1章 依頼④

 キール。


 この南端の街の殆どの建物は壁が白く、屋根が青い。白い壁の日光の照り返しが美しく、街全体を優しく包み込んでいる。夕暮れ時には夕日の赤が街を染め上げ、違った顔を見せる。


 ノエルとエリックがキールに到着したのは昼過ぎ。駅から馬車に乗って南下し、海が見えるところまでやってきた。


 ここで拠点となる宿でまた一泊し、次の朝エリックの手配した馬車で件の屋敷に向かう運びになった。


 これから依頼人に会う。そう考えるとノエルは手汗が止まらなくなる。何度経験してもこの瞬間は緊張する。上手くいくかと不安になる。


 エリックは馬車の窓を開け、潮の匂いのする生ぬるい風に髪を靡かせている。お気楽なものだ、とノエルは内心で悪態をつく。


 街の中心から離れていくと建物がまばらになっていく。それと同時に白い壁、青い屋根の建物は減っていく。


「見えた」


 エリックがそう呟いた。馬車がゆっくりと速度を落としていく。


 ノエルは上着の襟を正す。馬車が停まったのは庭付きの大きな屋敷。灰色を基調にした石造りの建物は冷たい印象を受けるがどこか惹きつけられる魅力がある。


 大きなと言ったが有名な商人の屋敷だと考えると小さいのかもしれない。門の前で建物を眺めていると中からメイド服を来た女性がこちらに向かってくる。


「お待ちしておりました」


門を開けて女性が丁寧にお辞儀をする。


「お出迎えありがとうございますセレンさん。こっちは探偵のノエルです」


 随分と外面がいい。ノエルと話す時とは違ってエリックは人当たりの良い優しげな笑顔を浮かべて挨拶をした。顔がいいせいだろうか。心なしかセレンと呼ばれた女性は頬が赤く染ったように見える。


「ノエルと申します。今回はよろしくお願いいたします」


 ノエルは簡単に挨拶を済ませる。長々と挨拶されても困るだろうと思ったからだ。エリックに倣って笑顔だけは見せておく。


「私はセレンと申します。今日案内は私がさせていただきます」


セレンはノエルに対してあらためてお辞儀をする。歳は20歳前後だろうか。伸ばした金髪を後ろで束ねていて可愛らしくみえる。


 しかし、セレンの所作や言葉は何処か不慣れさを感じさせる。見習いを卒業したばかり、といったところかと辺りをつける。


 セレンに先導され門の内側へ入る。外から見ている時は目がいかなかったが庭の生垣や樹木は丁寧に手入れされている。ノエルは庭を眺めながらついていく。

庭の端に作業着の男性がいた。庭師だろうか、ベテランのように見える。男性はこちらに気づいて帽子を取ってお辞儀をした。ノエルも歩きながらではあるがハットを取ってお辞儀を返しておく。


 セレンが屋敷の扉を開き、ノエルたちを中に通す。調度品や装飾品の類が見当たらない。シンプルと言うよりがらんとした印象を受ける。陽の光がよく入ってくるようで屋敷内は明るいがその明るさが余計に寂しさを感じさせる。


 正面には重厚感のある扉。左右には廊下が続いている。


 セレンが左手の廊下に案内する。廊下の突き当たりは円柱状の空間になっていて正方形のすりガラスで全面が覆われている。そこに丸テーブルと椅子が三脚置かれている。


「ここでお掛けになってお待ちください」


 セレンはノエルたちに椅子を薦め、下がる。


 いよいよか、とノエルは気合を入れる。


 すりガラスから差し込む柔らかい陽の光のせいかじんわりと汗をかいてしまう。


「お待たせしました」


凛とした声が響く。


「ノエル様、初めましてエミリエと申します」


今回の依頼の大元、エミリエが現れた。

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