2章 表14

 エリックは広間にいるコンスルの元へ向かう。コンスルにノエルが魔術の研究に参加出来なくなったことを伝える。少ししてノエルがやってきてコンスルに謝罪をし出かけていく。その姿を見送ってエリック、コンスル、イヴァンの3人は庭へ移動する。


 大きな丸テーブルを囲んで座り、そこに朝食が運ばれて来る。そこに遅れてミークがやってくる。


「遅くなって申し訳ない」


 ミークはイヴァンの隣の席に着く。


「遅くはなっていないよ。今から朝食だ。ミークはもう済ませたかな?」


「いいえ。急いで来たので」


「なら一緒に食べよう」


 そう言ってコンスルはサンドイッチの乗った大皿をミークの方へ回す。ミークは、ありがとうございます、と言って一つを取って口に運ぶ。


「それで、どうだったかな?」


 ミークはかぶりを振る。


「残念ながら外法について書かれている書物はありませんでした」


「そうか…となるとやはりゼオル殿か…」


 コンスルは空に呟く。


 サンドイッチは昨日とは違う具材だった。味付けも昨日はさっぱりしたものだったのに対して今日は濃いめの味付けだ。


 大皿が空になる。ニコルが大皿と全員分のグラスを下げる。すると屋敷の中に戻ったニコルがすぐにゼオルを連れて戻って来た。


「はっはっは!コンスル殿ありましたぞ!」


 手には一冊の古びた本が握られている。


「外法について書かれた手記!随分昔に貰ったものですからボロボロですが」


 そう言ってゼオルは机に手記を置いた。


「大したものではないですが。私が師に頂いた物でしてな!私も久しぶりに読みましたが懐かしくて夜遅くまで読み耽ってしまいました」


と豪快に笑う。


「触ってもいいのかな?」


とコンスル。


「もちろんですとも!」


 大きく頷くゼオル。コンスルは上着の内ポケットから白い手袋を取り出して両手にはめ、手記を開く。


 ページは茶色く変色していた。破らないようにそっと捲っていくコンスル。何ページかを読んでそっと手記を閉じる。


「なるほど本当に外法を集めて書き記したもののようだ」


とどこか嬉しそうにしているコンスル。


「ではそれを元に3つ目の魔術を発動させましょう」


 そう言ったイヴァンに笑顔で応えた。


 それからはゼオルが手記に書かれた外法を読んで皆に聞かせ、3の短編の内容に当てはまらないかと考察するという作業を繰り返した。やはり、というべきかエリックたちの興味は多彩な外法の数々に少しずつ移っていった。いつの間にか短編などそっちのけで外法について話し合う。既に廃れ、誰も使わなくなったものにも関わらず話し合いは熱を帯びる。途中、紅茶を差し入れに来たニコルが丸テーブルの上に人数分のカップを並べた後の去り際、休みも取らずによくやる、と零していった。聞こえたのは多分エリックだけ。


 魔術師の魔術に対する探究心は側から見れば異様なものに映るのだろう。しかし、魔術ほど有意義で面白いものは他にないだろう。何を言われようとエリックもこの話し合いを存分に楽しんだ。


 全員が前のめりに議論に参加している。それこそ休憩どころか出された紅茶に手をつけることもないほどに。


『ピーロロロロ』


 鳥の囀り。この時エリックは何故かこの声に気を取られた。鳥が珍しいわけではない。鳴き声だってよく聞くものだ。それなのにこの鳴き声は耳によく響いた。


 空、それから辺りを見渡す。当然、その姿は簡単には見つからない。探し出そうともせずエリックは議論に戻ろうと視線を戻した。


 テーブルを囲む4人、例えではなく前のめりの姿勢で。


 それが酷く歪に見えた。


(なるほど、ニコルが呆れるのもわかる)


 エリックは苦笑いを浮かべた。当然自分も含めて。


「どうした?エリック」


 コンスルに呼ばれてエリックは


「少し休憩しないか?紅茶もすっかり冷めてしまったし」


 ああ、と水をさされて不満そうな声で同意する。


 皆が冷めた紅茶に口をつける。一口、また一口と口に運び、外法の話を続けるタイミングを測っている。それを察知したエリックは先に話を始めた。


「皆、少し本題から逸れていないか?」


 4人の、8の目がエリックの顔を凝視する。エリックは勿体つけるように紅茶を一口飲む。


「今すべきは3の短編の考察。外法の考察じゃないだろう?」


「その短編の考察を進めるために外法を調べているのですが…」


「それが既にズレているんですよ」


とエリックは誰かに最近言われた台詞を言った。


「ならどうすべきだ?」


 コンスルが尋ねる。


「もう少し視野を広げるんだ。単純に発動しない魔術を発動させる鍵が短編に隠されている、そう考えると同じような考え方をしても出てくる答えは外法に限らないだろう?」


「…例えば?」


「短編に隠された方法で魔術式を書き換える、とか」


 うーん、と納得し切れない顔で唸るコンスルは魔術書を捲る。しばらく魔術書を睨んでいたコンスルが


「あ!」


と声を上げた。


「どう…されましたかな?」


 尋ねたゼオル。


「あ、いや…。大袈裟にしてすまない。ただ3番目の魔術式に『青』に相当する部分があってね…短編に出てくる色だったからつい…」


とバツが悪そうにしている。


「それ、『青』だけか?」


「え?」


「『赤』と『黄』もあるのでは、と思って。単なる思いつきだけど」


 エリックがそう言うとコンスルはまた魔術書を読み始める。


「あった!『赤』だ!」


「して、エリック殿はそれをどうすると?」


「そうだな…例えば正しい色だけ残して他の色は削除する、とか」


「『黄』だ」


「見つかったのか?」


「違う。エリックの言うように正しい色を残すなら残すべきは『黄』だ」


「何か確信できるものがありましたかな?」


 コンスルは頷く。


「昨日のノエルの話だ。黄の男だけが正しい願いの使い方をした、と言っていただろう」


「そう言えばありましたな」


 読み終えたコンスルが立ち上がり、少し離れて魔法陣を展開する。


「もう試すのか?」


 エリックが尋ねると


「当然だ」


と意気込むコンスル。随分と急いでいる、とエリックは感じた。


 コンスルが魔法陣に魔術式を書き込んでいく。完成した魔法陣は淡く光を放つ。


 魔術は発動した。

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