第15話 パン・コン・トマテ 前編
「お前
「ひっこめよおっさん! 死にてえか!」
因縁をつけていた男たちが、一斉に色めき立つ。
俺は肩を掴んでいた男へ、押さえつける力の方向を変えて体勢を崩した。
「ぐううっ。何だこのオッサン!? 信じられねえ力だ、強ぇえ!」
「いや、これは力じゃなくて技だ」
冒険者時代に培った技術で男を地面へとうずくまらせてから、残りの男たちへ声を掛ける。
「お前ら、今すぐのこの場から失せろ。そしたら見逃してやる」
実力差をわからせるために、リーダー格らしい男を押さえつけてみせたのだが、男たちに効果はなかったようだ。
「ふざけんなよ! てめえこそとっとと失せろや!」
「コーネリアス一家を舐めたらどうなるか、その身体に教えてやるよ!」
やれやれ。まあ町のチンピラじゃこうなるか。
俺は久しぶりに少し実力を出すことにした。別に本気にならなくても倒せるが、ソラちゃんや町の人達になるべく力を振るうのを見せたくないからだ。
そっと手につけているスピード半減指輪を一つ外す。身体全体のギアが跳ね上がる。俺は一瞬で後ろへと飛び、左後方にいた男のあごを蹴り抜いた。
続いて右にいた男の首を手刀で狩る。二人は同時に意識を失い、グラリと身体を傾けた。
そして二人が地面に倒れる前に、俺は押さえつけていたリーダー男の元へと戻り、何事もなかったように組み伏せた。
一瞬の動きで、周囲の人々には何が起きたかわからなかっただろう。
後ろの男たちが地面に倒れたところで、ようやく騒ぎ始めた。
「なんだ!? 急にあの男たちが倒れたぞ!」
「なんか、一瞬、おじさんが動いていたような……」
「いやそれはないだろ。オッサンはずっと最初の男を押さえつけてたんだから」
「何が起こったんだ……?」
ざわつく周囲。
リーダーの男もさすがに事態が悪い方向に転がっていると悟ったのか、冷や汗を流し始める。
「お、おっさん、あんた何なんだ? ま、まさかウチと揉めてる組織のモンか!?」
「俺はそういうのに一切関わり無いよ。言ったろ、ただのマスターだって」
「嘘だ! ただのおっさんが俺を止められるもんかよ。後ろの二人も急に倒れたみたいだし……なにしやがった!」
「それ以上余計な質問をしなければ、ここで逃がしてやるが、どうする?」
「ひぃっ!」
震え始めたリーダー男を見て、俺は拘束を解く。
リーダー男は解放されると、俺に押さえられていた腕をさすりつつしばらく睨んできた。
だが、やがて倒れている子分二人を助け起こすと逃げ出す。
「お、覚えてろよ! この落とし前は必ずつけるからな! コーネリアス一家に逆らったことを後悔しやがれ!」
「去り際までチンピラだなあ」
必死に逃げていく後ろ姿を見送りながら、俺はつぶやく。
本当に仕返しされても面倒なのであとでコーネリアス一家はどうにかしないとな……なんて考えていたら。
「やったーー! 良かったねお嬢ちゃん! おじさん、かっこいいね」
「あんたすげえな! どうなるか見ててハラハラしたよ」
「あのヤクザ共は最近ここらを荒らし回ってて困ってたんだ。ありがとう。本当にありがとう」
町の人達に囲まれてお礼を言われてしまった。しまった。目立ちたくないのに。
「いやあ、はは、どうも。運が良かっただけですよ」
「いやいやあんた大したものだよ」
「かっこよかった!」
「はは……」
どうしたものか考えていると、ソラちゃんがじっとこちらを見つめていることに気づいた。
「あ……」
しまった。ソラちゃんには俺が元高ランク冒険者だって、バレたくなかったんだが。
「マスター……」
「あの、ソラちゃんこれはさ、おじさんも元冒険者だから、ちょーっとだけ戦闘の心得があるというか……」
「マスター、マスターって……」
「(ごくり)」
思わずつばを飲み込む。
一拍置いて、キラキラした目でソラちゃんが言った。
「マスターって、結構強かったんですね〜〜!」
がくり。
全然気づいてない。ソラちゃん、ちょっと鈍くない?
「はは、そう。そうなんだ。おじさんちょっと強かったんだよ」
「マスターも男の人ですね。頼りになります。まあまあ見直しました」
「ああ、そう……」
なんだろう。これでよかったのに、ちょっとさみしいような……。
いや、これでいいのだ。
「あの、おじさん、助けてくれてありがとう」
その時、因縁をつけられていた少女が近寄ってきてお礼を言ってくれた。
俺はかがみ込んで目線を合わせ、そっと体を支える。
「いいんだ。俺がかってに首突っ込んだだけさ。それよりお嬢ちゃん、怪我はないかい?」
「うん、大丈夫。……屋台は、めちゃくちゃになっちゃったけど」
そう言って少女が悲しそうに屋台を見る。たしかに、蹴られた屋台は傾きかけ、いくつかの食材も散らばっていた。
「まったく、許せん奴らだったな……。よし、おじさんも手伝うから、一緒に片付けようか」
「いいの?」
少女の顔がぱあっと明るくなる。俺は頷いた。
「ああ、もちろんだ。……ソラちゃん。すまないけど一緒に片付けてくれるかい?」
「なーにを当然のことを。もちろんです!」
ソラちゃんが腕まくりして返事してくれる。頼もしい。
他にも周囲の人々が、片付けを手伝ってくれた。俺達は一緒になって、少女の屋台を立て直した。
◆
片付けをしながら、俺とソラちゃんは少女から詳しい事情を聞いた。
「いつもはね、お母さんがここに屋台を出しているの。でも病気になっちゃって……。お母さんは休まないといけないから、今日は私が代わりに出せたらって思って来たの」
少女の名前はカリンというらしい。カリンちゃんのお母さんは家で寝ているのだという。
市場での営業許可証はすでにもらっているので、今日はカリンちゃんが屋台をひいてきたというのだ。まったく小さな体で立派なもんだ。
「お母さんは、いつもここでサンドイッチを売っていたの。ベーコンとトマトと、レタスとかを挟んだやつ」
「BLTサンドか。うまそうだ」
「うん、とってもおいしいんだよ。……でも、肝心のベーコンがさっきの男の人に落とされちゃった……。他のお野菜も。もう今日は、サンドイッチ作れないや」
カリンちゃんがそう言ってしょんぼりうつむく。
ソラちゃんが、そっと手を握ってあげていた。
「そうだったんだ。最悪だね。ほんっとあいつら、許せない……! ねえ、今からでもなにか作って売ってみようよ」
「ありがとうお姉ちゃん……でもムリだよ。ベーコンはお母さんの特製で、もう家にも仕込んである分は無いんだ。売りものになるのはあとパンとトマトしか残ってないし」
「そんな……」
ソラちゃんまで悲しそうな顔になり、困ったように俺を見上げてきた。
「パンとトマトか……」
俺は腕組みして考える。
ふと、屋台の上で籠に積まれているトマトが見えた。一つ手に取る。普通のトマトより二回りほど大きい、王様トマトだった。
この王様トマトは、俺が市場で最初に買ったのと同じものだ。
「これ、南側でお店だしてる野菜売りさんから買ったのか」
「うん、あそこのお野菜、おいしいから」
俺は王様トマトを返すと、女の子の目利きを褒めた。
「いい目をしている。カリンちゃん、将来立派な料理人に成れるぞ」
「ほんと?」
「ああ、俺が保証する」
自信を込めて頷くと、カリンちゃんはくすぐったそうにはにかんだ。
将来の名料理人を、こんなところで潰させるわけにはいかないな。
「よし任せろ。俺がこれで最高にうまい料理を作ってやる」
「え、ええ?」
俺の宣言に、カリンちゃんは目を白黒させた。
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