2章 表⑤

 ニコルに呼ばれ、広間へ向かう。広間にはコンスルとゼオル、それと2人の男。イヴァンとミークという2人だろう。


 食事の席に着くとコンスルがあらためて参加者の紹介をする。


 頬のこけた色白の目の下の隈が目立つ男が魔術師イヴァン、小太りの腹の出た男が魔学者のミークらしい。お久しぶりです、とイヴァンに言われたがエリックには覚えがなかった。


 昼食中の会話は意外にも魔術の話ではなく、それぞれの近況、コンスルやゴードン氏の話が中心だった。エリックたちも適宜相槌を打って会話を楽しんでいた。


 途中ノエルが小声で


「エリック」


と呼びかける。なんだ、とエリックは耳を傾ける。


「魔学者ってのは何だ?」


 ああ、と呟いてから説明をする。


「魔術師ってのは厳密に言えば魔術を使う人間のことを言うんだ。一方で魔学者ってのは魔術の研究、開発を生業にする者たちを指すんだ。また料理で例えるなら魔術師はシェフで魔学者はレシピを考える専門家というところだ」


 ふーん、と興味があるのかないのか、そんな反応をするノエル。


 食事が終わり、食器が片付けられるとコンスルが全員の顔を見渡して


「さて、そろそろ本題に入ろうか」


と切り出した。聞いていたニコルがさっと魔術書と封筒をコンスルに渡す。


「どうだったかな?それぞれ読んでみて」


 コンスルの問いかけに一番に応えたのはゼオルだった。


「では私から一つ。大きなことではないのですが少々変わっていたので。私は件の魔術書の方を読んでみていたのですがあの魔術書はペンを使わずに書かれていたのです」


「どういうことだ?」


とコンスルがすぐに反応する。


「魔術書のよくみるとわかるのですが文字の下にペンで書いた時の跡の凹みがないのですよ。人の手で書かれたのであれば跡を全くつけずに書くなど不可能です」


 そこまで話を聞いたコンスルはすぐに魔術書を開いて文字をじっと観察する。魔導書を水平にして光を当て、それからパラパラとページを捲って何ページ分かを確認する。


「確かに、貴殿の言う通りどのページの文字も跡がないな」


 パタリと魔術書を閉じ、テーブルに体重をかけるように肘をついて


「これはどう言うことなんだ」


と凄む様に言って見せたコンスルだがその目には並々ならぬ期待が浮かんでいる。


「はっはっは!残念ながら本当に大きなことではないのですよ。ですが書いたときのペンの跡がない理由はちゃんと分かっております。これは書記魔術で書かれているのです」


「書記魔術?」


 コンスルが問う。


「ええそうです。若い方は知らないでしょうがその昔、私が皆様より若い頃に紙があればペンがなくとも字が書ける革命的な魔術だと話題になったものでしてな。皆様も経験があるでしょう、ふと思いついた妙案を書き留めようにもペンがなくて書けないという煩わしさ。それから解放される!と言う話だったのですがそうはなりませんでした。

 理由は単純に実用的でなかったのです。ペンは必要なくとも紙は必要ですし字を書くのに毎回魔術を使わなければなりませんから。想像以上に使い勝手が悪くてあっという間に廃れてしまったものです」


 なるほど、と言いながら背もたれに体重をかけたコンスルはあからさまに拍子抜けした表情をした。


「はっはっは!そうがっかりされますな。大きなことではないが無意味なことでもないですぞ。コンスル殿、お聞きしたいがゴードン殿は亡くなる直前ペンも握れない様な状態でしたか?」


 コンスルは少し眉を顰めて


「そんなことはなかったはずだ」


と考えたあと答えた。


「でしたらその魔術書はわざわざ書記魔術を使って書かれたもの、ということになりますな。となるとやはり…」


 一拍おいて


「何か秘密がありそうですな」


とゼオルはにやりと笑った。


 笑うゼオルを見てエリックの中に安堵の風が吹いていた。心のどこかでずっとゴードン氏の遺したそれらに何も隠されていなかったら、と考えてしまっていたからだ。ゼオルも何かあると考えついたのなら空振りで終わることはなさそうだ。その安堵と同時にその隠された何かを見つけねば、と意思が固まった。


「では次は私が」


 エリックは話を始めた。

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