6章 調査結果①

 夕暮れ。宿の自室で夕陽を浴びながらエリックは魔導書を読んでいた。いい加減、あたりが暗くなり文字が読みづらくなってきた頃、部屋のドアがガチャリと開いた。


「おかえり」


 視線を向けずに声をかけたが返答がない。どさりと荷物を置く音、気になって音の方を見るとそこには想像通り、ノエルの姿があった。


 しかし、その表情は曇っていた。どんよりとした灰色の曇天もいいところだ。どうした、などと聞くまでもない。今日の調査が空振りだったのだろう。仕方ないことだと思う。調査とはそう言うもの、空振りを繰り返して可能性を潰し隠された真実への道筋を辿る地道な作業だ。空振りであっても可能性が一つ潰れたと喜ぶべきなのだ。探偵という職業柄、空振りなんてよくあることだろう。落ち込むようなことでもないように思えるが。


 仕方ない、そう思いながらもう一度ノエルに声をかける。


「ノエル、もう夕食は食べたか?」


 ノエルはかぶりを振って、まだ、と一言。


「なら、食べに行かないか?俺もまだなんだ。エミリエさんが急用で早く帰ることになったからね」


 わずかな沈黙の後、構わない、と言うので暗い顔のノエルを連れて食事へ向かう。


 店の目星はつけていた。食欲のそそる香ばしい匂いを漂わす宿の4軒隣のレストラン。徒歩でもすぐに到着する距離だ。


 到着して中に入る。すぐに女性のウェイターに出迎えられる。二人分の席が空いているかを尋ねると2階のバルコニー席が空いていると言うのでそこに案内してもらう。


「いい席だ」


 エリックが満足げに頷き席につく。ノエルも対面に座る。ウェイターから渡されたメニュー表は海が近い街だけあって魚介類のメニューが多い。


「適当に頼んでいいか?」


 エリックがメニュー表を見せながらノエルに尋ねる。特に希望がなかったノエルは頷いてエリックに任せた。


「ならタコのカルパッチョ、ホタテのクリームパスタ、あとは白身魚のフリッター。それとオススメのワインを。ノエル、キミも飲むか?」


「いい、仕事中は飲まないんだ。代わりに食後に紅茶が飲みたい」


 なら、食後に紅茶を二つ、とエリックが追加した。注文を取り終えたウェイターが立ち去るのを見送ってから


「今日は進展なしか?」


「そんなことはない。大収穫さ」


 そういい放ったノエル。なら意気消沈しているのはなんなのかとエリックは眉を顰める。


「そうか、空振りだったら今日読んだ魔術書の話をしてやろうと思ったのだが…」


 聞いていたノエルは露骨に嫌な顔を見せた。以前に魔術について聞かれた際に長々と語ってしまったことがあった。それ以来ノエルは魔術の話はあからさまに避けるようになってしまった。当然、エリックはそれをわかっているのだが今回は意趣返しだ。


「それには及ばない」


「なら聞かせてもらおうか。キミの今日の収穫を」


 ノエルはエルロン画について分かったことをエリックに話す。そして絵の具に含まれる毒素こそがモールド家を蝕んでいるものの正体であるという推測も含めて伝えた。


 むぅ、とエリックは唸り、考え込む。ノエルはエリックの反応を黙って待つ。そうしている間にワインとタコのカルパッチョが運ばれてくる。エリックは取り皿にカルパッチョを取り分け、グラスにワインを注ぐ。一つを口に運び、それからワインを口に含む。


「正直驚いた。一日でここまで手掛かりを見つけられるとは。それに絵の具の毒素か…。可能性は高いんじゃないかと思う」


 とエリックはワイングラスをくるくると回しながら。


「ジェイコブ氏の亡くなっていた状況と絵の具の毒素の症状を照らし合わせれば真偽はわかるだろう。それはこちらで引き受けるとして、明日にでも先にエミリエさんに話そうか。強い毒ではないとはいえ早い方がいいだろう」


「それがいいと思う。でも、まだわかっていないこともある」


「何かあったか?」


「屋敷の前の持ち主がかけた呪いの正体がわかっていない」


 エリックは回していたワイングラスの残りを飲み干して


「それはわかっていないといけないことか?」


 ノエルは顔を顰める。


「…どういうことだ?」


「そのままの意味さ。前に話したが屋敷の前の持ち主ダグラスがかけたという呪いとモールド家のジェイコブ氏やエミリエさんが言っている寿命が縮むという呪いはおそらく別物だ。今回、俺が依頼したのは後者の呪いの解明だ。ならダグラスの呪いを解明する必要はないだろう?」


 ノエルは何も言わずにエリックを見つめる。


「納得できないか?その辺は割り切ってしまえばいい。なぜ呪いをかけたのかとか、どうしてこんなことをしたのかとか、考え始めたらわからないことだらけだろう?重要で必要なことには一つの結論が出たんだ、それで十分だと思わないか?」


「まあ、そうかもしれんが…」


ノエルは納得しきれないという歯切れの悪い反応をする。


「お前だって魔術のことならとことん追求するだろ」


ぶっきらぼうに言ったノエル。何の関係があるんだと思いながらも図星だったエリックはワインを注ぎながら苦笑いをみせる。


 直後に注文していたパスタとフリッターが運ばれてくる。ノエルは自分の取り皿にパスタを取り分け、エリックはフリッターにレモンを絞る。エリックもノエルもレモンは絞る派だ。


 エリックはフリッターを一つつまみ、それからワインを一口。サクサクの衣とジューシーな白身魚の旨みにレモンの酸味が合わさって見事に調和する。そこに白ワインのキリッとした味わいがよく響く。


 すっかり暗くなって空を見上げ、ふと白ワインはグラスを回さないと聞いたことがあったのを思い出す。そんなことはどうでもいいだろう。十分に満足に浸れている。


「ダグラスの呪いの正体の謎だけが残ったのか…」


とエリックは呟く。ノエルは怪訝な顔をしながら


「それはもういいんだろ?」


「そうなのだが呪いの正体を暴きにきて真に呪いと呼ばれたものの正体の謎だけが残った何ておかしな話じゃないか」


ノエルは眉間に皺を寄せる。


「何を言っているんだ。その二つの呪いは別物だと言ったのは自分だろ」


「気にするな。ただの言葉遊びだ。結構好きなんだ」


「言葉遊びになってんのかそれ?」


眉間の皺が深くなるノエルと妙に楽しげなエリック。温度差の激しい二人の食事はしばらく続いた。

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