3章 裏②

 机の上にポツンと置かれた封筒が気になった。片付け忘れかと思ったがここに置いてあるらしい。中身はゴードン氏が残した短編の原本だという。


 ノエルは立ち上がって封筒の元へ向かう。庭の外で魔術の実験に付き合うよりまだ何の案も出ていない3の短編について考えた方が役に立つだろう。


 そう思って短編の書かれた紙を机に並べる。そしてその前の椅子に座った。


 あらためて1の短編を読む。1の短編から外法の手順を見つけ出すのはそれほど難しくなかった。円を描くという表現が魔術の円と繋がったからだ。それからゼオルの知恵で外法というものが議題にあがり、それらしい手順が完成した。


 それが正解だったかどうかはそのうちわかるだろう、そう思って窓の外に視線を向ける。


 それからノエルは2の短編の書かれた紙を手に取る。


 これもそれらしいものが見つかった。見つかりはしたがどうなのだろうか、とノエルは内心思っていた。円形の魔法陣の最後の一重だけを逆周りで書き込むという手順。隠し方に荒さを感じたのと手順が単純すぎる気がしていた。しかし魔術師たちはこの手順に何か感じるものがあるのかやってみようとなっている。


 自分には分からない何かがあるのだろう。そう思って口を挟まなかった。


 そして最後の一枚、3の短編を手に取る。この3の短編に関しては誰もそれらしい案を出せなかった。


 ノエルは3の短編を目の前に置き、腕を組んで思考を巡らせる。短編には外法の手順が隠されている、その考察が正しいかどうかは魔術師たちが結論を出すだろう。ひとまずは正しいとして考察を進めよう。


 外法というのはどうやら不完全な魔術を無理やり発動させる手段のようだ。想像するに不完全な魔術をなんとか発動しようと試行錯誤した結果生み出されたものだろう。


 ここで気になるのは魔術を生み出す段階で特定の外法を使って発動させる、と計算して生み出すことができるのかというところだ。


 魔術師たちに聞いて見なければ確かなことは分からないがそこまでは出来ないのではと思っている。


 出来ない、という前提で考察を進めるとゴードン氏は3つの不完全な魔術を生み出し、その魔術を発動するための外法を探し出す。それからその手順を指し示す短編ような短編を書いた、ということになる。だから…


(と言って見えるものはないな)


 ノエルは前髪をかきあげ、もう一度目の前の3の短編に向き合う。


 注目すべきは登場する3人の男だろうか。3人がそれぞれ秘境を目指し、それぞれが願いを叶え、そして死ぬ。唯一違うのは3人目の黄の男だけは息子の病は治るという形で救われるものがあったことだろうか。


(まさか命懸けで魔術を使えということはないだろう…)


 ノエルは再び腕を組んで天井を見上げる。思考を巡らす、というよりただただぼーっと見上げただけだった。


『書記魔術』


 ふと、その名前を思い出した。ゴードン氏が魔術書を書く際に使用した魔術。確かペンを使った時と違って筆圧による凹みが紙につかないのが特徴という話だったはずだ。


 これもそうなのだろうか、と思って目の前にある3の短編を手に取って目の高さで水平にする。


 よく分からない。角度を変え、光の当たり方を変え、そしてやっと。


(見えた。凹んでいる)


 文字の下に凹みが見えた。書記魔術で書かれたものではないようだ、と思った瞬間奇妙な違和感を覚えた。ノエルは眼鏡を外して文字の下の凹みに目を凝らす。


(なんだ?これは?)


 違和感の正体を見つけたノエルはその意味を考える。次の文字の下の凹み、その次と目を滑らせていく。何文字目かの下の凹みがはっきりと理解できた時、ノエルはハッとした。


 見てはいけないものを見てしまった、何故かそんな風に思えて背筋が寒くなるのを感じた。


 ノエルはすぐに3つの短編を封筒にしまい、コンスルの屋敷での自室へ急ぐ。


 部屋に入って扉を閉めてもたれ掛かる。手探りで取っ手を確認して鍵がついていないことに舌打ちをする。


 机に向かう。


 封筒から短編を一つ取り出し、あらためて凹みに目を凝らして確信する。


 短編の文字の下に凹みで書かれた別の文章が存在している、と。

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