1章 残された魔術書①

 ローレオの街の繁華街に事務所を構える探偵ノエルは相変わらず暇を持て余していた。窓から太陽を見上げてくしゃみを一つ。鼻をこすりながら机の方を見ると隅に置き忘れていた郵便の束が目に入る。まとめて手に持って差出人に目を通す。それから中身をあらため、必要なものと不要なものを仕分けて整理しておく。


(暇だ…)


 静まりかえる室内で声になるかならないかの声量で呟いた。


 最近受けた依頼は稀覯本探しが一件と浮気調査が一件のみ。よく廃業しないものだ、と自嘲する。笑い事ではないのだが。


 今日も当然のように来客の気配はない。こうなってくると毎日律儀に朝から夕方まで事務所を開けて依頼人を待つ意味などあるのだろうかと思えてくる。


 思わずため息が出る。意味があろうがなかろうが探偵という肩書を名乗り続ける以上依頼を待ち続けるしかないのだ。一つ一つ依頼をこなし、評判を良くしていけばいつしか父親のときのように…


(なるわけがないな)


 目標にするのも馬鹿らしい。頭脳も人望も、何もかもが自分とは違うのだ。比べるまでもない。そう思ったが胸の奥からモヤモヤしたものが湧いてきてしまった。


 よくないと思って頭を振ってその考えを追い出す。その拍子に手がカップに当たって倒れる。幸い中身は空で割れもしなかったがカンという音が響いた。


 それが妙に虚しく感じられた。


 嫌になる。嫌になってしまう。


 そうなる前に気分転換をしようと自分でも珍しいと思う考えに行き当たる。今日はまだ昼食を食べていない。ちょうどいい外で食べよう、と思って外出の準備をする。


(いや、今日はもういいか…)


 ふと、今日はもう事務所を閉めてしまおうと心が決まった。それから室内を簡単に片付けて事務所を後にした。


 向かうのは繁華街から少し離れたところにあるレストランが並ぶ通り、通称レストラン通り。そこでは手頃な価格でさまざまな種類の食事を楽しむことができる。そのため、いつも多くの人で賑わっている。


 レストラン通りにつく。昼食時を過ぎていたがそれでも多くの人が行き交っていた。ノエルは歩きながらガラス越しに店の中を覗き入る店を選ぶ。


 さっぱりとしたものが食べたい。脂っこいものは胃に溜まってしまいそうだ。そう思って選ぼうとしているが気を引くのは肉料理かフライばかり、匂いに誘われ店先のメニュー表を見ては胃に拒絶されて立ち去る。何度かそれを繰り返しているとレストラン通りの端まで着いてしまう。もう一巡しようと踵を返したその時


「ノエル?」


と背後から聞き覚えのある声が聞こえた。


 振り返るとそこにはやはりエリックが立っていた。


「こんなところで奇遇だな。昼食か?」


「そうだ。たまには、と思ってな」


「ならどうだ?一緒に食べないか?」


 構わない、とノエルが答えるとエリックは嬉しそうに頷いた。


「近くにいい店があるんだ。そこでいいか?」


「できればさっぱりしたものがいい」


「サンドイッチの店なんだ。いいか?」


 ノエルが頷いたのを見てエリックは店に向かって歩き始めた。

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