3章 絵画と庭②

 あのあとノエルは屋敷内を見て回ったが変わった間取りだと思うだけだった。建物の真ん中に正方形の大広間。その周りをぐるりと廊下が通っている。それなのに大広間への入り口は一つだけ。やはり不便なように思える。


 といっても呪いの正体についての手がかりになるようなものは何もなく、結局書斎でエリックを手伝うことにした。手伝う、といっても魔術書は読めない、それ以外はエリックが読んでいるせいで本を片付けるだけしか出来なかった。


「失礼しますね」


 ノックと共に書斎の扉を開けたのはエミリエだった。


「そろそろ日が落ちます。夕食はいかがでしょうか?」


「ありがとうございます。喜んでご一緒させていただきます」


 エリックがそう答えて大広間に移動する。


 夕食は肉料理だった。会話も昼食時とは違って世間話が中心だった。食事が終わった後も帰りの馬車が到着するまでエリックたちは会話を楽しんだ。


 それからしばらくして馬車が到着した。


「今日は美味しい食事をありがとうございました。また明日伺いますので」


 笑顔でそう言うエリックに続いてノエルも頭を下げる。


「はい。お待ちしております」


 エミリエも笑顔を見せて応えた。


 馬車に乗り込み、屋敷から離れる。車内には馬の足音と車輪の音が響いていた。


「今日、何かわかったか?」


 口を開いたのはエリックだった。


「ほとんど何も」


 かぶりを振るノエルの視線は心なしか俯いていた。そうか、とエリックは呟きながらすっかり暗くなった窓の外を見る。


「俺の方はそこそこ収穫があったよ。宿に着いたら話そう」


 それから宿に到着するまで2人とも言葉を発しなかった。


 拠点の宿に到着する。宿の店番に挨拶をして割り当てられた部屋に向かう。2人部屋。ベッドが二つと丸テーブルが一つの部屋。エリックの捜査経費で宿をとったため2人は相部屋に

なった。


 到着してすぐエリックは荷物の整理を始める。今日読んだ手記の内容をメモした紙を記憶を起こしながら机に並べていく。その間ノエルはベッドに寝転がってエリックの整理が終わるのを待っていた。


「よし!」


 エリックが言ったのを聞いてノエルは身体を起こす。エリックはメモを並べた机をふたつのベッドの間に運んだ。


「じゃあ今日わかったことを話そうか」


 エリックは自分のベッドに座ってそう言った。


「先にこっちから話してもいいか?大した話じゃないんだが」


 構わない、とエリック。


「庭師の爺さんに聞いたんだがあの屋敷では使用人もよく体を壊すらしい。爺さんは40年ほどあの屋敷に勤めているそうだがその間に相当の人数が体を壊したそうだ」


具体的なことは聞けていないけどね、と付け加える。


「そう言えばセレンさんの他にもう1人使用人がいたが身体を壊して1人になった以前と言っていたな…」


「だから呪いって言われている何かがあるのはフォード家じゃなくてあの屋敷かもってだけの話だ」


むう、とエリックが唸る。


「呪いではないのだろうが…何か理由はありそうだな」


2人は揃って腕を組んだ。


「気になるのはその庭師が40年間身体を壊してないのかだな。壊していないなら何故、という話になる」


エリックの言葉に、確かにそうだな、とノエルが同意する。


「それはそれとしてそっちの話を聞かせてくれないか?」


エリックは頷く。


「そうだった。まずはおそらく呪い、というものの発端となった話からしようか。今日俺が読んでいたのは4冊のモールド家当主の手記だ。その内の1冊、スクアールさんの手記に紙が一枚挟まっていてね、『私の全てをもって呪いをかけた』とだけ書かれていたんだ」


 ノエルは眉間に皺を寄せて


「スクアールさんがあの屋敷に何かしたと言うことか…」


と顎をさすりながら言った。


「すまない。説明不足だった。この文を書いたのは屋敷の前の持ち主、ダグラス=クルフという魔術師だ。特徴的な筆跡だから間違いない。スクアールさんはその呪いが何かを探っていたんだ。どうも楽しんでいたようだけどね。それからコールフォンさんがスクアールさんの手記に何か呪われていると書かれている、最近の不幸は呪いのせいだって2冊目の手記に綴っていてね。3冊目を書いたランディさんは自分達は早世する呪いにかけられている、何とかしなければって書いていたよ。最後の4冊目を書いたジェイコブさんは一族は代々早世する呪いにかけられている何としても解かなければって、大雑把だけどそんな風にダグラスの一文を発端に早世する呪いが作り上げられたみたいだったよ」


「よくある勘違いというか思い込みが先行したっていう話か…」


「そう言うことだと思う。とは言え原因は不明だけど」


進展したのかしてないのか、とノエルは髪を掻き上げて天を仰ぐ。


「あの屋敷、何か変なところあったか?」


「どうかな。気分が悪くなったり、異臭がしたりとかはなかったし、うーん、明らかに変だと思えるものはなかったと思うけど」


そうだよな、とノエル。

2人はしばらく考え込んでいた。


「あ!そういえば!」


 エリックが声を上げた。


「関係はなさそうだけど面白いものを見つけたんだ」


机の上から資料を探し出す。


「ダグラスの魔術書に契約書なのかな?彼があの屋敷を買った時の資料のようなものが入っていてね。前の持ち主のことが書かれていたんだ。その持ち主っていうのがね」


 エリックはもったいぶるようににやりと笑って間をあける。


「ケビン=クルーガー、だったようだ」


 聞いたノエルは眉間に深い皺を寄せる。


「ケビン=クルーガーって私は画家のケビン=クルーガーしか知らんぞ」


エリックは愉快そうに笑う。


「そのケビン=クルーガーであってると思うよ。今でこそケビンの絵画には物凄い値段がつけられているがその評価を受けたのは彼の死後。当時はそこそこの画家という評価だったのだから少し背伸びしたあの屋敷で余生はひっそりと、なんてことは十分考えられると思う」


エリックは興奮したように話す。


「なにより!あの大広間の絵画がケビンの作品だったら、と思うと鳥肌が立つじゃないか!」


対してノエルは冷めた目をしていた。


「あの絵画は作者不明と言っていたじゃないか。エミリエさんのあの様子だと調べてないってこともないだろうし。それにどっかの工房で毎年修復してもらってるとも言っていた。絵に詳しい人間が誰も気づかないってことはないだろう」


ノエルの冷静な分析にエリックはため息を吐く。


「お前の言うとおりだな。馬鹿馬鹿しい話だった」


その時ノエルは思考を巡らせていた。

しばらくの沈黙の後にノエルは口を開いた。


「エリック、そのケビン=クルーガーがあの絵画のケビン=クルーガーである可能性はあるのか?」


「調べてみないと何とも言えないな。でもたしか、彼はこの街の出身じゃなかったかな。どうしてだ?」


「あの屋敷の持ち主はケビン=クルーガーという人物が始めで次にダグラス=クルフという魔術師。そしてモールド家。ケビン=クルーガーがあの絵を描いていないならあの絵が描かれたのはダグラス=クルフが所有していた時だろう。先代があの絵を気に入って屋敷を買ったとエミリエさんが話していたからな。そして…」


ノエルは眼鏡を外してテーブルに置く。


「呪いをかけたのもダグラス=クルフだ」


エリックは息を呑んだ。


「あの絵と呪いに何か関係があると?」


ノエルはエリックの目を真っ直ぐ見ていた。


「明日調べたい。いいか?」


わかった、とエリックが答えるが早いがノエルは明日に向けて準備を始める。

エリックはその姿をほんの少しの間だけ眺めていた。


(しかし…)


何かに気づいた時のノエルはなんと頼もしいことか。


 ノエルにばれないようにエリックは笑っていた。

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