4章 エリックの調査①

 次の日、エリックは一人でモールド家に向かっていた。屋敷に到着すると昨日と同じようにセレンに出迎えられる。屋敷の中に入ると大広間への扉の前にエミリエがいた。


 今日は落ち着いたドレスを着ているせいで一瞬誰かわからなかった。


「お待ちしておりました、エリック様。本日もよろしくお願いします」


 エイレンは前で手を重ね丁寧にお辞儀をする。


「お出迎えありがとうございます、エミリエさん。今日も私は書斎で作業をさせていただきます」


 エリックも丁寧な礼で返す。


「すみません、ノエルは来れなくなってしまったので今日は私だけです」


 絵画の件は伏せておく。


「まあ、そうでしたか」


手を口に当て、驚いたという仕草。


「ええ、ですので昨日に続いて魔術書の調査を進めさせていただきます。早速、書斎に入らせていただいてもよろしいですか?」


「ええもちろんです。何かあればまたお声掛けください。私は大広間におりますので」


セレンに案内を促したエミリエに礼を言って書斎に向かう。到着すると


「何かあればお申し付けください」


と言ってセレンは下がる。


 昨日と変わらない部屋。何も触らずにいてくれたようだ。今日手をつけるものは決めている。永遠の命、延命について書かれた魔術書たちだ。


 書斎の机を借りて準備をしていく。白い手袋をつけ、紙の束とインクとペンを並べる。それから魔術書を一冊持ってきて机に向かう。


 エリックにとって魔術書を読む、と言うことは大層心躍ることだ。それが読んだことのないものなら尚更。秘匿されていたものなら狂おしいほど。


 読み始めてすぐにエリックは落胆した。


(ハズレだ)


 そこに書かれていたのはおおよそ魔術とは言えないメチャクチャなものばかり。そのくせ響きの良い言葉と独特の言い回しで妙な説得力がある。魔術の知識がない者を騙すためのタチの悪い魔術書もどきだ。


 エリックの気分は一気に冷める。


(一体、何冊あるんだ…)


ちらりと本の山を見てエリックは頭を抱える。この魔術書もどきを全て読まなければならないのかと卒倒しそうになる。


 黄金に見えた宝の山は一瞬にして泥の山に変わる。読む価値など全くない。しかし、読まない訳にはいかない。例えもどきであっても魔術書の体を成している以上中をあらためなければならない。それが一等魔術師の義務であり宿命だ。


(地獄だな…)


 エリックは折れそうな心を無理やり奮い立たせ机に向かい直した。



 何とか集中していたエリックはノックの音で魔術書もどきから解放される。返事をすると、失礼しますと言ってセレンが入ってくる。


 昼食かと察する。そういえば腹が減っていた。案の定セレンから昼食ができたと言われ大広間に向かう。大広間に入り、席につく。すぐにセレンが料理を並べ始めた。


「調査の方はどうでしょうか。何かわかりましたか?」


「そうですね…」


何と答えようかと逡巡する。エミリエの言う何かというのは呪いについてだろう。そっちについては調査は進んでいない。というより調査をしていない。さて、どうしたものか。


「今、私が取り組んでいる魔術書の調査は順調です。詳しくは全ての調査が終わったらご報告しようと思っていますが、先にお伝えしておくと何冊かは処分することをお勧めすることになると思います」


 エリックは結局話をずらして答えた。


「え…それは父が危険な魔導書を所有していたということですか?」


エミリエが不安げに尋ねた。


「いいえ、そういうわけではないのですが。あの隠し部屋にあった魔術書の大半は『呪いの解き方』や『延命』についてです。こういったものについて書かれた魔術書は大きく2種類に分けられます。一つはそれらが実在すると信じきっている人たちが考察し実験し書き上げたもの。もう一つはそう言った魔術書を求める人に売りつけるためのでっち上げを書いたもの。あの部屋にあったのは後者でした。なので危険というわけではないのですが誰かが読んで信じてしまう可能性もありますので処分してしまった方が良いかと」


そうですか、と俯くエミリエ。


「呪いはどうなったのでしょうか。エリック様は呪いと言うものが存在しないかのように仰りましたが…」


縋るような眼、そんな眼をされると余計なことを言ってしまいそうになる。


「私個人の考えですが呪いというものはほとんどが思い込みだと思っています。原因があって起こっている事象を呪いだと思い込んでしまう、悪いことが偶然続いただけなのに呪われていると思い込んでしまう、そういうことです」


なるほど、と納得できない様子のエミリエ。


「正直に申し上げるとモールド家の呪いも何か原因があると睨んでいます。私もノエルも原因を探っているところです」


聞いていたエミリエは顔を上げ、意を決した様子で


「あの!エリック様の魔術で呪いを解くことはできないのでしょうか?」


とエリックに尋ねた。


 聞いたエリックは思わずため息を吐きそうになる。仕方のないこと、魔術を知らない者が呪いなんかと混同するのは仕方のないことだ。仕方のないことなのだが何故区別がつかないのかと思ってしまう。


「残念ながら出来ません。魔術は理屈もなくなんでもかんでも出来るものではありませんから。もっとも、原因がわかれば魔術で解決出来る可能性はありますが」


はっきりとエリックは言った。


 聞いていたエミリエは項垂れる。


(しまった、もう少し言葉を選ぶべきだった…)


焦って話を続ける。


「不安でしょうが私もノエルも呪いについては色々調べておりますのでお待ちください。全力を尽くすことをお約束します」


 言ってみたがエミリエの顔色は優れない。居づらくなって食事を気づかれない程度に急いで食べ終える。エミリエとセレンに感謝を伝えて書斎へ向かう。


 道中、不意に心臓が痛んだ気がした。例えではなく実際に。


 書斎に戻ったエリックは未読の魔術書もどきを端へ退ける。こんなものを読む気分にはなれない。代わりにダグラス=クルフの魔術書を手に取る。


(どうか読む価値のあるものであってくれ)


エリックは魔術書の世界へ逃げ込んだ。

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