第12話 泥棒を撃退する

「それじゃあ、お先に失礼します。マスター、戸締とじまり気をつけてくださいね」


「はいよ。今日もお疲れさん」


 夜、ソラちゃんがペコリと一度頭を下げて、自分の宿へと帰っていく。彼女の姿が通りの向こうへ消えるまで見送ると、俺はひとつ伸びをして扉を閉めた。


 ◆

 

 数時間後。

 風呂と夕食を終えた俺は、2階の居住スペースでのんびり酒を飲んでいた。

 普段はビールかワインだが、今日はウイスキーだ。サイモンの贈ってくれたとっておきのがある。

 ロックグラスに注いでスモーキーな香りを楽しみながら、静かに本のページをめくる。寝る前のささやかな贅沢だ。


 どれくらい時間が経っただろう。ふと、階下で物音がした。


 喫茶店の扉には『CLOSE』の札が下がっているから、こんな夜中に客は来ないだろう。ソラちゃんが忘れてものでもしたかな? と考えていると、物音はすぐにガチャガチャと扉の鍵を壊す音に変わった。

 苦笑しつつ立ち上がる。


「やれやれ、ウチに強盗とは向こうさんもついてないね」


 ◆


 隠密スキルで姿を隠しながら、俺はそっと階下を伺った。

 案の定玄関扉はすでにこじ開けられ、店内には5人の男たちがいる。まったくはきだめ横丁の治安の悪さには呆れかえるね。


 強盗の中でもリーダー格らしい体格の良い男が、仲間たちを急かしていた。


「早く、早くしろ。ここは『はきだめ横丁』だからそうすぐに警察は来ないだろうが、住人に気取られると面倒だ」


「なあに、見つかったら見つかったで殺しちまえばいいのよ。そのほうがゆっくり仕事もできる」


「バカ、今日は盗みだけのはずだろ。それにこんなチンケな喫茶店、ゆっくり仕事するほどの宝はねえよ」


 全員が剣か弓と言った武器を携行していて、荒事には慣れている連中らしい。物腰や足運びを見るに、元冒険者だろう。


『とはいってもD級か良くてC級だな。まったく平和になったからって食い詰めた冒険者があふれて困るぜ』


 俺は内心嘆息たんそくした。死ぬ気で頑張って魔王を倒し、世界を平和にしたってのに、かえって治安が悪くなるとはな。

 最近こういう輩が増えてきた。ここ2年ほどで王都だけでなく王国全体の治安は悪くなる一方だ。困ったことに、俺のせいと言えなくもない。


 ◆


 俺は7年前、ロワール王国からの招集で魔王討伐のための勇者パーティーに参加した。そして2年前ついに魔王を倒した。


 魔王を倒したことで人類は様々な面で救われた。魔王は文字通り魔物たちの王であり、魔物を無限に生み出し続ける生産者であり、魔王軍支配地に毒の瘴気をばらまく存在だった。それら人類にとって厄介この上ない存在が、一気に消えたのだ。リーダーを失った魔王軍は自然崩壊し、魔物は新たに生み出されなくなり、大陸の北部を覆っていた瘴気は消え去った。


 人々は長年の脅威からついに解放された。特に魔王軍支配地と隣接していたために長年圧迫を受けていたロワール王国は、最大の脅威が消えたばかりでなく旧魔王軍支配地がすべて自国領土となり、いきなり国土が倍に増えた。一気に大陸最大の覇権国家となったのだ。


 世界は平和になった。魔王が消え、魔王軍も崩壊。残党の討伐も進み、魔物もその数を減らす一方……人類皆万々歳なのだが、1か所割りを食った人々がいる。冒険者たちだ。


 魔物討伐と魔王軍の拠点であるダンジョン攻略を主な仕事していた冒険者たちの多くが、いきなり仕事にあぶれてしまった。魔王討伐後の冒険者たちは残る魔物退治の依頼に殺到したが、新たに魔物が生み出されない以上依頼は減っていく一方だ。一年経つと冒険者市場の崩壊は決定的となった。


 それでもAランクやBランクと言った高位冒険者は上位魔物討伐で食べていけたが、中位、下位の冒険者はその日の食事代にも困ることになった。

 食っていけなくなった冒険者の行く末は様々だった。冒険者をやめて別の仕事につく者、無理な依頼に挑戦して体を壊す者、王国の騎士団やギルドの護衛、地方の自警団へ転職する者……そして最悪なのが、犯罪者に身を落とす者たちだ。


 魔王が討伐される前、ロワール王国は魔王領との最前線だったこともあって実に300万人もの冒険者がいたと言われる。それが現在は100万人。たった2年間で三分の一になってしまったわけだ。その消えた200万人が全員円満に冒険者を辞められたかと言うと、当然そうではない。

 ロワール王国は魔王を倒して平和に、豊かになった。しかし代わりに元冒険者のゴロツキ集団という新たな問題を抱え込むことになったのである。


 ◆


『さてどうするか。このまま捕まえてもいいが、無駄に抵抗されて店内を荒らされるのはご免だな』


 そんな事を考えていると、下の強盗たちがにわかに色めき立った。


「……おい! こっち来てみろよ。小せえ喫茶店のくせに地下室があるぜ。しかも魔法錠で封印してある」


「こいつはいい。地下の金庫室ってことか」


「小金くらいは溜め込んでるかもしれねえぞ」


 相手が泥棒なのを忘れて俺は感心する。


『ほう、簡易だが隠蔽魔法のかかっているあれに気づくとは、腕のいい【斥候スカウト】がいるらしいな。……ちょうどいい。地下室なら暴れても壊れる心配がない』


 見張りでも立てられると面倒だったが、欲に目のくらんだ泥棒たちはあっさり全員地下に降りていった。

 手間が省けて助かる。


 ◆


 地下に降りた泥棒たちは、しばらくして歓喜の声を上げた。


「おいおいおいおい、どういうことだよこれは!」


「金貨の大袋がひぃふぅみぃよぉ……10袋もある! ここは貧乏店じゃなかったのか!?」

 

 よだれの落ちそうな顔で金貨を数え始める泥棒たち。が、中のひとりだけいぶかしげに眉を寄せた。


「まさか喫茶店はカモフラージュでマフィアの裏取引所ってことはねえよな。もしくは隠れ家とか」


「それはねえ! ここには王都のどのマフィアの息もかかってねえことは調べ済みだ。むしろ綺麗すぎて驚いたくらいなんだぜ」


 リーダー格らしい最も体格のいい男が、仲間の不安をせせら笑う。


「今更関係ねえよ。こんなお宝見逃す手はねえ。全部かっさらうぞ。よしんばマフィアの金庫だったからってとんずらするだけだ。これだけありゃあ全員国外に高跳びしてお釣りが来るぜ。一生遊んで暮らせる。」


「へへ」

「そいつはいいぜ」

「お宝は全部俺たちのものだ!」


 他の泥棒たちも嬉しそうに騒いだ。そのままさらに物色を続けたが、やがて泥棒の中で斥候スカウト役を務める一人が声を上げた。


「んなっ! こいつは……!!?」


 それは地下倉庫のひと隅に作られた武器保管場所だった。そこに保管されている武器をひと目見た瞬間、斥候スカウトの男は叫んだのだった。

 凝然と立ちすくんでいる男に、仲間の一人がからかうように声を掛ける。


「なんだよいきなり叫びやがって。そんなにいい武器があったか?武器マニアの血が騒ぐってか?」


「騒ぐなんてもんじゃねえ、手の震えが止まらねえよ」


 斥候の男は、言葉通り震える指先で壁の剣に触れる。


「し……信じられねえ、聖剣デュランダルだ。鑑定結果も本物。もし本当に本物なら、国宝級だぜ」


 仲間の斥候の言葉に、泥棒たちは動きを止める。

 互いに顔を見合わせた。


「……冗談だろ?」


「おいおいどういうことだよ。こんな『はきだめ横丁』の小汚い店に国宝の剣が飾ってあるってか?」


「俺だって信じられねえよ。だが鑑定スキルが嘘つくわけねえし……」


 斥候も半信半疑という表情だった。泥棒たちの間に、静かな沈黙が落ちる。


「……なあ、本当にこの店ヤバい店じゃないんだろうな?」


「そんなわけないだろ! ただの喫茶店だぞ」


「俺、なんだか背筋に寒気が……」


 もういいか。泥棒たちの反応がちょっとおもしろかったので、つい放置しすぎてしまった。


 地下倉庫の入口に立ち、隠密スキルを解除する。俺が急に現れたように見えたのだろう。泥棒たちが驚愕の声を上げた。


「だっ、誰だ!?」

「いつの間にそこにいやがった!!?」


 騒ぐ泥棒たちを無視して、俺は斥候役の男に声をかける。


「おい、そこのお前」


「な、なんだ!?」


「デュランダルを鑑定できるとは大したもんだ。いい目を持ってる。ただし小汚い店ってのは心外だな」


「なに?」


「毎日掃除もしてるんだぜ。お陰でネズミ1匹いやしない。最も今日はでかいネズミが5匹もかかっちまったみたいだが」


 そこで自分たちが閉じ込められていることにようやく気づいたらしい。リーダーらしい男が腰の剣を抜き放ち叫んだ。


「好きに語ってんじゃねえ! てめえは誰だって聞いてんだろ!!」


 軽く拳を鳴らしながら、答える。


「この喫茶店のマスターさ」


 ◆


 数分後、襲いかかってきた泥棒たちを全員返り討ちにした俺は、拘束魔法で縛り上げて地下倉庫から連れ出した。

 喫茶店の床に座り込んだ五人の泥棒たちは、皆がっくりと項垂れている。

 顔を腫れ上がらせたリーダーの男が愚痴った。


「ち、ちくしょう……なんでただの中年オヤジがこんなに強いんだよ……」


「中年オヤジで悪かったな」


 パンパン、と手のホコリを払いながら俺は言った。


「さて、そんじゃお前らはこれから王都警察に引き渡すわけだが……」


「「「ぐうっ!」」」


「その前に、お前らコーヒーを一杯飲んでいかないか?」


「「「は?」」」


 コンロに火をつけ、湯を沸かす。泥棒たちはみんな呆気にとられたように俺を見た。

 泥棒の一人が尋ねてくる。


「こ、こーひー? なんだ突然」


「別に気まぐれさ。お前ら、冒険者としての腕はそれなりだったみたいだからな。警察に引き渡す前の俺からの餞別――みたいなもんだよ。それに忘れてるかもしれないが、ここは喫茶店だぜ?」

 

「「「…………」」」


 泥棒たちはみんなぽかんとしている。

 やがてリーダーの男が毒づいた。


「ケッ! ボコボコにされた相手の出す飲み物なんざ、誰が飲むかよ」


「それはそれでいいさ。無理強いするつもりはない。ただ、うちのコーヒーの味も知らずに捕まるのはもったいないと思ってな」


「うるせぇ! 俺は飲まねえぞ!」


 リーダー格の男はそれきりそっぽを向く。俺は肩をすくめた。

 言葉通り無理強いするつもりはない。


「俺は……俺は飲んでみたい」


 その時別の声が上がった。見ると、俺が感心した斥候の男だった。

 斥候の男は意外にも小さく笑いながら俺を見上げていた。


「おいっ、てめえ何言ってやがる!」


 リーダーの男が泡を食って怒鳴るが、斥候の男は落ち着いて批判をかわす。


「いいじゃないか。俺達にただでくれるって言うんだぜ。もらわなきゃ損だ。それに俺はコーヒーってのをまだ飲んだことなかったからな」


「ばっ――」


 言い返せなくなったリーダーを尻目に、斥候の男が俺を素直な目で見上げてくる。


「あんたのことは知らないけど……、きっとすげえ冒険者だったんだろ? あんたのいれるコーヒーを飲んでみたい……飲ませてくれ」


 ニッ、と俺も笑顔を返す。


「ああ、最高にうまいコーヒーを入れてやろう。これに懲りたら、もう二度とこんな事するんじゃないぞ」

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