1章 残された魔術書②
エリックの勧めるサンドイッチの店に入る。曰く、パンが美味く、どんな具にも合うらしい。ノエルは野菜を、エリックはハムなどを中心としたサンドイッチを選んだ。
料理を待つ間、エリックはなぜかそわそわしていた。どうかしたのか、とノエルが尋ねようとした時、先にエリックが話を始めた。
「実はね、キミの事務所を訪ねようと思っていたんだ。手伝ってもらいたいことがあってね」
「…依頼ということか?」
エリックは、そうだ、と言って話を続ける。
「手伝ってもらいたいのはある魔術師が残した魔導書の解読なんだ」
ノエルは顎をさすりながら
「詳しく聞かせてくれ」
と難しい顔をして。
「知人の魔術師の…いや、魔術師一家と言った方がいいのか、父親とその息子が魔術師なのだけれど、その父親の方のゴードンという魔術師が数年前に亡くなってしまってね、その際に息子のコンスルに一冊の魔術師と三つの短編を遺書とともに残したんだ。魔術書の解読はできたようなのだけれどコンスルが言うには上手く術が発動しないそうだ」
ちょうど運ばれてきた紅茶を一口飲んでエリックは続ける。
「ゴードンが残した遺書に『魔術書を読むのに疲れたら友人を呼んで気分転換でもするといい。魔術師もそうでないものも呼んで私の書いた三つの小説も読みながら』と書かれていてね、俺がコンスルにこの遺言通りにしてみてはと提案したんだ」
「知り合いを集めてその小説と魔術書の解読をするというわけか」
「その通りだ。わざわざ友人を呼べと一緒に残した小説を読めなんて書いてあるんだ。何かあると思うのは当然だろう?」
今度はノエルが紅茶に口をつける。
「私はその遺言のいう魔術師でない者ということか」
エリックは少し目を開いて
「その通りだ。さすがだ、話が早い」
と満足そうに。
「どうだ?来てくれるか?」
ノエルは顎をさすりながら考えている。エリックは紙の切れ端を取り出してそこにさらさらと書いてノエルに渡す。
「報酬は報酬はこのくらいでどうだ?」
受け取ったノエルは顔を顰めてエリックを見た。
「間違っていないか?0が一つ多いように思えるが」
「ふふ、間違っていないよ。実は魔術書の解読が上手くいったらゴードン氏の魔術書の写本をくれるというんだ。ゴードン氏は『沈黙の魔術師』なんて呼ばれ方をするほど自分の魔術を表に出さなかったんだ。そんな人の魔術書が手に入るんだ。このくらいは安いくらいさ」
ノエルは紙に書かれた金額を睨んでいる。
「そこまでして欲しいものなのか?魔術書って」
「当然だ。有名な魔術師の魔術書なら喉から手が出るほど欲しい」
「そんなにか」
エリックは大きく頷く。
「そんなにだ。よく料理に例えられるのだがある料理を食べて同じ料理を作れと言われたら難しいだろう?でもレシピがあって食材や手順がわかっていたら同じ料理を作るのは随分簡単になるだろう。魔術師にとって魔術書はそのレシピなんだ。魔術書があれば秘密の魔術だって使えるようになるのさ」
絶対ではないけどね、と肩を竦めて付け加える。
「なんとなく想像できた」
と言って背もたれに体重をかけるノエル。しばらく沈黙した後
「正直言ってあまり力になれそうにない。依頼が上手くいったとしてもこんな額はもらえない」
と言って机の上の紙の切れ端を指で叩く。
「ならどうだろう?キミの出番がなかったら半分でどうだ?」
それでも、うーん、と唸ってノエルは頭を縦に振らない。
「引き受けてくれたのだから少しは貰うのが筋だろう?」
それからしばらくしてノエルはやっと口を開いた。
「10分の1なら」
「ならそうしよう」
話がまとまった。示し合わせたように2人は目の前のサンドイッチに手をつける。サンドイッチを咀嚼しながらエリックはちらりとノエルを盗み見る。
(出番がなかった時の報酬とはいえよくそこまで大きく自分の報酬を下げるものだ)
ノエルらしい、とエリックは内心笑っていた。
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