第4話 はじまりのカフェオレ 前編
喫茶店『シリウス』は今日も客が来なくて暇だった。
「マスター、こんなんじゃお店潰れちゃいますよ〜」
「いいんだよ、俺は仕事したくないの」
「もー、このダメ店長!」
ソラちゃんとするこのやり取りも何十回目だろうか。3日に一度はしている気がする。もはやルーチンだ。
ソラちゃんもついに立っていることをやめ、カウンター席に座っている。俺は最初から座って待ってればいいと言ってたんだが、彼女自身が『いえ、店員としてのプライドがあるので』と立っていたのだ。
そのソラちゃんがついに根負けしたのである。俺の店の暇さ加減よ。
俺もやることがないので、ソラちゃんにはサービスでカフェオレを出している。もはや店員なのか客なのかもわからない。
カフェオレを飲みきったソラちゃんは、カウンター越しにお小言を再開する。
「もー、マスターほんとこの店大丈夫なんですか? 私がここに来てから一年経ちますけど、全然働いてないですよ」
「働かないで給料もらえるならいいことじゃないか」
「違うんです、私はお店の心配をしているんです! だいたい、私みたいな超絶美少女店員を雇っているのに、もったいないと思わないんですか?」
「自分で言うかい」
まあその通りだが。
ソラちゃんは、
うちみたいな場末の喫茶店にはもったいない美人店員だ。
誓って言うが見た目で選別したわけじゃない。
むしろ店員なんて誰でもよかったから、最初に来た人を何も考えず雇うつもりだった。女か男かすらどうでもよく、本当に老若男女亜人神悪魔だれでもよかった。
最初にソラちゃんが来たのは偶然に過ぎない。
正直、ソラちゃんが応募に来たときは困ったもんだ。『なんでこんなかわいい上にしっかりした子が来ちゃうんだよ!』と内心叫んでいた。
何度も言うが俺は店を繁盛させたくない。ソラちゃんみたいな美少女を雇って、もし彼女目当てで客が来るようになったら困るのである。
だから、最初の無条件採用はやめてお断りしようかと思っていたんだが――、
◆
『お願いします。もう他に行くところがないんです。何でもするから雇ってください』
『…………』
◆
どうもなんか訳アリっぽいので、そのまま雇っている。
まさに借りてきた猫のような状態だったあの頃を思うと、まことにたくましくなったもんだ。
「あの頃のソラちゃんはおとなしかったのになあ……」
「はぁん? なんかマスター失礼なこと考えてません?」
「カンガエテナイヨ」
ぷるぷると首を振って無罪を主張する。ソラちゃんはカウンター席からじとーっとした目を向けてきた。
そんな仕草すらかわいらしい。
「まあまあ、ところでソラちゃん、おかわりいる?」
「……砂糖とミルクたっぷりで」
あくまで、しぶしぶ、仕方なくといった顔でソラちゃんは言った。
◆
ソラちゃんに最初に出した飲み物も、カフェオレだった。
一年前、喫茶店を開店したばかりの俺は、夢の引退生活を満喫していた。
生活の心配なく趣味の喫茶店を営業する。好きなコーヒーと本に囲まれて、のんびりとカウンター裏で過ごす。俺の理想とした生活そのものだった。
自分用に入れたコーヒーを飲みながら、冒険者時代には読めなかったお気に入りの小説をゆっくりと読んでいた時、カランコロンとドアベルが鳴ったのだった。
「いらっしゃい」
読書を中断して椅子から立ち上がると、驚いた。
こんな場末の喫茶店には不釣り合いな美少女がいたのだ。しかもお客にしてはどこかおかしい、やけに不安げな表情をしている。
中年のおっさんが一人で経営している店だ。怖がらせちゃったかな、と考えていると美少女は意を決したように口を開いた。
「あの、表の張り紙、見たんですけど……」
「張り紙……ああ!」
言われて、俺は表の窓に従業員募集の張り紙をしていたことを思い出した。
『接客店員募集中! 給料日払い、当日から勤務可、時給1500リル、賄い付き!』
内容はよくあるバイトの募集広告だ。正確には、この世界には労働法なんてないのでバイトも正社員も全部「従業員」になるが。
ちなみに時給は気持ち相場より高めにしておいた。俺自身が前世ブラック企業で働いていた分、従業員には優しくしたい。
俺の驚きを誤解してしまったのか、美少女の顔が曇る。
「あの、もしかしてもう募集してませんか……?」
「いやいや、大丈夫。まだ決まってないよ。どうぞこちらへ」
慌てて彼女に席を勧め、俺は表の札を『CLOSE』へ換えた。
◆
店内のテーブル席で俺は美少女の面接を始めた。
「ソラ・シグナスさんね。年齢は?」
「17歳です」
「王都に住んでいるの?」
「いえ、来たばっかで……」
「接客業の経験はある?」
「……いえ、働くのも初めてです」
「応募してくれたきっかけは?」
「その、たまたまここを通りかかって、張り紙を見て……、給料当日日払い可って書いてあったので……」
当たり障りのない質問をしつつ俺は内心困っていた。
そもそもバイトの募集をしたのは、俺が働きたくないからだ。コーヒーを入れたり料理を作るのは楽しいが、それ以外の掃除や接客はなるべく早く終わらせたい。元々客入りの極端に少ない喫茶店だ。ただでさえ暇な状況をさらに暇にするためのバイト募集だった。
なので、雇うのは誰でもよく最初に来た人を機械的に採用するつもりだった。
だったのだが……、
『こんな美少女が来ちゃうとはなあ……』
ソラさんは客観的に見ても超のつく美少女だった。美しいスカイブルーの髪も、瑠璃をはめ込んだような瞳も、透明感のある顔立ちも、すべてが完璧だ。今は表情が固いが、笑えば誰をも魅了するだろう。
ソラさん目当てで客が押し寄せかねない。まあここは『はきだめ横丁』なのでそんなすぐ混雑店にはならないだろうが、彼女が客を引き寄せる力は十分にある。
それは困る。俺は忙しく働きたくないのだ。
『う〜ん、彼女には悪いけど、ここは穏便に断って……』
と、俺がソラさんを雇わない方向で決めつつあったときだ。
「あ、あの!」
「うん?」
どこか切羽詰まった表情でソラさんは声を上げた。
「働くのが未経験なのも、王都に宿がないのも、問題だってわかってます。でもどうか、お願いします。もう他に行くところがないんです。何でもするから雇ってください!」
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