1章 依頼②
「手を貸して欲しい」
エリックは真剣な表情で言った。
ノエルは目の前の変わり者をじっと見つめる。
エリックは金髪がよく似合う整った顔立ちの男だ。真顔も困り顔も怒り顔も、どんな表情も絵になる。そして一度笑顔を見せれば女性だけでなく男性すらも魅了してしまうほどだ。
さらにエリックは経歴も華々しい。彼は魔術師の最高峰、一等魔術師の称号を持っている。
一等の称号を得るには魔術師としての実力、知識は勿論社会的地位も必要となる。この国で一等の称号を持っているのは10人にも満たない。
そして彼は以前、一等執行官だった。捕まっていない重罪人を探し出し、刑を執行する執行官の中の最上位の肩書きだ。
魔術師としての実力と知識はトップクラス、その強さは折り紙つき。つまるところエリックはエリート中のエリートなのだ。
にも関わらずエリックは執行官を辞め、地方の捜査官に転職した正真正銘の変わり者だ。
そんなエリックは時折依頼を持ってくる。面倒、と言ったが正直に言えば自身がないのだ。華々しい経歴を持つエリックが凡人の自分に何を求めているのかと不安になる。
「内容は?」
ノエルが尋ねる。
「ある呪いの正体を暴いて欲しい」
エリックが真顔でそう言った。
「呪い?冗談ってわけじゃないんだろうけど悪いがそういう話なら力にはなれそうにないな」
ノエルは肩をすくめる。
「早合点だ。呪いの正体だと言っているだろう。要は当人たちが呪いだと思い込んでいるものの正体を調べて欲しいんだ」
ノエルは顎に手を当て、視線を上に向ける。
「意味はわかったが…」
そんなことができるのだろうか。呪いの原因を探るなど随分と壮大な話のように思える。
「どういう呪いだという話なんだ?」
「一族が早世する、寿命を削る呪いらしい」
人を早死にさせるとは何とも呪いらしい、と思ってしまう。
しかしそれなら早世しているのは偶然かもしれないし見つかりづらい病気かもしれない。かなり専門的な調査が必要になるように思える。その原因を探れとは随分簡単に言ってくれる。
「悪いがはっきり言って人が早世する原因を探るってのは無謀な話だ。地域か家系かのかかりやす病気を調べるか不謹慎だが死んだ人間を徹底的に調べるかしかないだろう。私が行っても現実何も出来ないと思う」
「その通りなのだが…」
突き放すように言ったノエルに対してエリックは困った時の苦笑いを浮かべる。
「なんとか力になってあげたくてね。どうか手伝ってくれないか?」
なんだ、厄介な話を持ってきたと思ったらお人好しのせいか。そう思ったノエルは髪を掻き上げながら唸る。
「とにかく詳しく話してくれ、聞いてから考える」
ノエルの返事にエリックはどこか嬉しそうに頷く。待ってましたと言わんばかりに資料を並べ始める。
騙されたか?そう思ってしまう。
エリックは資料を前に話し始める。
「今、俺が調査しているのがキールにあるモールド家から出て来た魔術についての記載なのだが」
「待て、キールってどういうことだ」
「順を追って話そうか。発端はモールド家の主人、ジェイコブ氏が自宅で亡くなっていたことだ。その亡くなり方が不自然だったためキールの捜査官が事件性がないかの調査に入った。結果としてジェイコブ氏の死に事件性はないと判断されたのだがその調査の際に出てきた書物に魔術に関するものがあってね、危険魔術書ではないかの調査依頼がキールの捜査官から俺のところに来た」
「キールって南の端の方の街じゃなかったか?どうしてそんなところから話がくるんだ」
「俺は色々と有名だからね。元一等執行官で一等魔術師が捜査官になったって。それに表に出てきてしまった魔術書を確認することは誰でもできるけど隠されている魔術書の捜索と検閲、危険魔術書の管理ができるのは一等魔術師だけ。だからわざわざ俺のところに来たんだよ」
説明しながらエリックはノエルの顔をちらりと見る。見事に眉間に皺が寄っている。
「簡単に言えば魔術師の怪しい研究を誰かに悪用されないために一等の称号を持つ魔術師が責任を持って探して中を見て管理するっていう話だ。さ、話を戻そう。実際にモールド家まで出向いた時に出てきたジェイコブ氏の手記に『自分たちは呪われている。もうすぐ自分も死ぬ。それまでに何とか呪いを解かねば』なんて切羽詰まった様子で書いてあるもんだから一人娘のエミリエさんが随分と怯えてしまって。なんとか呪いを解いてもらえないかと懇願されてしまってね…」
そこまで話して恥ずかしくなったエリックは苦笑いを浮かべた。
「まだ魔術書の捜索が終わってないんだ。ほら?気まずいだろう?だけど俺は魔術書の捜索で忙しい。だからキミの出番ってわけだ」
ノエルは変わらず眉間に皺を寄せている。先程とは違ってその目には非難の意を含んでいる。面倒事を持ち込んだことに対してか、不誠実なことを言ったことに対してかあるいは両方か。
「依頼の大元はエミリエさんだが依頼を出すのは俺だ。結果はどうであれ最低限の報酬は約束する。どうだろうか?」
ノエルは目頭を押さえながら天を仰ぐ。この瞬間、エリックにはノエルの答えに予想ついた。しばらくそうしていた後、お人好しめ、と呟く。
「わかった。でも期待はしないでくれ」
ため息混じりにそう答えたノエル。エリックは内心笑った。
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