4章 表と裏②

「殺した、と言うのは違うな。コンスルさんは当時2歳、分別もつかないだろう。これは事故だといのが正しい」


 どん、とエリックはテーブルを叩く。


「それは定義の話だろう!どこにそんな根拠がある!」


 感情を剥き出しにするエリックに対し、ノエルは何のことはない、といった様子で話を続ける。


「根拠も証拠もない、と言ったはずだが…。その前提で読むと1の短編は、椅子に座る母親の膝の上で遊ぶ子ども。母親の趣味の手芸用の毛糸をネックレスのようにぐるぐると巻いていく。それを微笑ましく眺める両親。ふと父親が席を立った間に落ちたのか跳んだのか、毛糸の端を持ったまま子どもは地面へ降り、毛糸の輪っかは母親の首を絞める。父親が戻ってきた時には既に」


「もういい!」


 エリックは立ち上がり怒鳴った。


「その想像になんの意味がある!キミは何がしたいんだ!コンスルに、お前は殺人鬼だ、と突きつけたいのか?!」


 エリックの怒号を意に介さずノエルはコーヒーに口をつける。


「コンスルさんとゴードンさんは仲がよかったのか?」


 思ってもいなかった質問にエリックは、え?と気の抜けた声をあげた。


「良い、とは言えなかった。2人はよく言い争いをしていた。傍から見ていると不器用な2人がすれ違っているように思えた」


 怒りの宛場を外されたエリックはノエルを睨みながらも席に座る。


「私は多分…」


 ノエルは手の中のコーヒーカップに浮かぶ波紋を遠くを観る眼で眺めている。


「それを感じていてコンスルさんに自分を重ねていたのだと思う」


 ノエルはエリックをじっと見た。


「話したことはあったか?私の父も探偵だったんだ。私と違って随分と優秀なね。その父が亡くなった際にあの事務所を継いで探偵になったのだが、父を懇意にしていた顧客はあっという間に離れていってしまってね。今では閑古鳥が鳴きっぱなしなのだが…」


 ノエルは一呼吸おいて。


「私が探偵になったのは父が継いで欲しいと遺言を遺したからだ。遺言に従って探偵を継いだが失敗続き、父とは違うと突きつけられる日々でうんざりだった。何故私に継がせようとしたのかと恨めしく思っていた。でも…もし、生きている間に話が出来ていたらとふと考える時がある。それが出来ていればあるいは…」


 ノエルは小さくかぶりを振る。


「ゴードン氏が遺したものを解き明かせば2人の諍いも少しは解消出来ると思ったのだがね」


「その結果がコンスルの母親殺しというわけか?」


 エリックは悪態をつく。ノエルの考察と告白に感情がついていけていないエリックはそれしか出来なかった。しまった、と思ったが撤回する気も起きなかった。


 ノエルはまたどこかを眺めている。


「なぜ、ゴードン氏はこれを書き残したと思う?」


 エリックは何も答えられない。


「もし、ゴードン氏がコンスルさんを疎ましく思っていてこの事実を突きつけたいと思うならもっと直接的に書けばいい。ではなぜそうしなかったか。

 また想像するしかないが考えられるものの一つはゴードン氏が黙っておけなかった。沈黙することに耐えきれず誰が気づいてくれるかもしれないとほんの僅かな期待を込めて書いた。

 もう一つは…いつかコンスルさんが何かの拍子に知ってしまった時のため。彼を支えてくれる人を予め作ろうとした。というあたりだろうか」


「また想像か…」


 エリックは項垂れた。そこにミレイが食事を運んでくる。大丈夫?とエリックではなくノエルに尋ねる。ええ、おそらく、と勝手に答えるノエル。


 エリックは暫く項垂れたままだった。それを横目にノエルは食事に手をつけ始めた。

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