沈黙した魔術師

序章

 一仕事を終えたエリックはノエルと共に馬車に揺られ、帰路についていた。手には沈黙の魔術師、ゴードンの魔術書の写本。今回の報酬だ。


 ゴードンは沈黙の魔術師と呼ばれるだけあって自身の魔術をほとんど表に出さなかった。故にこの魔術書の写本の価値は計り知れない。普段のエリックなら今すぐにでも読み始めていただろう。


 しかし、今はそれをしなかった。今のエリックにはこの魔術書以上に好奇心をそそるものがすぐ近くにあるのだ。


「ノエル、聞かせてくれないか?」


 馬車の車輪の音が響く中、ノエルに問いかける。


「何をだ?」


 窓の外を見たまま応えるノエル。


「決まっているだろう?なぜ途中でこの依頼を降りようとしたんだ?」


 そこでやっとノエルがエリックの方を向いた。一瞬だけ目があってノエルはまた視線を逸らす。


「聞かなくてもいいと思うけど」


「聞かれると困る話なのか?」


 そう尋ねるとしばらく黙ってから


「話していいか迷ってる」


と遠くを見つめながら。


「聞かせなくていいと思っている。話さない方がいいと思ってる。でも聞いて欲しいとも思ってる。話すべきだとも思ってる」


 ノエルは目を伏せながら話す。珍しい顔をする、と思ってエリックは


「話してみるといい。コンスルかあの魔術書に関係があることだろう?」


と促した。


 ただの好奇心からそう言っただけだった。


 このあとノエルの口から語られた裏はエリックを戦慄させるものだった。

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