第10話 カツサンド 前編

 今日のシリウスの客入りは、上々といったところ。午前中に3人、午後は5人だ。暇すぎず忙しすぎずちょうどよい。ソラちゃんは相変わらず『このままじゃお店潰れちゃいますよー』と不満げだったが。


 それは午後4時のこと。最後の客がはけて再び店に暇が戻ったときだ。

 俺はいつもどおり気楽にソラちゃんと雑談していた。


「いやー、働いた働いた。今日は忙しかったな」


「どこが忙しいんですか店長。どう考えても暇ですよ。忙しいっていうのは休憩も取れないくらいに働いてから言ってください」


「おじさんもうそんなに働きたくないよ。どうだろう、今日は十分働いたし、もう店じまいってことに……」


「しません! ウチの閉店時間は午後7時です!」


 なんと。まだあと三時間も働かなければならないというのか!?

 誰だそんな営業時間を決めたのは! 俺だ。


「くっそ、やっぱ午後5時終了にしとくんだった」


「もう、やる気なさすぎですよマスター……」


 その時、表に人の立ち止まる音がした。扉のすりガラス越しに人影がある。

 何故かソラちゃんがドヤ顔で煽るような視線を向けてきた。


「ほーら、マスターが不真面目なこと言うからお客さんが来ました。天罰覿面ですね」


「あちゃー」


 俺も早締めする希望が崩れて頭に手を当てる。客を迎えるべく、ソラちゃんが笑顔で扉へと向かった。


 カランコロンとドアベルが鳴る。

 開いた扉の先にいたのは、海賊だった。


 髑髏どくろのエンブレムが付いた黒い三角帽子の下から鋭い眼光が覗いている。白いシャツの胸元は大胆に開けられ、よく日焼けしたたくましい身体が覗いていた。黒い革のベストを無造作にはおり、足元は頑丈そうなブーツを履いている。ご丁寧に太い腰のベルトには幅広の剣が吊るされていた。


 これほどまで海賊らしい格好をした奴もいないだろう。今すぐにでも船に乗って海に出られそうだ。

 店に入ってきた海賊は俺を見つけた途端、にーーっと大きく笑う。


「ギルバートオオオオ! かえってきたぞおおおお!!!!」


 そして開口一番とんでもない声量で叫びやがった。向かいの通りまで聞こえてるんじゃないのか?


「っっーーうるっさ! なんなんですかこの人!?」


 突然の大声にさすがのソラちゃんも耳を押さえて顔をしかめている。

 俺はようやく海賊の正体を思い出した。


「サイモン……サイモンか!?」


「久しぶりだなギルバートォ!」


「この野郎生きてやがったか!」


「そっちも元気そうで何よりだ」


 旧知の仲の来訪者に思わずカウンターから出る。店の中央で抱き合ってから、がっちりと握手した。


「え? え? え?」


 とソラちゃんは混乱しっぱなしだ。

 おっといけない、いけない。


 俺はこの珍妙な客の肩をぐっと引き寄せて言った。


「ソラちゃん、こいつはサイモン。見ての通りの変わりもんで……俺の友達だ」


 ◆


 異世界転生者ってのは孤独なもんだ。


 それまでの人生であった縁や人とのつながりを唐突に切り離されちまう。赤ん坊にでも生まれ変われば別だが、俺みたいな年齢はそのままで別の身体に転生したやつはすべての人間関係がリセットされる。


 そんなわけで、俺はこの世界に友達は少ないのだった。まあ日本でもそんなに多くはなかったが。

 転生したばかりの頃の俺は異世界ぼっちだった。


 サイモン・ドレイクはこの異世界に来た時すぐにできた友人だった。一緒の冒険者パーティを組んでたこともある。もう十年以上の付き合いだ。

 俺より先に冒険者を引退して自分の商会を立ち上げたやり手でもある。ほとんどロワール王国にはおらず、外国を飛び回っている自由なやつだ。


 ◆


 サイモンをカウンター席に案内して、互いの近況を語り合う。


「こっちに帰ってくるのは2年ぶりか? 今までどこを飛び回っていたんだ」


「なあに月まで行ってたわけじゃない。最初に極東まで行って、それから西を回ってきただけだ。華元帝国に、ミスロッタ諸国、レスポーン連邦を抜けて最後にちょいとアルバ王国に足を伸ばして、しまいさ」


「ほとんど星を半周してるじゃないか。大したもんだな相変わらず」


「へっへ、旅が俺の生きがいだからね」


 サイモンはそう言うと楽しそうに笑った。

 ソラちゃんが不思議そうに尋ねる。


「サイモンさんはなにをしている人なんですか?」


「驚くなよ。こう見えてこいつは商会『フライング・ダッチマン』のオーナーなんだ。ほら、はきだめ横丁の入口に店があるだろ」


「ああ、あの年中ねんじゅう閉まってる……」


 そこでソラちゃんがなにかに気づいたようにハッとする。


「あの店いつ見ても閉まってると思ってましたけど、もしかして!」


「俺が外国を飛び回っているせいだ、がっはっはっは。ロワール王国に戻るのは2年ぶりだし、いよいよ外国生活のほうが長くなっちまったな」


「こ、こんなところにもダメ店長が……ダメ店長の会……」


 ずーんと落ち込んでソラちゃんが言う。ダメ店長なのは否定できない。

 サイモンが大笑いして言う。


「はっは、嬢ちゃんはまだ慣れてないか。『はきだめ横丁』の店なんてだいたいこんなもんだぜ。真っ当に営業している店のほうが珍しいくらいだ。その点『シリウス』はまともな喫茶店だよな」


 ソラちゃんが大きく首を傾げた。


「ここが、まとも……?」


「そこは疑問に思わないでくれよ」


 思わずつっこむが、ソラちゃんはじっとりした目を向けてくる。


「だっていつもお客さんのいないさびれた喫茶店ですよ」


「がははは、正直な嬢ちゃんだ」


 サイモンが大笑いした。

 それからコソコソと耳打ちしてくる。


「ところで……あの店員ちゃん、まさかお前の資産額知らないのか?」


「秘密にしてるんだよ。お前も内緒で頼む」


「おもしろいことしてるな。わかった」


 そうそう、とサイモンは背中の荷物を漁りだした。


「今日はこいつを渡そうと持ってきたんだ。たまげるなよ?」


 そう言って渡された、琥珀色の液体に満たされている瓶を見て驚いた。


「アルバのモルトウイスキーじゃないか! しかも10年もの!? よくこんなの手に入ったな」


「向こうの商業ギルドを通しては埒が明かんからな、直接醸造所に出向いたんだ。金を積んで、ちょいと官憲には目をつぶってもらってな」


 へっへっへ、とサイモンが悪い顔をする。

 アルバのモルトウイスキーといえばロワール王国の貴族でも滅多に飲めない貴重品だ。アルバ王国の意向によって原則輸出禁止となっている。理由は簡単。うますぎるのだ。


「お前への土産に数本持ってきた。それにアルバ産の黒ビールもあるぞ。どうだ、さっそくこれから開けて酒盛りと洒落込まないか」


「いいねえ。ソラちゃん、表の看板下げてきてくれ。今日はもう店じまいだ」


「ちょっ、本気ですかマスター!? まだ営業時間ですよ」


「なに言ってるんだ。アルバの10年物が手に入ったのに仕事してる場合じゃないだろ」


「がっはっはっは」


「さあ、飲むぞーー!」


 ソラちゃんがぷくーっと頬をふくらませる。


「も〜〜〜〜〜〜、このダメ人間ども!」

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