1章 依頼③
ノエルの元を訪ねてから3日後の早朝、エリックは駅に向かっていた。この街、ローレオの中心にある駅、そのままの名前のローレオ駅はレンガ造りで荘厳な佇まいをしている。確か有名な建築家が設計したとか。汽車でこの街を訪れた者はまずこの駅の美しさに心を奪われる。
そんな駅もここに住むエリックにとっては見慣れたもの。気にも止めずに中に入っていく。
乗り場は4番線。ホームに向かいながらノエルの姿を探す。まだか、と思っていると4番線の汽車の乗り口の前にその姿を見つける。
「おはよう」
と声をかけ、ノエルの分の切符を渡す。
ノエルは、どうも、と無愛想に受け取ってコートのポケットにしまう。それからくわっと大きな欠伸をした。機嫌が悪いのかと思ったが単に眠いだけのようだ。
ノエルは黒のウェーブがかった髪を耳よりも下まで伸ばしている。筋の通った鼻、薄い唇、少し目つきの悪く見える切れ目。なかなかに整った顔立ちをしている。それにいつもの丸いレンズの眼鏡、それから今日はハットを被っている。本人は地味だと思っているようだが側から見ていると独特の雰囲気を纏っていてそれなりに目立つ。
乗ろうか、とノエルを促し汽車に乗り込む。席は一番後ろの車両。目的地は南端のため到着は明日の昼頃。そのため寝台車両の2人部屋を取っている。
部屋の中には左右にベッドが一つずつ。その下には荷物置き場があり、ベッドとベッドの間にはテーブルと席が二つ。移動時間を過ごすだけなら十分な広さだろう。
荷物を置いて席に座る。そこに丁度駅員が切符の確認にやってくる。確認を終えた駅員が去るのを見送ってからそれぞれ荷物の整理を始める。
トランクケースから必要なものだけを取り出し不要なものは自分が使うベッドの下にしまっておく。
汽笛が鳴り響く。キィィと車輪が甲高い悲鳴を上げ、汽車は動き始める。速度が上がっていき、車両がガタガタと揺れ始めた頃2人は荷物の整理を終えて再び向かい合って座った。
「今回は引き受けてくれてありがとう」
エリックが改めて礼を言うと、ああ、と短く答えたノエルの目が泳いだ。それをエリックは見逃さなかった。
この話を持って行った時にお人好しと言われた。しかし、この話の詳細を聞いて引き受けたこの男もお人好しなのだ。難儀な性格だと思うがそんなところも含めてエリックはノエルを気に入っていた。
「今回の依頼の確認だが…」
ノエルが口を開く。エリックはすぐに資料を取り出しテーブルに置く。資料といっても無いよりはマシといった程度のものだがノエルはその資料に目を通しながら話す。
「発端は今回の依頼元のエミリエさんの父親が亡くなり、念のための捜査が入ったこと。事件性はなかったものの不死や延命の魔術を研究を記したものが見つかったため一等魔術師の称号を持つ君のもとに話が舞い込んできた。実際に出向いて調べてみると早世の呪いにかかっているとの記載があり、それを知ったエミリエさんに頼まれて呪いについて調べることになった。だったな?」
エリックが頷く。
「そうだ。それで呪いの正体を暴くのを手伝ってもらおうと依頼したんだ」
だとすると、と言ってノエルは眼鏡を外す。
「最初、なぜ魔術の話を省いた?早世の呪いと不死、延命の魔術。関係があるのは明白だろう?」
指摘されたエリックは返答に少し悩んで
「他意はない。魔術に関しては自分で調べる、呪いに関してはキミに頼む、そう考えていたから伝え損ねてしまっただけだ。まあなんだ、俺の落ち度だ。悪かった」
謝罪したエリックをノエルはじっとみる。エリックの言葉の真偽を判別するためにだ。どう判断したのかノエルはふいと視線を逸らした。
「隠し事があるわけでないならいい」
それだけ言って手元の資料に目を通し始める。それからしばらく間があって資料を読み終えたであろうノエルが再び口を開く。
「この資料ではエミリエさんの父親と母親の亡くなった年と年齢しか書かれていないが他には亡くなっていないのか?亡くなったのが父親が42歳、母親が35歳。確かに若いと思うが2人だけなら偶然と言う可能性も考えられるが」
「そのあたりは調べてもらって今回詳しく話を聞くことになっている。なんせ身内なのに誰がいつ亡くなったという話を聞かされたことがなかったそうだ。おそらく意図的に伝えられてこなかったんだろうね。ひとつだけ聞いたのは祖父祖母はエミリエさんが生まれる前に亡くなっているそうだ。予測になるが40歳前後だと思う」
そうか、とノエルは呟く。
「何か気になることでも?」
ノエルはかぶりを振る。
「何にもわからん」
そう言い放つとノエルは資料をテーブルに放り投げた。目を擦るとピンク色にうっすらと充血した目があらわれる。
エリックは広がった資料を束ね、封筒にしまう。目の前で欠伸をするノエルにつられてエリックも欠伸を一つ。
静かになった車内にガタガタと回る車輪の音が響く。
エリックは鞄から読みかけの魔術書を取り出し、読み始める。
目的地までの長いようで短い時間。二人はそれぞれの時間を過ごす。
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