第7話 フレンチトースト 前編

(※今回ソラからの三人称視点となっています)


「マスタ〜〜、もう開店時間ですよ。また寝坊ですか〜?」


 喫茶店『シリウス』の二階に呆れたような少女の声が響く。一階の店舗スペースから階段を上がってきたソラは、ややむくれた顔で居住スペース……ギルバートの自宅を見回した。


 ソラは元々ギルバートから店の合鍵を預かっている。

 ギルバートは店長だと言うのに仕事のやる気がなく、始業時間を過ぎても起きてこないなんてのはしょっちゅうだ。そこでソラが勝手に開けて店の掃除や開店準備をすることもある。だが今日は本来の開店時刻になっても起きてこないのでさすがに様子を見に来たのだった。


 二階は男やもめの一人暮らしにしては片付いていた。何度か上がったこともあるソラは勝手知ったる足取りで、ギルバートの寝室へと向かう。


「マスター、また二日酔いですか〜?」


 そう言いながらソラは寝室の扉を開けた。そして案の定というべきか、ベッドの上で寝こけているマスターを発見し顔をしかめる。


『まったくまったくまったく! このダメマスターは〜』


 顔をしかめたまま何度か頬をつついたり、わざと耳に息をふっと吹きかけたりしてみる。

 起きる様子はない。

 気持ちよさそうにぐうすかいびきを立てていた。


『はー、全然起きないし。なんでこのぐーたら男が喫茶店なんか経営してるんだろ』


 しばらく寝顔を眺めていたソラだが、やがて、


「そうだ♪」


 と、一言つぶやくと下の階へと戻っていった。


 ◆


『シリウス』一階のキッチンに立ったソラは、普段の制服の上からさらに調理用エプロンを着ける。


「今日は私が何か作ってあげるとしますか」


 普段、ソラはここの賄いモーニングで朝食を済ませている。

 今日は逆に自分が朝食を作ってあげたらマスターは驚くのではないか、そう考えたのだ。あのやる気のないマスターに反省させる良い機会である。ソラはさっそく朝食の準備を開始した。


 食パンを切ってトースターにセットする。サラダ用の葉野菜とミニトマトは冷蔵庫から出して水洗いする。


 メニューはベーコンとオムレツにすることにした。いつもマスターの手つきを見て、自分でもこれならすぐできると思ったのだ。

 フライパンをコンロにかけて火を点け油を引き、ベーコンを並べてカリカリになるよう焼き始めた。


 しかし早くも想定外の事態が起こっていく。


「あれ……なんか、油多い? っていうかなかなかカリカリにならないな……………あれっ? 裏焦げ始めてる! まずいまずい!」


 慌てて裏返したり火を弱めたりする。どうにかこうにか火が通ったベーコンを取り出すが、油が多くベチャッとしておりカリカリには程遠かった。


「……ま、まあこれはこれで食べれるよね。つぎ!」


 軽くフライパンを洗ってから、再び火にかけバターを溶かしていく。


『卵を割って――そうだ。マスターっていつも片手で卵割ってたよね。あれ、かっこいいから一回やってみたかったんだ』


 コンッコンッ、ベシャッ。


 しかし、卵は片手で割れることはなく、砕けていびつな状態でボウルに落ちる。


「――あはは、失敗失敗」


 コンッコンッ、ベシャッ。

 2個目もうまく割れず、ボウルの中には盛大に殻が混じっていた。


『も〜〜〜、取ればいいでしょ、取れば!』


 内心で愚痴りつつ菜箸で殻を取り出そうとするが、卵の中で滑るように逃げてしまいうまく取れない。


『あーっ、もうっ、マスターはあんな簡単そうにやっていたのに!』


 その間にトーストが焼き上がる音がする。同時に、フライパンのバターが焦げ始めていた。


「あ、わ、わ、わ」


 慌ててコンロの火を止めようとする。その拍子に片肘がぶつかって卵液の入ったボウルがキッチンの端から滑り落ち――、


「しまっ――」


 床へ向けて落下したそれを、上からすっと伸びた大きな手のひらが受け止める。お陰で卵液はこぼれることなく無事だった。


「あ――」


「なんかいい匂いがするもんで、つい起きちゃったよ」


 ソラが顔を上げると……、いつの間に起きてきたのかギルバートがいた。無断でキッチンに入っているソラに怒ることなく、やさしい笑顔を浮かべていた。

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