第8話 フレンチトースト 後編

「あ、ま、マスター!」


「おはよう、ソラちゃん。もしかして朝食を作ろうとしてくれたのか?」


「あ、おはようございます。えっと、すみません。勝手にキッチンと冷蔵庫の食材を使っちゃって……」


「いいんだよ。うれしいくらいさ。ところでこの卵はオムレツにするのかな?」


「はい、でも卵の殻がたくさん入っちゃって……うまく取れなくて……」


 肩を落としてうなだれるソラ。 

 しかしギルバートはあっけらかんと笑う。


「大丈夫、大丈夫。卵を割る失敗するなんて誰でもやることさ。気にしない気にしない」


 落ち込むソラへギルバートは笑いかける。


「ところでソラちゃん、パン二枚くらい食べれるよな?」


「え?」


 ギルバートは卵の入ったボウルを取ると、菜箸で軽く溶きほぐし始めた。続いて砂糖、牛乳、生クリームを加え、泡立たないようゆっくりと混ぜ合わせる。

 混ぜ合わされた卵液を、こし器で裏ごしする。


「マスター、それは?」


「こうしちゃえば殻は混ざらないだろ?」


 続いてギルバートは新しく切った食パンを、切れ込みを入れてから卵液に浸す。


「本当は厚切りにするとふわふわでうまいんだが、今日は浸す時間がないから薄切りで勘弁してくれ」


「え、と……、というか何を作ろうとしてるんです?」


「フレンチトーストだよ」


「ふれんちとーすと?」


「おっと、食べるの初めてかい? ならできてのお楽しみだ。さて、浸している間にサラダを作っちまおう」


 水洗いしている野菜を、ギルバートはちらりと見た。

 水切りしてあった葉野菜を、ギルバートはもう一度水の張ったボウルで洗う。レタス、ベビーリーフ、エンダイブ。食べやすい大きさへときれいに手でちぎりながら水に浸していく。


 ソラは、その時ギルバートがさり気なく傷んだ葉や堅そうな葉を取り除いていることに気づいた。さらにギルバートはもう一つ水の入ったボウルを用意し、一度洗った葉を移していく。なんでそんな面倒なことを? とソラは思ったが、よく見ると新しいボウルにも土や汚れが少しずつ底に落ちていった。


 ギルバートは数回同じ作業を繰り返し、葉野菜をきれいにする。

 洗い終わった葉をようやくザルに移すと、上に別のザルと重ね、上下に振って水を切った。

 それからキッチンにきれいな布巾ふきんを敷いて、洗った葉を一枚一枚丁寧に並べていく。


「え、なんで並べてるんですか?」


「うん? こうして一枚一枚葉を伸ばしてから別の布巾をかぶせて水気を拭き取るんだよ」


「ザルで水切るだけじゃダメなんですか?」


 洗ったらザルで水を切るだけだと思っていたソラはそこでまた驚く。


「ああ、こうして丁寧に水を拭き取ったほうが、見栄えもいいしドレッシングとのからみも良くなる。……サラダなんて野菜を洗って盛り付けるだけだと思うだろ? たしかにそうなんだが、それでも工程を丁寧にやると味が全然違うんだ」


 そして上から別の布巾を被せ、ふんわりと包むように水気を拭き取っていった。


 『――なにも、知らなかった』


 見ていたようで見ていなかったのだと思い知らされる。サラダ一つで、こんなに手間を掛けているなんて知らなかった。

 ようやく野菜を洗い終えたギルバートが、サラダを盛り付けていく。その時も葉野菜が潰れないようやさしくふんわりと盛り付けていた。

 最後に作り置きのドレッシングを掛ける。


『マスター、いつもこんな丁寧に料理をしていたんだ……』


「これでよし、と。ソラちゃん、サラダとトーストをテーブルに運んでおいてくれ。俺はフレンチトーストを作っちゃうから」


 ソラができあがった料理を運んでいる間に、ギルバートはフライパンにバターを溶かし、卵液に浸した食パンを焼き始める。卵とミルクの甘い香りがキッチンに漂い始めた。


「マスター……いい香りがします」


「いいだろう。こう、やっぱ朝のフレンチトーストの香りはテンション上がるよな。おっとソラちゃんは初めてだったか。楽しみにしててくれ」


 フレンチトーストを焼き上げ皿に乗せたギルバートは、メープルシロップとともにテーブルへと持ってくる。


「さ、二人で作った朝食だ。冷めないうちにいただこう。フレンチトーストはそのままでも甘いが、好みでメープルシロップをかけてくれ」


「はい、いただきます」


 ソラはまずサラダを食べた。今までと違ってしっかりと葉野菜の味一つ一つを味わう。


『今まで気に留めてなかったけど、こうして食べるとシャキシャキ感も歯ざわりもいい。苦みもない。マスター、ずっとこうやって作ってくれてたんだな……』


 続いてフレンチトーストに移る。ナイフとフォークで一口分を切ると、外はサクサク、中はフワフワの食感が手に伝わる。

 口の中にいれると、甘い卵とミルクの味がじゅわっと広がった。


「んん〜〜〜〜!! マスター、これすっっごいおいしいです! 未知の食べ物です!」


「そりゃ良かった」


 何でもなさそうにギルバートは言い、焼いたベーコンを乗せたトーストをかじる。


「うん、こっちもおいしいよ。ありがとなソラちゃん」


「そんな。私なんて何もできてないです……」


 めずらしくソラがしょんぼりした顔をする。


「私、マスターの料理なんにもわかってませんでした。自分でも簡単にできるだろうって、高をくくって、失敗して……恥ずかしいです」


「なーに言ってんの。そもそも寝坊したのは俺だぜ。ソラちゃんのほうがずっと偉いよ」


「うう……ますた〜」


「よければ、今日これから一緒にキッチン入ってみるかい? ちゃんと料理のこと教えるよ。まあ俺だって自慢できるほどの腕じゃないけどさ」


 ギルバートがそう言うと、ソラがぶんぶん首を横に振った。


「とんでもないです! 今日はマスターのこと見直しました! マスターの料理はすごいです」


「はっは、まさか寝坊したのに見直してもらえるとはなあ」


 ギルバートが苦笑する。


「マスター、今度はメープルシロップかけてもいいですか」


「おう、うまいぞ」


「んんんん〜〜〜〜〜〜〜すっごいおいしいです!!! マスターは天才です!」


「そりゃ良かった」


 初めて二人で作った朝食は、あっという間に二人の胃袋へと消えていったのだった。

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