2章 表⑧

 夕食は手の込んだ料理が振る舞われた。ニコルにこんな料理が作れたのかと聞いてみると


「シェフを呼んでるんだよ」


とエリックは笑われた。


「不器用なニコルもここまでできるようになったのかと思ったんだがね」


 残念だ、と肩をすくめてやるとニコルはまた笑う。


 蕩けるような舌触りの牛肉の煮込み、濃厚なポタージュに新鮮な旬の野菜のサラダ。どれもが絶品でエリックの舌を唸らせた。


 その一方で夕食中の会話は弾まなかった。コンスル、イヴァン、ミーク、加えてエリックは頭の中で短編の考察を続けていた。そのせいでゼオルが孫娘の話を延々と続け、それに席の近かったノエルが相槌を打って聞いていた。ノエルが楽しそうにゼオルの話を聞いていたのは少し意外だった。


 夕食が終わるとその日は解散となった。自宅の近いゼオルは帰宅し、他の4人はコンスルに誘われ屋敷に宿泊する話になっていた。


 泊まる部屋のある2階に向かう。急足で階段を登り、自室に入ろうとするノエルを呼び止める。


「ノエル!見てくれ!」


 エリックは手に持った封筒を見せる。


「3つの短編の原本を借りてきた」


 するとノエルは


「原本と写しには何の違いがあるんだ?」


と率直に尋ねてきた。その瞬間、エリックの中の何かが急激に下がっていくのを感じた。


「そうだな…写しよりも原本を見たくなるんだ。まあ、俺が原本派というだけの話だ」


と言うとノエルは、そうなのか、と言って欠伸を一つ。


「なら今日は先に休ませてもらうよ」


と自室の扉を開くノエルを


「待ってくれ」


と再度引き留める。


「この短編に外法の手順が隠されているという考察、どう思う?」


「どう?」


と言ってノエルは首を傾げる。そもそもこの考察の発端は自分達だ。こんな問いかけをされれば首を傾げるのも無理もないのかもしれない。


「外法の手順が隠されているとして話を進めているが少し簡単すぎる気がするんだ。例えば1の短編では円の他に雛鳥や薔薇も登場している、ここにも何か意味があるのではないかと思っている。ひょっとすると外法はミスリードで秘密はもっと巧妙に隠されているんじゃないか?」


 真剣に語るエリックに対してノエルはああ、と気の抜けた声を出す。


「多分、外法の手順が隠される、で合ってるよ」


「しかし、ゴードン氏は沈黙の魔術師なんて呼ばれ方をするほど名の知れた魔術師なんだ。そのゴードン氏が魔術書の秘密を解く鍵として遺した短編だ。もっと深い暗号のようなものがあると思う」


「明日、実演をするんだろ?それで分かるさ」


とそっけなく答えるノエルに何か言いたげな表情をするエリック。


 ノエルは欠伸をもう一つして眼鏡を外し、目を擦りながら


「忘れているようだがそれはゴードン氏がコンスルさんに遺した遺品の一つだぞ?」


と眠たげに。ムッとしたエリックだったが


「忘れてないさ。だから遺書と短編を読み解いて魔術書を解読しようとしているんんだ」


と冷静に言い返した。


「そこがズレてるのさ」


 眼鏡を持った手でエリックを指差す。エリックは眉間に深い皺を刻みながらもノエルの言葉を待つ。


「故人が遺した遺書や遺品ってのは残された人へのメッセージ。お前は魔術書を読み解くために遺書と短編があると思っているようだが一般的に考えれば主になるのは遺書だ。遺書に書かれていたのは確か、魔術書を読むのに疲れたら友人と気分転換をするといい。魔術師だけじゃなくそうでないものも呼んで、だったか?素直に読めば、根を詰めすぎるなとか、人の意見も聞くようにとか、魔術師に拘らず交流関係を広く持てとか、そんなところだろう。私はゴードン氏を知らないし、ゴードン氏とコンスルさんの関係も知らないから想像するしか出来ないがゴードン氏は様々な助言や忠告を文章でなく魔術書を解かせることで実感させて伝えようとしてるんだと思う。だから短編に隠されているのは解かせる前提の謎。コンスルさんは知らなくてゼオルさんくらいの歳の魔術師なら知っている外法ってものの手順が隠されているくらいが丁度いいのさ」


 ああ、と今度はエリックが気の抜けた声を漏らす。


「…俺は考えすぎていたようだな…」


 ぐっと目を閉じてそれから目を開いて


「ありがとう。キミが来てくれてよかった」


と言った。


 大袈裟な、と小さく笑ったノエルは


「じゃあおやすみ」


と言って今度こそ部屋に入った。


 エリックは2、3歩後退り、力を抜いて後ろに身体を倒すと、どん、と壁に背が当たる。そのままずりずりとしゃがみ込み天井を見上げる。


(そうか…ゴードン氏はコンスルにメッセージを遺したのか…)


 ふーっと息を吐く。


「ならちゃんと伝えないとな」


 思わず声に出していた。それからエリックはすぐに立ち上がって部屋に戻った。

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