4章 表と裏①

 ノエルが上着の内ポケットから四つ折りの紙を取り出し、エリックの方へ渡した。


 受け取ったエリックはそれを開いて中をあらためる。枚数は3枚だ。


「これは…3つの短編?コンスルが写したものではなさそうだけれど」


「それは私が書き写したものだ」


 そう言われてエリックはあらためて短編を読み直す。何かかわっているのかと思ったが何も変わらない、この3日間嫌と言うほど読んだ短編だった。


「これがどうしたんだ?」


 ノエルは顎を擦り斜め上に視線を上げている。


「ずっと、違和感と言うほどではないが小さな引っかかりのようなものを感じていた」


 そう言われてもエリックにはこれだろうと思えるものに心当たりがなかった。


「例えば?」


「その3つの短編に隠された魔術を発動させるための手順。もう少し上手く隠せたのでは?とおもってしまう」


「深い謎は隠されていないと言ったのはキミじゃないか。今更何を言い出すんだ」


「謎はね。隠し方の話さ。もう少し上手く隠す短編を考えられた気がしてしまうんだ。魔術師の感覚はわからんが正直、3の短編に隠された手順などよく見つけられたものだと思ったよ」


 エリックは何も言えなかった。3の短編に隠された手順は見つけたと言うより煮詰まった議論が良い方向へ転んだだけの産物だとエリックにも思えていたからだ。


「当然だがゴードン氏は作家ではないのだから上手い文章が書けないのは仕方ないと言われればそれまでの話だ。つまりその程度の違和感だ」


 乾いた口の中を潤すように一口コーヒーを含んだノエルに対して


「他には?」


と先を促した。


「ゴードン氏の妻の一件を事故と大きく報道したことや短編の裏の文も少し気になる」 


「間違っていたのなら正しい情報を伝えるのは当然だろう。いくら部数がなんだと言う話があっても。それにその文も俺は特に何も思わなかったけどね」


「その通りなのだが方法の問題さ。もみ消されたとか批判が集まっては意味がないだろう?それと裏の文は…私の気にしすぎかも知れない。例えばだが許してくれ、なんて書かれていると後ろめたいことがあるのかと勘ぐってしまうだけだ」


「話が見えてこない。つまり、何が言いたいんだ」


 エリックはあからさまな苛立ちを見せる。


「もう一度言うがこれは私の想像だ」


とあらためて前置きをしたノエルはエリックの手元から1の短編が書かれた紙を引き抜く。


「この短編を見てくれ」


 言われてエリックは再び1の短編に目を通す


ーーーー


 雛鳥はぐるぐると円を描く。


 可愛らしく薔薇の周りに円を描く。


 ふと目を離した瞬間に雛鳥は空へと飛び立とうとする。


 当然、飛べずに雛は地に落ちる。


 それと同時に円はぐっと小さくなる。


 すぐに雛鳥を掬い上げる。


 それから円を元に戻す。


 そうすればきっと薔薇は折れずに済んだだろう。


ーーーー


「エリック、雛鳥とはなんだ?」


 質問の意図を掴みかねるエリックは苛立ち混じりに答える。


「雛鳥は子供の鳥さ。まだ羽が生えていなくて飛べない鳥、というところか?」


 ノエルはそれに対して何も言わず次の質問をする。


「なら途中に、ふと目を離した瞬間、とあるが目を離したのは誰だと思う?」


「書き手。それか親鳥か?親鳥が文章を書いていると考えるとそのあとの、飛び立とうとする、という文は親元を離れていく、というようにも捉えられるな」


 ノエルは大きく頷いて肯定する。


「親鳥あるいは書き手と雛鳥。誰を指していると思う?」


「これがゴードン氏とコンスルだと言いたいのか」


 親鳥という言葉を出した時、何となく2人の事だとエリックは思った。


「そう考えるなら薔薇は誰を指すと思う?」


「まさかゴードン氏の妻、コンスルの母だと言いたいのか?確かに薔薇は恋人や奥さんに贈る花ではおると思うが」


 相変わらず難しい顔をしているのノエル。この時のエリックも既に踏み込んではいけない所へ踏み込んでいる気がしていた。


「…そう仮定した時、最後の一文どう思う?」


 最後の一文に目を通したエリックはゾッとした。もう一度短編を読み直してめまいがした。


「待て、待ってくれ!」


 胃から酸っぱいものが込み上げてきた。それをなんとか飲み込んでエリックは叫んだ。


「キミはと言いたいのか?!」


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