第3話 平和な喫茶店
今日も我が喫茶店『シリウス』は開店休業状態だった。客は一人もいない。
俺はカウンターの裏でカップ磨き。ソラちゃんは床のモップがけをしている。
床掃除を終えたソラちゃんが、モップの柄の先に手とあごを乗せて、しみじみとつぶやいた。
「暇ですねえ……」
「いいことだな」
「も〜……」
ソラちゃんに活気がない。いつもなら『こんなんじゃお店潰れちゃいますよー』と返ってくるのだが、今日はそれを言う元気もないようだ。
はぁ、とソラちゃんは一つため息を付くと、
「マスター、私ちょっと裏で掃除道具片付けてきます」
そう言って、モップと水の入ったバケツを持ち上げた。
「ありがとう。気を付けてな」
「はーい」
そのまま従業員用の通用口から店の奥へと向かう。
ロワール王国は近代的に上下水道が整備されている。といっても日本みたいに各家庭に水道が通っているわけでなく、一定の区画ごとに汲み上げ式の井戸が整備されている状態だ。シリウスはもとが宿屋だったおかげで専用の井戸が裏にある。
ちょうどソラちゃんが裏へ引っ込んだ時、カランコロンカランコロンと荒々しくドアベルが鳴った。
ソラちゃんのいないときにお客さんが来るのか……俺は苦笑しつつ振り返る。
「いらっしゃ――」
「金を出せ!」
やってきたのはお客ではなく強盗だった。
二人組の屈強な男たちが、騒々しく店の中に入ってくる。
俺の前までやってくると、長剣を抜き放ってカウンター越しにこちらへ突きつけた。
「さあ、こいつで切り刻まれたくなかったら店の有り金全部よこせ!」
「妙な真似したり時間を稼ぐと承知しねえぞ! さっさとしろ!」
ふむ、二人とも剣の使い方は慣れている。だが装備品がよくない。使い古しの剣と鎧だけだ。中級の冒険者くずれと言ったところか。
俺は落ち着いて返事をした。
「あんたら、その剣をしまって席に着く気はないか?」
「ああ!?」
「そしたら王都で一番うまいコーヒーを入れてやる。特別に金はいらない。それを飲んだら大人しく帰れ。それだけで今日は最高の1日になる」
強盗たちは互いに目を合わせると、歯をむき出して笑った。
「ハハハハハ! こいつはおもしれえ。久しぶりにバカな獲物に出会ったぜ」
「クソオヤジ、恐怖で頭トンじまったか? いいからさっさと金を出せ!」
「しかもなんだ、こーひーだぁ? あれだろ、あの泥水みたいなマズイ飲みもんだろ? 金積まれたって誰が飲むかよ。命乞いなら酒だせ酒!」
最後のセリフがアウトだったな。
俺はもう冒険者を引退してるし争いはしたくないんだが、いまのは聞き捨てならない。
「はっはっはっ、コーヒーを泥水呼ばわりか。ははははは」
「ハハッ、ほんとのことだろあんなマズイの。この世の飲みもんじゃねえよ」
「ヒャハハハハハハハ」
「ははははは――――貴様ら許さん」
俺は笑顔を引っ込めると、二人の剣を裏拳でへし折った。
中程から折れた刃があらぬ方向へ飛んで行くのを見て、強盗たちの目が驚愕に見開かれる。
「なっ!?」
「バカな!!?」
パキパキと拳を鳴らしながら俺は言った。
「お前ら、ひとつ褒めてやる」
「は、はぁ?」
「ソラちゃんが奥に引っ込んでいる間に、強盗に来たことだ」
あの子に、野蛮な場面は見せたくないからな。
「な、なにを言って……ヘブっ!」
俺はカウンターから飛び出しざま、強盗の片方に飛び蹴りをくれた。コーヒーをバカにしたやつだ。
俺の前でコーヒーをけなした強盗は、哀れにも壁際まで吹っ飛んでいく。
「アニキ!」
残った一人があわてて駆け寄ろうとする。その前へ俺は立ちふさがった。
「お前ら、強盗に入るならよく店を調べとけよ」
「ひぃっ」
「うちがのんきに強盗にやられる店に見えるのか?」
「ひ、ひいいいい!」
恐怖に顔を青ざめさせながら、強盗が短剣を抜き出して俺に向ける。
「ど、どどどどういうことだ、俺達は元Cランク冒険者だぞ。どうしてこんな丸腰のオヤジが強えんだよ!?」
Cランクだったのか。にしては腕がいまいちだな。
「ふんっ」
俺は回し蹴りで短剣を弾き飛ばした。
強盗は呆然として空っぽになった手を見つめる。
「あ、あわわわわわわ」
「いい勉強になっただろ。これに懲りたら強盗なんかやめて真っ当に罪を償うことだな。あと、二度とコーヒーを馬鹿にするな」
「な、何だてめえは、いったい何なんだ!?」
「喫茶店のマスターだよ」
みぞおちに当て身を食らわして残った強盗も気絶させた。
やれやれ、とんだ客だった。とりあえず拘束して後で王都警察に引き渡そう。
◆◆◆◆
すべてが終わって店内も片付けた後、ソラちゃんは戻ってきた。
「……ふぅ。マスター、掃除の後片付け終わりました」
「お疲れ、ソラちゃん」
「やっぱりお客さんは来てないですね」
「ああ、誰も来なかったよ。のんびりしたもんさ」
「あーあ、たまにはびっくりするような事件とか起きませんかね〜」
んん、と背中を伸ばしながらソラちゃんが言う。俺は微笑した。
「平和が一番さ。それよりほら、カフェオレ一杯どうだい?」
「いただきます!」
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