2章 表③
エリックは封筒を受け取り、ちらりと中を覗く。
「私が写した物だが写本の心得は多少ある。十分だろう」
と得意げなコンスル。
「その短編、小説と呼べるのかどうかも分からないものだけど。何故この小説もどきを読む必要があるのかは…エリックの提案だったね」
エリックは頷く。コンスルの父、ゴードンが残した魔術書と三つの短編小説。魔術書を解読するのに三つの短編小説が鍵になっているのでは、と思ったのだ。
「どうする?他の2人は別室で解読に勤しんでるが君達もそうするか?」
エリックは少し考えた後、ノエルの方を見て
「ならそうさせてもらおうかな」
と答えた。
「わかった。ニコルに案内させよう。昼食後には皆で話し合おうと思っているからそのつもりでいてくれ」
ありがとう、とコンスルに礼を言う。スッと現れたニコルに先導され別室に向かう。広間の扉に向かう途中、ふと気になって足を止める。
「コンスル、別室にいる他の2人というのは?」
「魔術師イヴァンと魔学者のミークだ。面識はあったか?」
どうだったかな、とエリックは呟く。
「なら昼食の時に紹介しよう」
と言ってコンスルは手を小さく振る。
ニコルに案内され2階への階段を登っていく。広間へ向かう通路のちょうど真上のあたりでニコルが
「こっちがエリック、こちらがノエル様の部屋です」
と通路を挟んで向かい合う部屋の左手の部屋をエリックに右手の部屋をノエルにと言った。
「荷物は運んである。他に何かあれば言ってくれ」
そう言ってニコルは去って行った。ノエルに、あとでこっちの部屋に来てくれ、と言ってエリックとノエルはそれぞれの部屋に入る。
室内はベッドと机が一つ。机の上には紙の束とペン。
エリックはひとまず机の上に封筒から取り出した3枚の短編の写しを並べる。それをなんとなく眺めてベッドに腰をかける。
コンスルに会って思い出したことがあった。ゴードン氏が存命の頃、彼に食ってかかるコンスルの姿だ。2人は喧嘩してばかりだった。言葉足らずのゴードン氏に普段温厚なコンスルが反論し、相手にせずに立ち去るゴードン氏の背中に罵声を浴びせていた。2人の言い争いはもはや名物だった。最初こそ驚いたが何度かその喧嘩に遭遇するとまたかと聞き流せるようになっていた。
(しかしな…)
とエリックは天井を見上げ、そこにゴードンとコンスルの顔を浮かべる。
2人はただただすれ違っていたように思えていた。理解されたくて声を荒らげるコンスルといざこざを避けるゴードン氏。腰を据えて話合っていればもっと分かり合えたのでは、と今になって思えた。ゆっくりと落ち着いて話し合ってみるのはどうだ?とコンスルに伝えられていたら何か変わっていたかもしれない。そんなことを考えるが今となってはどうしようもない。
(せめてあの魔術書がなにか2人の関係を変えるものであってくれればいいのだが)
親友と共にゴードン氏の葬儀に訪れた時のことを思い出す。葬儀の間、涙を目に溜めながらも決して流すことのなかったコンスル。これで喧嘩せずに済むよ、と何事もないように話すコンスル。
2人の関係は少なくともコンスルにとってはそれほど拗れていたのだろう。あの魔術書もそうだ。遺言も碌に読まず、ひたすら魔術書のみの解読と研究を1人で一年以上も続けた。相談を受けて、人を集めて魔術書と三つの短編の解読をしようと話した時も随分と渋られたものだ。
ふぅ、と息を吐く。ちょうど部屋の扉がノックされる。
「エリック、私だ。ノエルだ」
入ってくれ、と言うエリック。扉が開かれ、入ってくるのは当然ノエルだ。
「さあ、件の三つの短編とやらを読もうか」
エリックとノエルは机に向かった。
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