2章 表13

 コンスルの掛け声で夕食が始まる。しばらくは皆が食事と談笑を楽しんでいたがすぐに話は魔術と短編へと移っていく。そうなると当然、話は庭での話し合いに参加していなかったノエルへと振られる。


「ノエル、どうかな?3の短編について何か気づいたことはあるかい?部屋に篭っていたと聞いたけれど」


 コンスルは期待のこもった視線をノエルへ送る。短編に隠された外法を見つけるきっかけになったとは言えコンスルは随分とノエルのことを買っているようだ。よくわかっている、とエリックは内心思う。


 ノエルの発想力、想像力、分析力、考察力はどれも素晴らしい。どんなか細い糸であろうと手繰り寄せて真実に辿り着く。エリック自身もノエルの能力を頼りにして、それ以上に楽しんでいた。


 コンスルが庭での話し合いの内容を簡単に伝える。考える仕草を見せるノエル。全員の視線が集中する中口を開いた。


「男に注目するのであれば何かあるのは3番目の黄の男でしょう」


 驚いた顔をしてコンスルは


「何故そう思うんだい?」


と尋ねる。


「3人の男はそれぞれの方法で女神の元へ辿り着き、それぞれの願いを叶えて貰い、そして死んでしまいます」


 コンスルは3の短編の写しを取り出し、そうだね、と相槌を打つ。


「ですが3人とも同じ運命を辿ったように見えて黄の男だけは少し違います。3人とも願いが叶ったように見えて本当の意味で願いを叶えたのは黄の男だけです」


 眉間に皺を寄せるコンスル。それに気づいたノエルは噛み砕いて話す。


「大金持ちになりたいと願った男は財宝に押し潰された、とあるように大金持ちにはなったのでしょうが死んでしまいました。こうなっては大金持ちになった意味はありません。

 次の王になりたいと願った男は孤島で1人死んだ、とあります。おそらくこれはどこの国にも属さない孤島で王になったのでしょう。しかしたった1人で、そして死んでしまえばこれも意味があったとは言い難いでしょう。

 3番目の男は息子の病気を治して欲しいと願います。男は他と同じように死んでしまいますが息子の病気は治ったことを考えると願いを叶えた意味はあったと言えると思いませんか?」


「なるほど、そういう違いはあるのか…」


「もっと端的に言えば命と引き換えに願いを叶える女神への願いとして正しいものは黄の男の願いと言うことです。とは言え、ここまで話しましたが想像でしかありません。もっと単純に3人の男の文章それぞれに外法の手順が一つずつ隠されていて、その順序を青赤黄で示しているのかもしれません」


「面白い考察だったよ。ありがとう」


 コンスルは嬉しそうに頷いていた。


 それからしばらく食事と話し合いを続けてこの日は解散となった。


◇ ◇ ◇


 次の日、起床して丁度着替えを済ませた頃、部屋の扉が叩かれる。


「エリック!起きてるか?」


 声の主はニコルだ。起きてるよ、と答えると、開けるぞ、と言われ扉が開けられる。


「何かあったか?」


「ノエルさんを起こそうとしたのが反応がなくてな」


 ああ、と言ってから


「わかった。起こしておくよ」


と目覚まし役を引き受ける。エリックは向かいのノエルの部屋の扉をドンドンと強くノックする。


「ノエル!起きろ!朝食だ!」


 しばらく扉の前に立って反応を窺うが応答はなし。世話が焼ける、そう思いながら再度扉を叩く。


「ノエル!寝てるのか?入るぞ!」


 ノエルの部屋の扉をそっと開け、エリックは部屋に入る。


 そこには今までまさに起きたという様子のノエルが白い顔でベッドに腰掛けていた。


「おはよう。まさかとは思うが着替えもせずに寝たのか?」


 そうみたいだ、と消えそうな声で答える。目を瞑ったまま眉間に皺を寄せてじっとしてしばらく。してからパッと目を開く。


「エリック、話がある」


「何だ?あらたまって?」


「今回の依頼、降りさせて貰いたい」


 エリックは豆鉄砲を食らったような顔をする。


「降りる?どうしてまた急にそんなことを言い出したんだ?」


 ほんの少しだけ間があって


「今回の主軸はやはり魔術だった。私は役立たずだ。報酬を貰うのは心苦しい」


 ノエルはエリックの目をじっと見る。


「十分に役に立っているじゃないか。短編に外法の手順が隠れていると気づくきっかけになっただってキミだ」


「私がいなくともいずれ誰かが気づいただろう」


「それとこれとは話が別だと思うけれど」


 今度はエリックがノエルの目をじっと見る。


「何故そうも降りたがる。成功報酬も失敗報酬も決めただろう?結果として役割がなかったのなら失敗報酬、それでいいじゃないか」


 するとノエルは観念したように話始める。


「…今日、外せない私用があるのを忘れていた。私の落ち度だ。報酬はいらないから抜けさせて欲しい」


 それを聞いたエリックは顎に手を当てて


「いくら俺の友人とは言え、急に帰ってしまうような角の立つことはやめて欲しいな。例えば今日の夕食あたりまでに戻って来ることは出来ないか?」


「それは…可能だと思う」


「ならそうして欲しい。それとキミが報酬を貰うのを心苦しく思うのと同じようにここまで付き合わせて報酬を払わないのは俺も心苦しい。この件が片づいたらひとまず食事を奢ろう。そこで報酬の話の続きをしよう」


 ノエルの返事を聞かずにエリックは踵を返す。


「コンスルには俺の方から言っておこう」


 エリックはノエルの部屋を後にした。


(しかし…私用を忘れていた、ね)


 わかりやすい嘘。あれでバレていないと思っているのだろうか。


(何があったのかはゆっくりと後で聞かせてもらおう)


 一つ、楽しみが増えたとエリックは口元を緩ませた。

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