギルバートさんいらっしゃい。ちょうど焼き立てだよ」
「うーん、いい香りだ。バゲット10本もらおう」
「はいよ」
◆
異国からわざわざやってきている、スパイス屋。
「ギルバートさん、今日も最高に刺激的なの持ってきたよ!」
「いいねえ。まずはカルダモンにコリアンダー、あとクミンを見せてくれ」
◆
2時間ほど経って、市場を半周した俺達は一休みした。ソラちゃんが俺を見て感心したように言う。
「マスター、どこの店でも顔見知りがいましたね。みんなマスター相手にはいい食材出してくれてましたし……。マスターって結構すごいんですね」
「たいしたことないよ。常連ってだけさ。ソラちゃん体力はまだ大丈夫?」
「……はい」
「よーし次は乳製品を買うとしようか。北側に牧場が出してるいい店があるんだ。ミルクも当然うまいが、そこの自家製バターがまた絶品でな……」
ぐぅー。
その時お腹の鳴る音がした。見るとソラちゃんが顔を真っ赤にしている。
「ソラちゃん……」
「あの、ちが、これは違うんです」
「もしかして、お腹すいちゃった?」
俺が訊くと、ソラちゃんは恥ずかしそうに頷く。
「その、朝ご飯はちゃんと食べました。ただ最近いつもシリウスの
俺は思わず笑い出してしまった。気づけばもうお昼近くだ、そりゃお腹も空く。
「はっはっは、そうかそうかこれは俺が悪かった」
「も〜〜〜、笑わないでください!」
「すまんすまん。いやからかったわけじゃないんだ。ソラちゃんの生活に、シリウスのバイトがしっかり組み込まれているのがなんだかうれしくなっちまってな。悪かった、ちょっと早いが昼飯にしようか」
「べ、別に気を使ってもらわなくても……」
「なに、ちょうど俺も小腹がすいてきたところさ。うちの賄いもいいが、ここの屋台飯もなかなかうまいぞ」
そんなわけでソラちゃんを今度は屋台へ連れ回すことにした。
「ソラちゃん、辛いのは苦手?」
「全然イケます」
「じゃ、こいつからいこう」
俺はホットドッグスタンドに向かう。通常のホットドッグの上に、刺激的なサルサソースがかかっているやつだ。
シンプルなトマトソースに香辛料が効いていてあと引く辛さがうまい。ソースの絡んだ刻み玉ねぎも、シャキシャキしていいアクセントになっている。なによりこの店独自配合のスパイスが絶妙で未だに俺も再現できない。
ソラちゃんはホットドッグに一口かじりつくと、
「うん! 辛っ!」
と叫ぶ。しかしすぐに続きを口にする。
辛さに泣き笑いしながら食べている。
「おいしい! でも辛い〜。でもおいしい〜」
「うまいよな。特にここのサルサソースは最高にうまい。別でフライドポテトも売ってるんだが、それにつけてもうまいぞ」
俺も自分のホットドックを食べる。ソーセージがぱきっといい音を立てて割れた。中から肉汁が溢れ出す。サルサソースと合わさって、濃厚な旨辛味が襲ってくる。
「うん、うまい!」
ひーひー、と舌を出しながら、ソラちゃんが笑う。
「夏って感じの味ですね。刺激的です」
「ああ。俺もこの味は夏に食べるのが好きだな」
あっという間にホットドッグを食べ終えた俺達は、次の屋台へと向かった。
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