終章
隠された魔術で新しい絵画が現れてからエリックは慌ただしく動いていた。次の日も忙しなくどこかに行っていた。その次の日、やっと落ち着いたエリックと共に帰路に着いたノエルは帰りの汽車に揺られていた。
来た時と同じ2人用の寝台車両でノエルとエリックは机を挟んで向かい合っていた。
「どうした?浮かない顔をして」
エリックがノエルにそう声をかけた。
「そういうお前は機嫌が良さそうだな」
「そう見えるか?」
ノエルは背もたれに体重をかけながら
「随分とよくしてやっていたじゃないか。自分の名前まで使って」
と言いながらエリックを指差す。
「下心さ。ダグラスの魔術書を譲ってもらうためのね。…まあ、本心は少し悪かったと思ってね。断りきれず引き受けたにも関わらず魔術書に気を取られすぎたとね」
「そうするために私を呼んだんだろ?」
「そうなのだが…」
歯切れが悪いエリック。
「それはいいだろう。それよりキミが浮かない顔をしている理由だ。当ててやろうか?」
ノエルはエリックの目をじっと見つめ返す。
「ダグラスがあんな大掛かりな仕掛けをした理由はなんだろう。ダグラスがかけた呪いとはなんだったのだろう、だ。違うか?」
ノエルは少し目を見開いて
「違うね。大外れさ」
と肩をすくめる。
「そうか、聞きたいのだがあのダグラスの呪った、という言葉はなんだったと思う?」
「さあね?多分なんかの続きだったんじゃないか?確か紙に呪ってやった、みたいなことだけ書いてあったんだろ?例えば別にもう一枚紙があってそこに長々と恨み言が書いてあったのさ。それではみ出したのがその一文だった、そんなとこだよきっと」
ノエルは考える素ぶりも見せずに淡々と答えた。
「らしくないな。投げやりな推理だ」
と言ってエリックは笑う。
「ちなみに俺はあたりはついているよ」
そう言い切ったエリックに、ほう、とノエルが漏らす。
「ならその素晴らしい推理を聞かせてもらおうか」
深く座り直して挑戦的に言った。
「ダグラスが書いていたのは『私の全てをもって呪いをかけた』だった。だからダグラスは誰にもしくは何にどんな呪いをかけたのかという話だが。鍵となるのはやはりあの絵画だ。上に描かれていたものをエルロン画、下から出てきたものをケビンの絵とひとまず呼ぶとしようか。
本題だが呪いをかけた相手は芸術家や批評家を含めたあのエルロン画を美しい、素晴らしいと思う全ての人。かけた呪いはあのエルロン画を大切にし続ける限りケビンの絵を見つけられないというものだ」
「理屈はわかるがそれだけだな。ダグラスは芸術に恨みでもあったのか?陰湿な嫌がらせくらいしか意図が思いつかんぞ」
とノエルは呆れながら言った。
「それは彼が魔術師だからさ」
愉快そうにエリック。
「余計わからん」
不機嫌そうにノエル。
「魔術師ってのはね、厄介な癖があるんだよ。魔術師は魔術の可能性を信じて日夜研究を続けているんだ、誰かのためだったり世の中のためだったり目的は様々あれどそれぞれが新しい魔術を開発するためにね。それなのに完成した魔術は表に出さず少しの研究仲間と喜びを分かち合って後は秘術として隠してしまうんだ。それもほとんどの魔術師が」
ちょっと待ってくれ、とエリックが扉を開け、通りがかった乗務員に何かを頼んだ。
「それで、えーとそうだ。魔術師は魔術を開発しても仲間内で成果を見せ合うだけで表に出さずに隠してしまうっていう話だ。それでダグラスの呪いもそうだったんじゃないかと思う。あのケビンの絵を素晴らしいと思って人目につかないように隠したのさ。それも同志である魔術師だけがケビンの絵を発見できるよう仕掛けまでしてね」
自信満々に語ったエリックに対しノエルは
「全く共感できん。魔術の話はわからんでもないがケビンの絵を隠す心境も見つけられるような仕掛けをする理由も私にはわからん」
と一蹴した。それでもエリックは、そうかな?と笑っていた。
「お、来たようだ」
エリックが立ち上がって扉を開ける。受け取ったのはワインを一本とグラスを二つ。
「呑まないか。依頼達成を祝って。今日はもう仕事はないんだ、いいだろう?」
答える間もなくエリックはワインの封を切ってノエルのグラスに注ぐ。
「さあ乾杯しよう。キミの名推理と」
エリックは自分の分も注いでグラスを持つ。
「俺の大魔術に」
ノエルは笑った。相変わらず、と言いながら。
寝台車両の一部屋。グラスを合わせる音が響いた。
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