3章 裏④

 新聞社の向かいのカフェ『サンスセット』に入る。店の名前をずっとサンセットだと思っていたがどうやら本当に間違っていたらしい。


 窓側の、新聞社の建物が見える席に座る。昼食時より少し早いため店内は空いていた。ひとまずコーヒーでも飲もうかと思いながら財布の中身を確認する。十分に中身はある。注文をしようと顔を上げたところでフレッシュジュースの文字を見つける。昨日のフレッシュジュースを思い出して注文をフレッシュジュースに変える。


 リコット新聞社の建物を眺める。もっと綺麗で大きな建物だと思っていたがあらためて見ると随分と年季が入った建物だったようだ。


 不意に眠気に襲われる。明け方までかけて短編の下の文章を読み取っていたのだから仕方ない。


 ノエルは読み取った文章を想起する。事故、殺人犯、何があったのか何が伝えたかったのか。それを知るために報酬も蹴って、古巣まで頼ってきた。


 ノエルにはもう一つ疑問があった。何故自分はここまで肩入れしているのか、と。


◇ ◇ ◇


 昼食時も過ぎてフレッシュジュース、紅茶、コーヒーと飲み干した頃、外から窓が叩かれた。


 アリアナが外から、出てこい、という身振りをしている。ノエルはすぐに支払いを済ませて店の外に出てアリアナと合流する。


「あったわよ」


と言ったアリアナはどこか浮かない顔。


「あんまり面白い話じゃなさそう。資料室に準備してあるわ。行きましょう」


「資料室…入っていいんですか?」


「本当は駄目よ。あなたはもう部外者なんだから。だからバレないように堂々としてて。裏から入るわ」


「わかりました」


と言ってアリアナについて行く。


 正面入り口とは違う、リコット新聞社の記者や従業員が出入りするが方の入り口へむかう。中に入り、薄暗い通路を進む。階段を登り、2階の突き当たりの部屋に入る。


「テーブルの上に置いてある記事がそうよ」


 アリアナが指差すテーブルの上には見開きで2枚の新聞記事が置かれていた。ありがとうございます、と言ってノエルは置かれた新聞記事の1枚を手に取る。


「それであってると思うけどどうかしら」


 ノエルは見出しを読んだ。


『大魔術師、妻を殺害か』


 ノエルは記事の内容に目を滑らせ、ゴードン、という名前を見つける。それからもう1枚の記事の見開きを読む。


『事故!魔術師ゴードン無罪』


「間違いなさそうです」


 そう言いながらノエルは記事の内容を読んでいく。記事の内容を要約すると一つ目の記事はゴードンの屋敷の庭で妻のミーナが首に紐が絡まったことで亡くなった。その時、庭には他にゴードンと2歳の息子しかおらずゴードンがミーナの趣味の手芸用の毛糸を使用して殺害したのではないかと疑われている、と書かれている。2つ目の記事は調査の結果事故だと証明されゴードンは関与していなかった、と書かれていた。


 なるほど、と呟くノエル。


「ねえ、まさかその事故が本当は殺人だった、なんて言わないでしょうね?」


 窺うように尋ねるアリアナ。


「ええ、これは事故ですよ。そんなことは…」


 振り返ってアリアナの方を見たノエルはその後ろに立つ人物に目を丸くして言葉を失った。異変に気づいたアリアナも振り返って悲鳴に近い驚きの声を上げる。


「へ、編集長!」


 そこにいたのは編集長のデリー。驚きで肩を跳ねさせたアリアナを他所目にゆっくりとノエルの方へ向かって歩き始める。


「お久しぶりです、お邪魔しております…」


 冷や汗をかきながらノエルは頭を下げる。デリーはギロリとノエルを睨み、ノエルを押しのけるようにテーブルの前に立つ。


「アリアナが何か嗅ぎ回っているのかと来てみれば…」


 テーブルの新聞記事を手に取る。


「随分と古い事件を調べている」


 誰に話すわけでもなく話を続ける。


「俺がまだ駆け出しの記者だった頃に起きた事件だ。まあ、よくある事件だったし担当したわけでもないががそれでも覚えているのは…」


 そこで言葉を止め、ノエルをちらりと見た。


「新聞ってのは情報の伝達、報道を担っっちゃいるが結局のところはビジネスだ。人目を引く見出しで読者を集めて部数を伸ばす、それをしなくちゃ俺たちは食っていけない。だからこうやって『殺害か』なんて見出しを書く」


 デリーはもう一つの記事を手に取る。


「珍しいな、と思ったのよ。大見出しでひっくり返すような紙面を作るなんて。『無罪』なんて書いちまったら読まなくても中身がわかっちまう、普段はあんまりでかくは載せない見出しだ」


 テーブルの上に新聞記事を戻しながら遠くを見つめるような目をする。


「珍しいことをするもんだから色々言われたんだよ。事件をもみ消そうとしているとか真実を隠してるとか、この魔術師が魔術で殺したに違いないからそれを暴けとか」


「どうしてそんな珍しいことをしたんですか?」


 アリアナが尋ねた。


「さあね。言っただろ、俺は担当じゃないしまだ駆け出しだったって」


 そう言いながら部屋の出口へ向かう。


「ノエル」


 不意に名前を呼ばれたノエルは上擦った声で返事をした。


「今回は見逃してやる」


 それだけ言い残してデリーは去っていった。


「はあ、びっくりした」


 アリアナは額を拭う。


「もういいかしら?これ以上は心臓に悪いわ」


「はい。ありがとうございました」


 ノエルはアリアナに頭を下げる。


「いいのよ。力にはなれたかしら?」


「それは勿論。色々とわかりました」


「そう、なら…」


 アリアナはイタズラっぽく笑う。


「お礼、楽しみにしてるわね」


 それを見たノエルは苦笑いを浮かべた。

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